第8話
「何で許可出るのさ……」
目的地へと向かう馬車は簡素なものであったが、乗り心地はそこまで悪くない。そんな感想を抱くこともなく、エミリーは同行者を見て溜息を吐いた。
「あら、私が一緒なのは不満?」
「そういうんじゃねーですよ。むしろトルデリーゼさんがいると大分助かる」
「ふふっ、ならいいじゃない」
「よくねー……」
宰相の娘である。公爵令嬢である。手の回らない魔獣討伐の依頼に戦力として同行する立場の人間では間違いなく無い。それを言ってしまえば二人のやり取りを見守っているクリストハルトは王太子なのだが、彼の場合聖女の補佐という任務の一環なので一応正当性はあるのだ。彼女には無い。
「とは言っても。もう決定されたことだもの。出発もしているでしょう?」
「だから今嘆いてたんじゃん……」
「心配しなくとも、自分の身は自分で守るわ。万が一何かあっても、それはあなたの責任ではない」
「万が一があってたまるかっつーの」
まったく、と不満げな表情でぶーぶーと文句を言うエミリーを見ながら、トルデリーゼは優しく微笑む。この一ヶ月で、彼女は随分と友情を抱いてくれたようだ。そんなことを思い、それは自分も同様だがとひとりごちる。
「私もそう思っているのよ」
「はえ?」
「あなた達に万が一があってはいけない。そう思ったから、同行したの」
「……絶対に無茶しちゃ駄目ですからね」
「勿論。だからあなたも、ね」
「わーってますよ」
そう言ってそっぽを向いたエミリーであったが、そこで当初の質問の答を聞いていなかったことに気が付いた。再度煙に巻かれては駄目だ、と今度は視線をクリストハルトに向ける。
「王子、結局何で許可出たんですか?」
「ん? ああ、俺達は討伐証持ちだからな」
「討伐証!? え? 持ってんの?」
「あら、知っているのね」
討伐証は《剣聖の乙女アルカンシェル》内で手に入るアイテムの一つで、クエストのランクごとにいるバウンティを倒した際にクエストカウンターで貰えるアクセサリーだ。一応装備効果もついてはいるが、基本はイベントアイテムとして扱われる。インベントリ内でもキーアイテム欄に入るため間違って捨てたり売ったりも出来ない。
これらの数、あるいは種類で増えるクエストや進めるダンジョン、発生するイベントが存在するため、該当ランクのクエストコンプリート以外に討伐証のゲットもやりこみ要素の一つとされる。尚、勿論エミリーは理解しているので二人からの説明は不要だ。
「討伐証かぁ……。まあ、ゴブリン退治に許可貰えるってことは《ゴブリンリーダーの討伐証》辺りを」
「私達が持っているのは《スケールドワームの討伐証》よ」
噴いた。ゲホゲホと咳き込みながら、何言ってんだお前という顔でトルデリーゼを見る。そこにからかいを微塵も感じられなかったため、視線をクリストハルトに移動させた。無言で頷いたので、マジかよと一人項垂れる。
「そんなに驚くことかしら?」
「むしろ何で驚かないと思ったんですかね……」
エミリーの述べた《ゴブリンリーダーの討伐証》はランク一で手に入るものだ。基本プレイヤーの九割はこの討伐証を最初に手に入れる。
一方トルデリーゼが告げた《スケールドワームの討伐証》であるが。そもそもワーム自体が後半にならないと出てこない大型モンスターな上、そのバウンティであるスケールドワームはひたすらでかく硬いという面倒な相手なのだ。トロフィー狙い以外で積極的にこの討伐証を取りに行くのは、特定のキャラ用装備を手に入れるため以外には無い。ちなみにランクは八、ゲーム内クエストの最高ランクはクリア後に開放される十二である。
「ふふっ。でも、それだけ驚いたということは、私達の実力は驚嘆に値するということでいいの?」
「いやそりゃもう。……あれ? むしろあたしが足手まといじゃね?」
《剣聖の乙女アルカンシェル》で件のモンスターが倒せるレベルだと仮定した場合、間違いなく五十以上だ。最近の特訓で更に成長しているとすれば六十を超えていてもおかしくないだろう。ゲームと同一視をしていいかは分からないが、目安だとしても今のエミリーでは恐らくそこには及ばない。
「そうでもないわ。私達があれを倒せたのもカサンドラがいてこそだもの」
「俺とトルデリーゼ嬢だけでは無理があるだろうからな」
そういうわけで期待している。そんなことを二人が述べ、それはそれでプレッシャーなんですけどとエミリーが頬を掻く。カサンドラの一番弟子を自称しているが、彼女のような攻撃が出来るかといえば。
ふと思い付いた。そういえば試していなかったと手を叩いた。
「……言っておいてなんだが、余計なことはするなよ」
「熱い手のひら返し!? いや別に変なことはしないって」
