第9話
そうして辿り着いたその村は、思ったよりも平穏であった。確かにところどころ襲撃を受けたような跡はあるが、被害が甚大というほどでもない。
「聖女の力を測りかねている、といったところか」
依頼としてはそこまで緊急性のないものを選んだのだろう。傭兵や冒険者へと依頼する仕事としては低ランクといったところか。そんなことを思いながら、クリストハルトは馬車の御者を務めていた兵士に声を掛けた。
少し情報収集をしたい、手伝ってくれ。そう述べると、同行していた三人ほどの兵士が分かりましたと返事をする。
「一応モンスター出てくる場所だろうから、無茶しないでね」
早速動こうとするその三人へエミリーが声を掛け、危なくなったらすぐ呼ぶようにと続ける。その言葉に苦笑しながら、ご心配なくと彼らは返した。
「我々も戦闘訓練を受けています。騎士団には及ばずとも、それなりには動けますから」
「それでも心配なのは心配なの。てか、カサンドラ様がいたらもっと言うかんね」
「それは、確かにそうかもしれませんね……」
心当たりがあるらしい。兵士達は肝に銘じておきますと言い換えると、改めて村の情報集へと走っていった。それを見てうんうんと頷いていたエミリーは、ふと気付く。
聖女の説得力なくね? と。
「決め手はカサンドラだったわね」
「日頃の行いだろう」
「あたし何もしてねーっつの!」
「だからだ」
実績が何もない。まだ聖女という肩書だけの少女では、人となりを知られている王太子の婚約者と比べればどうしても落ちる。クリストハルトの説明を聞き、ああそりゃそうかと彼女は肩を落とした。そうしつつ、そのためにも今回の依頼を成功させるべきだと拳を握り気合を入れる。それはそれとしてカサンドラが好かれているのは喜ばしいのでその拳を振り上げた。いえーいというやつだ。
「うし、じゃあたしは……村の周辺でも見てこようかな」
「即座に情報収集を諦めるんじゃない」
「いや、だって」
ゲームのクエスト通りなら場所は分かっている。だからそれを確認するための作業を先に行っておこうとしただけ。なのだが、それを説明するには横にいるトルデリーゼにバレないよう話す必要があるわけで。バレてもいいといえばそれまでだが、信じる信じないの前に頭を疑われる。そこから誤解を解いて、なおかつ信じるに値するまでの説得を要するとなると。
「エミリーさん」
「はい?」
「そうね……『予想』があるのならば、裏付けを取るのは簡単でしょう? だってその情報だけを集めればいいのだもの」
「へ? ……あ、はい」
クスクスと笑うトルデリーゼを、エミリーは怖いと思った。自分は何も言っていない。クリストハルトも話していない。だというのに、彼女は何かを察した。勘が鋭い、というわけではないだろう。恐らく、初めからある程度掴んでいた。
「『相応しい魂』なのだから、世界を見通す程度は出来るのではないか。なんて、ちょっとした妄想。気にしないで頂戴」
「……ハイ、ワカリマシタ」
気にしたら負けだと思った。そう結論付け、エミリーはトルデリーゼの言う通り自身のゲーム知識の裏付けを取る方向に動く。話に参加していなかったクリストハルトも、彼女のしたいこと自体は理解していたので文句を言わない。
そうして集めた情報によると。ゴブリンの襲撃はある一定の方向からであるというものと、その先に住処があるのだろうということ。エミリーの持っている情報と変わらぬものであり、それを除いてもそれなりに妥当な結果である。
「それで、住処の位置は分かっているのか?」
「まあ、よっぽどのことがない限りは」
「そう。なら、行きましょうか」
村の守りは兵士達に任せ、こちらは住処を潰す。戦力的には妥当な選択であるし、ゲームでもそういう流れであったのでエミリーとしては反論はない。クリストハルトは万が一のことを考えたが、三人しかいない状態で戦力を分散するのも無理がある。仕方ないとその意見に頷いた。
「これまでの散発的な襲撃ならどうにかなったのでしょう? なら――」
