第10話
目的地へと向かうため森を進んでいるその最中のこと。
「それで、あなた達はどこまで気付いているの?」
「ほえ?」
トルデリーゼの言葉に、エミリーは口を半開きにして間抜けな声を上げる。なんのこっちゃと首を傾げる彼女を横に、トルデリーゼはクリストハルトへと視線を向けた。彼は彼でそう大したことは分からんと肩を竦める。
「とりあえず。少なくともゴブリンの量はおかしい」
「あー、それある。あんだけいたら本当だったら村ヤバいじゃん。の割には平気だった……てことは」
うんうんと頷いていたエミリーはそこで何かを考えるように腕組みをし顔を顰めた。とりあえず思い付くのは戦力の供給。本来ならば大した量ではなかったはずのゴブリンを大量にここに配置する、というものだ。それをする意味が分からないので口に出せない。
もう一つは元々これだけのゴブリンがいたが襲撃していなかったというもの。わざわざちまちまと大した被害もないように攻撃する意味が分からない。だからこれも口に出せない。
「とりあえずフルーエが考えているようなことはこちらも把握している」
「そうね。殿下はそこから先があるのかしら?」
「……そうだな。これが聖女を狙った罠ではないか、という疑念くらいか」
「あたし?」
自分を指差し、そうしてからそりゃそうかと納得するように頷いた。戦力の追加投入にしろ、温存していたものを放出するにしろ、その目的はどちらも一つ。ここにやってきた聖女を、始末することだ。意味は、これだ。
つまりこれは向こう側が、魔王サイドが色々と画策している結果の訳だ。そう結論付けたエミリーに、トルデリーゼは声を掛ける。問題はもう一つ、と述べる。
「何故ここに聖女がやってくると知っていたの?」
「……あたしらが来てから用意したんじゃないの?」
「魔王はそういうことが出来るのか?」
「え? どうだろ……見てれば出来るんじゃないかな」
「となると、どのみちこちらの行動を知る必要があるわけね」
人差し指を口元に当てながらトルデリーゼがそう返す。そうなるね、と頷いたエミリーは、つまり最初の彼女の質問の答えにはなっていないということに気が付いた。魔王がこの世界中を監視しているという規格外の能力でも持っていれば話は別だが、少なくとも英美里の持っているゲーム中テキストや攻略本、資料集やビジュアルファンブックによる知識内ではそんな設定はなかったし、二次創作ですらそこまでのチート級ラスボスではなかった。精々が監視用の魔物を飛ばしたり、スパイを紛れ込ませたりだ。
そこまで思考して、あ、と声を上げた。王国には今現在、人に化けている魔物がいる。今の質問で、魔王へと情報を流している魔物が王宮に紛れ込んでいたらという答えを自分が口にするのを待っていたのだとしたら。その、王宮にいる魔物を排除しようとしているのならば。
「エミリーさん」
「何?」
「怖いわ。そんなに睨むのはやめて頂戴」
「ごめん、無理」
「そう。……なら、私からも言わせてもらうけれど」
自分がカサンドラをどうにかするとでも思っているのか。普段の飄々とした表情を消し、目を細めたトルデリーゼの眼光に思わずエミリーが怯む。その拍子にクリストハルトにぶつかり、小さく溜息を吐かれた。
ついでに拳骨を落とされた。
「いっつぅ……」
「馬鹿か? いや、馬鹿だったな」
「あい、あむ、聖女。のっと、馬鹿」
「馬鹿以外の何物でもないな」
人のことを言えた義理かお前は。呆れたようにそう言いながらエミリーを眺めたクリストハルトは、トルデリーゼに視線を移動させた。そちらもそちらで、わざと挑発するんじゃない。そう言ってもう一度溜息を吐いた。
「わざと?」
「ええ。この話であなたがどういう反応をするかを見ていたの」
「……何で?」
「聖女を信用していないから、かしら」
「酷っ!?」
面と向かってボロクソ言われた。先程のクリストハルトの『馬鹿』発言と合わせると、自分に味方が一人もいない。所詮異世界からやってきた部外者の魂ではあるものの、仲良くしていたと思っていた相手にそう言われてしまうと辛いものがある。エミリーは肺の中の空気を絞り出すように息を吐くと、そのままゆっくりと項垂れた。
「トルデリーゼ嬢、言い方を」
「あら、間違っていないでしょう? 私が信用しているのはあくまでエミリー・フルーエという一人の女の子。文献と伝統で喚び出される『聖女』というシステムは、信用に値しない」
「…………んん?」
