第12話

「フルーエ! なんとかしろ!」

「頼みが雑ぅ!? いやそんな事言われたって」

「『聖女英美里の記憶』でどうにかならんのか?」

「んなこと言われても……。大体《シャドウ・サーヴァント》自体がこのタイミングでワラワラ出てくるのがそもそも問題でしてね?」


 現在は四の月の終わり。ゲームで言うならばまだ序盤で、もう少し進めばカサンドラ殺害イベントに入るかどうかといった辺りだ。中盤以降、魔物が本格的に聖女を害しに攻めてくるタイミングで登場する敵の対処を求めるのは酷であろう。

 が、実際に目の前には《シャドウ・サーヴァント》がいるわけで。出てくるのが早過ぎるとぼやいたところで現状は変わらない。やらなくてはそこで終わりなのだ。

 こんちくしょう、と目の前の影を殴り飛ばしたエミリーは、そこで大地を蹴って相手と距離を取る。クリストハルトの隣に立つと、こうなりゃ正攻法でと武器を構えた。


「どうする気だ?」

「弱点突けないし、普通にぶっ倒す」

「それが出来れば苦労はしないがな」


 そうは言いつつ、彼も既に思考は固まっているようであった。分散して戦えばいたずらに時間を食うだけ。ならば合流し一体ずつ集中して倒せばいい。搦め手は何もなく、ただ倒す、それだけだ。


「仕方ない。いくぞフルーエ」

「はいよ。改めて、聖剣抜刀!」


 先程とは違う剣を取り出す。刀身に厚みがあり剣先が丸みを帯びているそれは、剣というよりも鈍器に近いように思えた。

 ん? とそれを見たクリストハルトは動きを止める。今まで使っていた基本の聖剣とは違うタイプのそれを選んだ理由。間違いなく相手に合わせてある。エミリーが述べた眼の前の《シャドウ・サーヴァント》に有効である武器種の。


「打撃が有効、とか言っていたな」

「一応ね。劇的に変わるわけじゃないですよ?」

「お前のそれは、打撃武器か?」

「そそ。打撃属性の付いた聖剣で、その代わりといっちゃ何だけどこれマスタリ乗らないのよねぇ」


 剣の聖女の肩書である剣特化の補正が有効に働かない。どちらがより効果的に相手にダメージを与えられるかは微妙なところだが、一応試しておこうの精神らしい。つまりはクリストハルトにジト目で見られるような行動ではないのだ。そう説明しないので誤解されたわけだが。


「あとは――打撃属性のスキルあればよかったんだけど」

「使えないのか?」

「剣の聖女の使えるスキルの中にないんですよねぇ、これが……。ゲームだとジゼルさんとか仲間になってるから問題ないんだけど」

「ジゼル? ……ああ、ジゼル・ラ・トゥール執政官か」

「あ、流石王子、知ってんだ」

「《聖女教会》最年少の女性執政官だからな。嫌でも耳に入る」


 そう言いつつ、今ここにいない人物の話などしてもしょうがないと相手に向き直った。幸いにして《シャドウ・サーヴァント》もこちらが単独で戦わないということを選択したことを覚りむやみに飛び込んでこないことで多少の余裕が出来ていたが、それも僅かな間だろう。

 とはいえ、その僅かな間さえあれば、方針を固めることなど容易。お互いにターゲットを絞る。ここで狙った敵が別だったという間抜けなオチも特に無い。クリストハルトが一体へと肉薄し、盾で相手の体勢を崩すと肥大化している右手に剣を突き立てる。反撃された場合に驚異となる部位を潰したことで、多少の被弾は無視できる。そう考えた上の行動であり、エミリーがそれを見た時に流石と笑みを浮かべたほどだ。


「追撃はまかせろー!」


 上段からの振り下ろし。完全に頭へ向けたそれは、あまりにも狙いが分かり易すぎた。影も残った左手でその一撃を受け止め、反撃をしようともう片方の腕を。

 そこで気が付いた。右手はクリストハルトに潰され、そして左手はエミリーの剣を受け止めた。人型に近い影では、この状態から反撃をする術が無い。牙か、あるいは足。そのどちらも、この体勢では相手に届かない。