こちらが相手を殲滅するくらいは持ちこたえられるはずだ。そう言いかけた矢先に村の警鐘が鳴り響く。見張り台からゴブリンが見えたらしく、お願いしますとこちらに駆けてくる自警団の姿が見える。
ちなみに現在住処殲滅の相談をしている場所はその襲撃地点である。視線を向ければ何やら気配を感じ取れた。
「とりあえずこれらを倒してから向かえば負担も減りそうだな」
「そのようね」
「あ、じゃあさ、あたしやりたい」
はいはい、と手を上げたエミリーは、二人よりも前に出る。さっき言っていた試したいことがあるというそれをやる気らしい。おいちょっと待てというクリストハルトの静止は聞かなかったことにした。
「成長したおかげで、魔法も聖剣も大分使えるようにはなった。って、ことで」
両手に魔力を集中させる。スキル自体は全てコンプリートしているため、コストさえ賄えればエミリーは膨大な力を振るうことが出来る。魔法も、《極大魔法》と呼ばれる奥義系は逆立ちしなくては無理だが、通常魔法は一発だけなら覚えているどんな魔法もぶっ放せる程度には聖女の体も育った。
流石に視界に映る五体ほどのゴブリンにそんなものをぶっ放して魔力を空にしたらただのバカである。そこそこの威力で、かつ特訓では使えなかった中規模の魔法を。とりあえずこれだと手の平に浮かんだ魔法陣を相手に向ける。
「眼の前の相手を、吹き飛ばせ! 爆発せよ――」
「ん? おい、待てフルーエ、それは――」
赤く赤熱した魔法陣はゴブリンの足元へと移動し、輝く。突如生まれた光に一瞬動きを止めたゴブリンは、それが致命的であった。
「バーンストライク!」
火柱が上がった。周囲の木よりも高いその炎は、ゴブリンを天高く舞い上げ、そしてそのまま消し炭にする。それはさながら花火のようで、五つの魔獣で作られた爆発は、周囲に戦闘開始の合図とも狼煙とも取られかねないものを作り出した。
「…………えっと」
「とりあえず奇襲は無理ね」
「そっすね……」
「正面突破しか出来んな」
「ですよねー……」
ゴブリンの住処のある方向はちょっとした森になっている。が、先程の爆発で鳥は一斉に騒いで飛び立ち、小動物が逃げていく音がそこかしこから耳に届いているようで。
それに合わせて、先程の襲撃時と同じような叫び声が前から聞こえた。
「村への被害は最小限で済む。と考えればいいのかしら」
クルクルと自身の得物である杖を回しながらトルデリーゼが呟く。それに自分が同意したら駄目な気がする、とエミリーはあははと乾いた笑いをあげるに留めた。
三人それそれが武器を構えるのを同行していた兵士や自警団はただ見ていた。勿論各々戦闘準備をしてはいるが、目の前の姿に目を奪われたのだ。
ベーレント公爵の、宰相の娘として蝶よ花よと育てられたはずのその少女は、手にした己の身長ほどもある杖を弄びながら呪文を紡ぐ。どちらの先端にも頭となる触媒の装飾が備え付けられているそれは、まるで最初からそうであったように左右で、上下で違う呪文が放たれる。
「え? 何してんの怖い」
「別に何も難しいことはしていないわ。ほらこの杖、両方呪文の触媒として機能するようになっているでしょう?」
「ガエボルグだこれぇぇ!? スケールドワームどんだけ倒してんだよ!?」
ゲーム中には特定条件を満たすと手に入るユニーク武器が存在する。それらはマスタリー的には通常武器と同じ範囲であるが、カテゴリは独特の分類がされていた。《双操杖》と呼ばれるこの杖もその一つである。これを装備することによって魔法を二つ同時に詠唱出来るようになり、特定の魔法使い系のキャラが一気に化ける。一番顕著なのがトルデリーゼ。デバフと状態異常を驚異的なスピードでばらまけるようになるため、バトル的な意味で『腐っテルゼ』と化してしまう。愛称が広がるのもやむなし。
ただ、入手条件が『スケールドワームの討伐証を手に入れた状態でさらに五十体討伐』というプレイヤーからすればコントローラーを投げる代物なので実際に使っている人間は少ない。英美里はプレイのたびにやっていた。変態である。