「聖女という器に引っ張られた場合、世界を救うのを最優先にしてしまう可能性がある。俺が以前心配していたことだな」
「あー……なるほど」
所謂二次創作でネタにされるシナリオの強制力とかいうやつのことだろう。英美里として作戦会議をしていた時は気にしていなかったが、そう言われると確かに心配するのも分かる。そうは思いつつ、しかし彼女は首を横に振った。そんなものはないと言い放った。
古上英美里の魂には、決して揺るがせないものがある。深く刻まれたものがある。
「ドラ様殺すくらいなら世界滅ぼす」
「……成程、馬鹿ね」
「だろう?」
「うっさいやい。大体、わざわざ『聖女に相応しい魂』だっつって喚んでんでしょうが。つまりこれは世界公認といっても過言ではない」
胸を張ってそう宣言するエミリーをトルデリーゼは笑って流した。まだその時に意思を奪われる可能性は捨てきれないものの、思考を誘導されている素振りはないと判断していいだろう。エミリーは彼女自身の思考でそれを判断し、そして怒った。友人を信じているから、友人を信じたいから。
「てか、わざとだったとしても。カサンドラ様を疑ったのは間違いないんでしょ?」
「まさか。カサンドラが条件に当てはまる、というだけでしょう? 早合点したのはそっちではなくて?」
「え? そ、そうなの?」
「いや間違いなく容疑者には入れていたぞ」
「ほらやっぱり!」
「まったく……そういう意味で言うのならば、殿下も私も容疑者よ。犯人ではないと断言出来るのは現状あなた一人だけ」
だから容疑者に入れていて当たり前だ。そう締めたトルデリーゼは、そりよりもと目を細める。自分としては、真っ先にカサンドラを思い付いたそちらの思考の方が気になる。そう続け、エミリーの答えを待った。
「それは……」
「とはいってもあなたの場合は、私ならば疑うだろうという答えを出していた気もするのよね。質問の意味としては変わらないけれど」
「うぐ……」
何かを隠している。それを確信しているからこその言葉だ。彼女の性格からして、答えに辿り着いたからではないだろう。恐らく、『知って』いるのだ。自分と同じか、それ以上の正解を。
そこまでを思考したトルデリーゼは、まあいいと肩を竦めた。知っていようがいまいが、彼女がカサンドラの味方であることは変わらないし、自分がカサンドラの親友であることも変わらない。
「さて、雑談で道中の時間も潰したことですし」
「雑談……」
「暇潰しかぃ……」
クリストハルトとエミリーの呟きを尻目に、トルデリーゼはそこを見る。森の中腹にある洞窟、ゴブリンの住処になっているらしいそこの入り口を見やる。
「行くでしょう?」
「当然だ」
「あたぼうよ」
すんなりといくわけがない。それを承知で、三人は森の木々から開けたそこへと飛び出した。
ゴブリンの数は多い。先程よりも視界も悪く移動も制限される。だが、それだけだ。この程度の悪条件ならば、こちらが不利になるようなものではない。事実敵の第一陣はあっさりと撃退した。
「所詮はゴブリンの浅知恵か……?」
「王子さっき自分で言ってなかったっけ? 油断して取り返しのつかないことになりたいかって」
「……そうだな、すまん」
ふう、と息を吐き洞窟を見る。わらわらとそこから湧いて出てくるゴブリンの数はやはり尋常ではなく、明らかにこちらを狙ったものだ。
ならばそろそろ。先程のエミリーの言葉で周囲を警戒していたクリストハルトは、そこで気付いた。明らかにゴブリンではない何かがいる。
第二陣の大群に合わせ、二体の影が飛び出してくる。数で押し留めようとしているゴブリンを《鞘盾剣》で薙ぎ払うと、即座に横っ飛びで攻撃を躱す。避けきれなかった左手は、幸いなことに盾でダメージを逸らせた。
「こいつらは……?」
見たこともない相手だ。人型をしているが、決して人ではなく、その四肢は明らかな異形を感じさせる。そして体全体が、まるで影のように黒く塗り潰されていた。顔らしき部分には目のような物体が二つ光っている。
その姿に反応したのはエミリーだ。何でこんなところに、と目を見開き、しかし即座に気を取り直すとゴブリンを薙ぎ払いながら後ろに下がる。
「王子! トルデリーゼさん! 気を付けて、こいつら《シャドウ・サーヴァント》だ」
「《シャドウ・サーヴァント》?」
「……魔物が能力で作り出す眷属の総称、だったかしら」