「バリバリーってかぁ!」


 受け止められた剣から手を離していたエミリーは、あらかじめ唱えていた呪文を左手に展開させながら振りかぶる。狙いは胴、そのまま相手を貫く勢いで殴り掛かり。


「ライトニングぅ、ボルトぉぉぉ!」


 拳を打ち込んだ瞬間に呪文を発動させた。雷撃が影の体全体へと流し込まれ、真っ黒な影が別の衝撃で黒焦げになる。プスプスと煙を上げながら、しかし致命傷には足りなかったのか自由になった左腕をエミリーへ叩き付けた。へぶ、とカエルの引き潰れたような声を上げながら地面に這いつくばる彼女の頭を踏み潰さんと足を振り上げる。

 その頃には、既にクリストハルトが剣を振り抜いていた。胴を横薙ぎにされた影は、半分だけ繋がった上半身と下半身のバランスが崩れ仰向けに倒れる。その衝撃でぶちりと千切れ、完全に泣き別れをした。


「次だ」

「の前にあたし起こすとかしてくんない?」


 援護をする、という思考がなかったらしい影のもう一体がこちらに攻撃を加えようとしているのを視界に入れた彼は、即座に反転すると盾を構え直す。肥大化した異形の腕をそれで受け止めながら、エミリーの文句は華麗にスルーした。






 四肢を切り裂き、柄頭で弾き飛ばした。吹き飛んだその先を見ることなく、カサンドラは向こう側でトルデリーゼと会話をしている『カサンドラ』へと目を向ける。《シャドウ・サーヴァント》の下級影は魔物がその力を使って生み出す雑兵に近い。死という概念もなく本体が生成すればいくらでも湧いて出てくる程度の存在だ。

 対して向こうの『カサンドラ』のようなタイプは意思を持った上位種。死しても影と同じように主たる本体によって再生成が可能であることは変わらないが、死ぬという概念自体は存在するし、本体の魔物にもある程度負担がかかる。

 ここでカサンドラが『カサンドラ』を殺した場合、アルメに当然糾弾されるであろう。あくまで自身が提案したのは『手助け』。直接始末したのでは何を言われるか分かったものではない。

 だから、どうした。


「トルデリーゼ」

「あらカサンドラ。終わったの?」

「はい。ですから、下がってください」

「私としては、もう少しお喋りしていてもいいのだけれど」

「あんなやつの《シャドウ・サーヴァント》と会話しても碌な情報なんか得られませんよ」

「あら、そうなの」


 ちらりと『カサンドラ』を見る。心外ですねと苦笑した彼女は、トルデリーゼに向かって言葉を紡いだ。自分の主は素直な存在であるとのたまった。


『もっとも。王宮に姿を偽って侵入している時点で素直じゃないかもしれませんが』


 クスクスと笑う。そうですよね、とカサンドラへ同意を求めるように視線を向け、彼女が顔を顰めるのを見て更に笑みを強くした。

 へえ、とそれに反応したのはトルデリーゼ。さっきまではぐらかしていたのに、急にそんなことを言うなんて。そう言葉を続けながら、目の前の『カサンドラ』と、そして隣のカサンドラを交互に見た。


「なら、ひょっとしてさっき誤魔化されたその姿の理由も聞けるのかしら?」

『それはもう言わなくとも分かっているのでは?』

「……そうね。そういうことにしておきましょう」


 そう言って肩を竦めたトルデリーゼは、苦い顔を浮かべているカサンドラの頬をぶに、と指で突いた。ぷひゅーと場の空気にそぐわない間抜けな音が響き、思わず彼女は笑ってしまう。勿論、突如の奇行にカサンドラは彼女の方へと向き直り何をすると抗議をした。が、トルデリーゼは一人笑うのみだ。