「……? 一回だけよ。討伐の時に殿下の持っている武具と一緒に手に入れたの」
驚愕するエミリーに向かってそう述べ微笑む。動きは止まらず淀みない。森から次々に村へと進撃してくるゴブリンを、次から次へと足を鈍らせ毒に侵していく。バタバタと死んでいくゴブリンはいっそ哀れであった。
「あー、その辺はあたしの知識とはやっぱ違うかー……。ん? 王子の武具?」
トルデリーゼのインパクトで失念していたが、向こうではクリストハルトがやはり危なげなくゴブリンを始末している。その手に握られているのは、翡翠の如く深緑な色に染まった盾と剣。装飾はいずれもシンプルであったが、刻まれた紋様は確かな力を感じさせるものであった。彼が模擬戦で使っていたものとは一回りほど大きく、いつぞやに言っていた得意な武器というのがこれなのだろう。
「……うん、トルゼさんがガエボルグ持ってる時点で読めてた」
《鞘盾剣》という、中々開発スタッフも意味不明なものを作ったとプレイヤーが首を傾げていたユニーク武器カテゴリである。その名の通り盾が鞘になっている、だから何だというツッコミを入れたくなる代物なのだが、しかし。
「一気に行くぞ」
この武器、条件を満たして仕舞うと盾が変形する。クリストハルトの持っているのは広範囲の敵を薙ぎ倒すタイプで、具体的にどう薙ぎ払うかというと。
盾が巨大な刃になった。死神の持つ鎌のようなそれを横薙ぎに振るうことで、範囲内にいたゴブリンが轢き潰されていく。ゲームではそういうものだと思っていた英美里は物理法則など気にしていなかったが、エミリーが実際に見ると一瞬目の錯覚かと思うほどの光景である。まあ魔法の武具だしそんなものだろうと自分を納得させた。
「ん? どうしたフルーエ」
「いや絶対あたしいらねーじゃん……何だよガエボルグにフレスヴェルグって、周回プレイかよ」
「言っている意味はよく分からんが。俺たちはこれらを使いこなせているわけではないからな。今は数が多いだけのゴブリンだからなんとかなっているだけだ」
「別に相手ゴブリンなんだし対処出来るんなら問題なくない?」
「そうやって油断して、取り返しのつかないことにでもなるか?」
「ぐぅ……」
顔を歪める。一番戦力になっていない自分が一番物事を適当に見ている。その事実が悔しくて、エミリーは思わず視線を逸らした。ここでちくしょうと突っ込んでも何もならない、むしろ状況を悪化させるだけだ。中途半端に大人な思考がそう導き出したことで、感情に任せて動くことすら出来ない。
手に持っている聖剣を見やる。使いやすいタイプの大剣で、ゴブリンに特効が乗るよう相手の弱点属性がついている。それを肩に担ぐように構えると、彼女は一気にゴブリンへと肉薄した。勿論敵の密集しているど真ん中などではなく、自身の目の前にいる相手を倒すためだ。
「こん、にゃろぉぉ!」
横薙ぎの一閃でゴブリンは両断された。そのまま己の体をコマのように回転させ、次の獲物へと襲いかかる。縦に真っ二つにされた魔獣はそのまま倒れ伏した。
全てを感情に任せては動けない。けれども、感情を押し殺すことも出来やしない。所詮自分は中途半端で、大人でも子供でもないし、なりきれない。そんな小難しいことを考えつつ、ああもうどうでもいいと投げ出しつつ。
「王子、トルデリーゼさん!」
「何だ」
「どうしたの?」
「で、どうする? この状況作ったあたしが言うのもなんだけど、このままゴブリンぶっ倒し続けても話終わらない気がするんだよね」
ゴブリン達は退却を始めていた。特に周囲と示し合わせたというわけではなさそうで、むしろ何者かの命令を受けたという方がしっくりくる動き方である。そしてその命令を出したものはこの場にいる気配はない。
このまま追撃をすれば間違いなく罠にかかる。それは言わずとも皆分かっていたが、しかしだからといって行かないという選択肢がない。最初からそのつもりであったし、何より。