「そんなとこ。まあ、こいつらはその中でも一番格下の雑魚影だから、ゴブリンよりかは数百倍強いけど倒せない相手じゃない」
流石にここで種類の分類や詳しい生成方法などを語るほど空気が読めないわけではない。最低限の説明だけをして、エミリーはトルデリーゼへと指示を出す。お願い、と述べる。
「この影は風、土が効きやすいから、能力低下呪文は土属性で!」
「難しい注文をしてくれるのね」
まあ出来るけれど、と彼女は《双操杖》振るう。シャン、シャン、と何がか鳴るような音と共に、二体の影の足元へと土埃が絡み付いた。呪文で生み出されたそれは、そのままギリギリと足へ蠢き、影達の機動性を著しく奪っていく。ついでとばかりにゴブリン達もまとめて速度低下が打ち込まれた。重りでもつけているかのように鈍重な動きになったゴブリンはもはや障害物程度にしかならず、残る二体の影も初撃の鋭さは見る影もない。
だが、それでも魔物が生み出した影だ。決め手に欠けるトルデリーゼでは出来るのはそこまで、影の爪を杖でいなしながら、さてどうするかと思考を巡らせる。
「そういう時は、あたしにお任せ!」
どっせい、と横から飛び出してきたエミリーが影を蹴り飛ばした。周囲のゴブリンを巻き込んで吹き飛ぶ敵を見ながら、彼女は何かを探すように右手を横に伸ばす。
先程自分で言ったことだ。この影には土属性が有効だと。ならば自分が抜き放つのは。
「聖剣――ばっ! とう!」
刀身が石で出来ているかのような無骨な大剣が、エミリーに握られていた。鍔もなく、刀身に直接柄が突き刺さっているような外見をしている。これこれ、とそれを軽く振った彼女は、足に力を込めると前傾姿勢を取った。
剣を横に構えたまま、一気に駆ける。起き上がった影はそれを迎撃しようと腕を振るうが、速度低下を受けている影ではそんな事が出来るはずもなく。
下から上に振り上げた大剣により、影の片腕は斬り飛ばされた。ひゅんひゅんと宙を舞った片腕は、そのまま塵となり虚空に消えていく。エミリーはそれを見ることもなく、剣の勢いを利用してサマーソルトキックを放った。影を真上に蹴り飛ばすと、地面に突き刺さった剣を中心にくるりと一回転をする。落ちてくる影に合わせ、地面ごと剣を振り抜いた。吹き飛ぶ地面と、消し飛ぶ影。振り上げた剣を下ろした頃には、彼女の目の前には何も無かった。
どうでもいいことであるが、彼女はスカートである。蹴りで思い切り捲れ上がったそれは、丁度それが視界に入っていたクリストハルトにバッチリ見られた。薄緑の下着が目に入り、彼の動きが一瞬止まる。
「殿下、カサンドラに報告しましょうか?」
「やめろ、本気でやめろ」
勿論影との戦闘中なわけで。隙を思い切り晒したクリストハルトに影の爪が迫っていたが、相手の攻撃力低下を放ちながら駆け寄ったトルデリーゼによって迎撃された。クスクスと笑う彼女に、彼は心底げんなりした顔を向ける。
「余所見をしていていいのかしら?」
「分かっている!」
影の攻撃を剣で受け止める。自身の持っている特殊武器は現状所詮雑魚散らし。一対一で戦う場合、盾と合体させる意味はあまりない。ただただ純粋な戦闘をする必要がある。
先程のトルデリーゼの呪文が効いているのだろう、攻撃の威力も明らかに下がっている。盾で弾き飛ばすと、がら空きになった胴に剣を突き刺した。引き抜く代わりに蹴り飛ばす。
「これで終わりだ」
倒れた影に肉薄すると、起き上がる間に袈裟斬りを叩き込んだ。斜めに切り裂かれた影は、そのままゆっくりと風に消えていく。
終わった? とこちらにやってくるエミリーに頷いたクリストハルトは、改めて周囲を見渡した。残るはゴブリンだが、その殆どをトルデリーゼの呪文で死に体にされている。恐らく相手の本命であった《シャドウ・サーヴァント》も、向こうがこちらの力量を見誤っていたおかげで苦戦することなく倒すことが出来た。
後は念の為住処になっていた洞窟を調べるだけか。そんなことを思いながら二人に同意を求め、まあそんなところだろうと頷かれた。
そのタイミングで、パチパチと拍手が鳴る。その音の発生源を探ると、どうやら洞窟の中から。そのまま拍手をしていた相手はゆっくりとこちらに姿を表し。
『流石です、殿下』
「……なっ!?」
今ここにいないはずの、クリストハルトの愛しい婚約者の姿をしたそれは、笑顔でそんなことをのたまった。
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