「ごめんなさい。あなたがあまりにも真面目な顔をしていたから、つい」

「ふざける場所じゃないからですよ!」

「そうかしら。私はそうは思わないのだけれど」


 ちらりと視線を先程まで見ようとしなかった方向に動かす。影が聖女と王子にボコされているのを確認すると、自身の意見に確信を持って再度頷いた。

 それで、とカサンドラに問う。目の前のこいつはどうするのかと問い掛ける。


「わたしが戦います」

「そう。援護は?」

「大丈夫です」


 ひゅん、とハルバードを回転させるとその切っ先を相手に向けた。それを見た『カサンドラ』も同じように持っていたハルバードを持ち直し構える。同じ顔と同じ見た目、違うのは服の色くらいであろうか。カサンドラが落ち着いた藍色を主体としたバトルドレスなのに対し、『カサンドラ』は《シャドウ・サーヴァント》らしく暗い灰色だ。


『お手柔らかにお願いします、カサンドラオリジナルさん』

「それを聞くと思っているんですか。わたしが、あなた相手に」


 お互いに同じ武器を構えたまま、足に力を込める。同時に踏み出した一歩は、瞬時に距離をゼロにさせた。そのまま切っ先を胸へと突き出したが、どちらの攻撃も空を切る。

 追撃はカサンドラ。そのまま鉤爪部分を相手の武器に引っ掛けるように引き寄せると、武器を回転させ柄頭で顎を撃ち抜かんと跳ね上げる。

 『カサンドラ』はそれを体をずらすことで躱すと、がら空きになった胴へと斧刃を叩き込んだ。が、そのまま回転を止めずにいたカサンドラの斧刃とぶつかり相殺させる。それを合図にするように、お互いにバックステップで距離を取った。


「おおぉ、何か格ゲーの同キャラ対戦っぽい」

「何を言ってるか分からんぞ」


 観戦していたトルデリーゼの横にエミリーとクリストハルトが並ぶ。お互いに同じ武器で同じ構えをしているその光景は、彼女達でなくとも思わず見ていたくもなる。が、それはあくまで余興としてならば、だ。クリストハルトはトルデリーゼに視線を向け、何故見ているだけだと問い掛けた。


「カサンドラが大丈夫だと言ったから、かしらね」

「それを素直に聞いたのか……」

「信じていると言ってくださらない?」


 クスリと微笑んだトルデリーゼは、それであなたはどうしますかとエミリーを見る。目の前でハルバードの応酬をしているカサンドラと『カサンドラ』を眺めていた彼女は、そんな言葉を聞いてううむと唸った。視線は動かしていない。


「ぶっちゃけカサンドラ様の邪魔になる気がする」

「そうね。相手が本当にカサンドラと同じ強さなら、その可能性はあるわ」

「ん? トルデリーゼさん的には向こうの同キャラは弱いって思ってる?」

「同キャラというのが《シャドウ・サーヴァント》のカサンドラを指しているのならば、そうね。あちらは姿形は似せているけれど、本質は異なっているわ」

「ああ、そうだな。あれの中身はカサンドラとは違う」

「……いやらしい」

「違う! 俺は別にそういう意味で言っていない!」

「あたし的にはそういう薄い本展開はオッケー」

「意味が分からん!」


 がぁ、と叫んだクリストハルトは、肩で息をしながらジロリとトルデリーゼを睨む。ともかく、邪魔にならないのならば援護をしても問題はないだろう。そう続けながら一歩前に出た。


「殿下」

「カサンドラ?」

「大丈夫です。大丈夫ですから」


 相手の薙ぎ払いをかち上げたカサンドラは、クリストハルトを言葉で押し留めつつ相手と距離を詰めた。え、と目を見開いた『カサンドラ』の背中にハルバードを回し拘束した後、そのみぞおちへと膝蹴りを叩き込む。顔が苦痛に歪むのを見ることなく、そのまま追撃をもう一発、拘束を解いたハルバードでダメ押しの一撃を打ち込んだ。