「行きましょうか」
「いいのか?」
「ええ。罠と分かっているのだから、驚きは少ないでしょう? それに」
早く終わらせて、カサンドラに会わなくてはね。そう言ってトルデリーゼは笑った。クリストハルトを見て、エミリーを見て。面白そうに微笑んだ。
「ふふっ。……こんなことなら、無理してでもカサンドラにはついてきてもらうべきだったかしら」
「うー……いて欲しいけど、いたら絶対最初のあれ怒られたよなぁ……」
「そう思うなら反省しておけ」
「分かってますよーだ」
ぶうぶうと文句を言いつつ、三人は森の奥へと向かう準備を進めていく。殆ど出番がなかった兵士と自警団に目を向けると、これからの自分たちの行動を告げ、ここの守りを任せても大丈夫かと問うた。
当たり前ですと兵士は述べる。先頭で戦う聖女達を見て、怖気付くことなど出来るわけがない。無理矢理に、ではない。奮い立たせる必要がないくらい、彼らは高揚していたのだ。英雄の姿を見て、そうならない理由がない。
では頼む。そう言って三人は森へと入っていく。その背中を見送った兵士達は、気合を入れ直すと周囲の警戒を行い始めた。聖女達は逃げたゴブリンを追撃する格好になっていたが、それで全て倒し切るということもないだろう。討ち漏らした相手や、あるいはその方向へ逃げなかったゴブリンが舞い戻ってくる可能性も十分にあるからだ。
そうして暫く。緊張をしっぱなしでいると集中力が切れていく。少し息を吐き見張りを交代で順にしようと立ち位置を変えた。
「来たぞ!」
自警団の誰かが叫ぶ。予想通りというべきか、三人がこちらに戻って来られないようなタイミングを見計らい、ゴブリンが再度襲撃をしてきたのだ。最初のような偵察を兼ねた少数でも、先程の大量のとも違うが、それでもその量は普段の小競り合いの倍はいる。
いけるか、と兵士は自身の武器を持つ手に力を込めた。そうしながら、いいや違うと頭を振る。いけるかいけないかではない。やるのだ。
「っ!?」
その直後、彼らの背後で何かが光る。思わずそこに目を向けると、突如出現した魔法陣が光り輝いているところであった。その光とともに、魔法陣から何者かが現れていく。
ゴブリンがその隙を狙って距離を詰めてきた。しまった、と慌てて振り向くが、遅い。相手の攻撃で吹き飛ばされた兵士はゴロゴロと転がり、そして相手の追撃を。
「ごめんなさい。今助けます!」
ふわり、と目の前でスカートが翻る。まるでダンスの一瞬を切り取ったようなその姿は、兵士もよく知る人物で。
手に持っていたハルバードは、ゴブリンを容易く吹き飛ばした。
「出てくるタイミングが最悪でしたね……」
そうした後、彼女は兵士に向き直ると頭を下げる。勿論彼はやめてくださいと慌てた。目の前の相手は公爵令嬢で王太子の婚約者だ。が、そんな身分を横に置いても、彼の中に彼女へのマイナスイメージは欠片もない。この程度で嫌悪感を持つことなどありえない。
「お怪我はありませんか?」
「い、いえそんな……大丈夫です!」
慌てて立ち上がる。優しく包み込むような美貌が目の前に映り、これ以上は限界であった。彼女いない歴が年齢の彼に、カサンドラは猛毒なのだ。
それならいいのですけれど、と彼女は兵士からゴブリンの集団に目を向ける。状況が掴めないので説明を求めたいが、そのためにはこの襲撃者をどうにかする必要があるだろう。
「よし。みなさん、少しお手伝いをさせてください」
「え? あの、カサンドラ様。聖女様達のことでしたら」
「この状況では話すのも大変でしょうし」
そう言って小さく微笑んだカサンドラを見て、兵士は分かりましたと頷き武器を構える。彼女が危なげなく敵を倒すのを見ながら、彼は彼でゴブリンを攻撃し。
一緒に来ていた兵士達の視線を受け、ああこれは後で死ぬなと何かを覚った。
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