 背後に吹っ飛んだ『カサンドラ』は、そのまま転がり地面にうずくまる。荒い息を吐きながら、ゆっくりとそこにいる相手を見た。


『流石……階位レベルは最上なだけはあります、ね』

「余計な口は必要ありません。速やかに塵へと還ってください」

『そういうわけもいきません』


 そう言いながらゆっくりと立ち上がる。視線をカサンドラからその背後、エミリー達の方へ、正確にはクリストハルトへと向けた。苦しげで、それでいて切なげなその表情は彼の婚約者と同じ顔。たとえ偽物だと分かっていても、本物がそこにいても一瞬反応してしまうほどで。


『殿下……わたしを、助けて、ください』

「……本物がそこにいるのに、惑わされるわけがないだろう」

「一瞬惑わされたわね」

「うわ、サイテー」

「違う! ……いや、そうだな、違わない。俺は、最低だ……」

「いやちょっと待ってそこでガチ凹みされるとリアクションに困るというか」


 俯き、肩を落とし、終いには崩折れたクリストハルトにエミリーは若干焦る。カサンドラ一筋とはいえ、可愛い女の子に反応するのはまあしょうがないんじゃないかな。思わずそんなフォローを入れてしまうほどだ。トルデリーゼは笑っている。

 そしてカサンドラは、そんな彼を見て可愛いと思った。しょうがないなといった表情で微笑むと、自分は別に怒っていないと告げる。そもそも自分にはそんな資格があるかどうか。心中でそう続けながらクリストハルトに一歩近付き。


『……あまりにも、油断し過ぎでは?』

「あ、しまっ――」


 突如現れた黒い影に吹き飛ばされた。森の木々へと突っ込んでいき、メキメキと音を立てて木が折れる。思わずそれを目で追っていたエミリーとクリストハルトは、倒れた木の音で我に返った。慌てたようにカサンドラが吹き飛んでいった方へと駆け出し。

 それを黒い影の塊が遮った。


『駄目ですよ、殿下、聖女様。わたしを、見ていてくださらないと』


 影の塊は、『カサンドラ』から伸びている。彼女の左腕の付け根辺りから湧き出るようなそれは、明らかに本体の質量を超えた大きさを持っていた。ズルズルと這うように動いているそれは、『カサンドラ』とは別の生物のように蠢きながら次の獲物を叩き潰そうと振り上げられる。


「避けろ!」

「くっ」

「言われんでも避けるわぃ!」


 自分たちが立っていた場所が衝撃で陥没した。散開した三人は、異形の部位を生み出した『カサンドラ』を囲むように立ち武器を構える。カサンドラの無事を確認したい。が、恐らくこいつを無力化しない限りそれは叶わない。皆がそう判断し、行動に移したのだ。


『殿下。これでわたしがカサンドラです』

「ふざけたことを。お前がカサンドラになれるわけないだろう」

『どうしてですか? わたしは、顔も、体も、同じなのに』

「違うだろう? 種族という、決定的なものが」


 カサンドラは魔物。対して目の前のこいつは《シャドウ・サーヴァント》。魔物から生成された存在である『カサンドラ』は、純然たる魔物のカサンドラにはなり得ない。そういう意味でクリストハルトは言った。既に知っているからこそ、迷いなくそう言い切った。


『種族が違う……? ええ、そうですね。違うといいですね……』

「違うさ。だからお前のような存在は、ここで始末する」

『始末……わたしを……カサンドラを、殺すんですね』

「カサンドラの姿をした化け物を、だ。間違えるな」


 だが、それを知っているのは現状この場ではエミリーのみ。トルデリーゼも知ってはいないし、『カサンドラ』は当然知らない。


「カサンドラの姿を、した……化け物……」


 だから、勿論起き上がったカサンドラも知らない。彼女にとってその言葉は、ただただ、知っていた、聞きたくなかった言葉でしかないのだ。

 人でない自分は、殺されるべき化け物である。そう言われたとしか受け取らない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る