ちょっと特訓では使っていなかったやつを使うだけだ。そう言ってエミリーは笑ったが、その発言だけで既にもう余計なことの範疇に足を踏み入れていることを彼女は自覚していない。
トルデリーゼはある程度予想が付いたのか、呆れるクリストハルトとは対照的に微笑みを湛えていた。ある程度話は纏まったようだけれど、まだ続けるのかと問い掛ける。
「あたしはぶっちゃけもう向こうの状況見てから動こうかなって感じだけど」
「まあ確かに、実際に見ないと分からんこともあるからな」
エミリーもクリストハルトもこれ以上討伐の話をするつもりはないらしい。ならば続きは向こうに辿り着いてからだと話を締めると、トルデリーゼはクスリと笑った。なら少し雑談でもしましょうと二人を、正確にはエミリーを見た。
「ねえエミリーさん」
「はい?」
「あなた、殿下とカサンドラの馴れ初めは知っているかしら?」
「え? んー」
設定資料集や攻略本など《剣聖の乙女アルカンシェル》内の情報は持っている。が、それがこちらで適用されるかと言えば答えは否だ。合っているかもしれないが、当然間違っている可能性もある。
ついでに二次創作ネタでエモいのもきちんと網羅している。
「噂みたいなのなら」
「あら。どんな噂なの?」
「まあ妥当なので政略結婚だ、とか」
「いかにもな噂ね。他には?」
「公爵様からの薦めで、とか」
「……エミリーさん」
ジロリとトルデリーゼが彼女を睨む。それにビクリと反応したエミリーは、一体なんでござらっしゃいましょうと体を強張らせた。
「あなた、そんなつまらないものとは違う噂を仕入れているわね」
「はははー、そんなわけないじゃないですかー」
「そんなに殿下が怒り出すようなものなの?」
先程からこの話題で盛り上がるたびにクリストハルトの機嫌が猛烈に悪くなっている。言い方は悪いが、人の恥ずかしい話をネタに盛り上がるな、といったところであろう。その状態で、火に油を注ぐような発言など好き好んでしたいはずがない。
そう思っていたのだが、以外にも折れたのはクリストハルトであった。はぁ、と溜息を吐くと、別にもういいから好きにしろと手で促す。
「そういうわけらしいわ」
「えー……。まあいいや、えっと、王子とカサンドラ様が幼い頃出会っていて、その頃に約束をしていたっていう」
「へぇ……それは面白いわね」
口元を三日月に歪めたトルデリーゼは、どうなのかしらと彼を見る。お前は答えを知っているだろうにと睨み付けたクリストハルトは、次いでエミリーに目を向けた。そんな話をどこから持ってきた。そう言いかけ、どうせ英美里の知識内だろうから聞いても無駄だと言葉を飲み込む。
「それで、殿下。幼い頃に約束を」
「しとらん。……別に面白い話じゃないからな」
勿論エミリーの面白いと評された噂はクリドラ二次のよくあるシチュエーションのやつである。魔物が何で昔少女姿で王子と出会ってんだよ、という疑問は作品内では割とスルーされていた。
「そもそも最初の噂がほぼ真実だ。アイレンベルク公爵からの薦めであったし、公爵家から妻を娶るのはそれなりの意味を持つ」
「そうね。……だからカサンドラが現れるまでは私が殿下の婚約者候補筆頭だったの」
「あ、やっぱりそうなんだ」
それは何となく予想も出来るし、英美里の知識にもある。ついでに二次だとその関係でカサンドラヒロインでトルデリーゼがざまぁされる役という話もそこそこあった。突如知能低下したかのようにお粗末な嫌がらせを繰り返した挙げ句お約束のように破滅するのだ。
「ええ。まあ、私としては当時の殿下には権力以外の興味はなかったから、流れて丁度良かったと思ったのだけれど」
「俺もお前が婚約者になっていたらと思うと背筋が凍るな」
「あら。私は今の殿下でしたら権力関係なく魅力的だと思いますわ」
んぐ、とクリストハルトがむせる。ゲホゲホとさせながらトルデリーゼを睨むと、何が楽しいのかクスクスと口元に手を当てて笑っていた。からかったのかと彼のその視線が更に鋭くなる。
「誤解なさらないで。本心よ。もっとも」
魅力的なのはカサンドラにべた惚れのクリストハルトだけれども。そんなような言葉を続けた彼女は、笑みを浮かべたまま視線をエミリーに移した。それは同意を求めるかのようなもので、そうなると彼女の答えは一つしかない。
何せそもそも、エミリーがこの世界に存在している意義はそれなのだから。
「そーそー! 王子とカサンドラ様がラブラブしてるのが最っ高に尊いの!」
「尊い……? まあ、いいわ。そういうわけですから、殿下。きちんと恥ずかしい部分も語ってくださいませ」
「え? 何か王子尊みの深いエピソードあんの?」
「何を言っているか分からん。……別に、もう言うこともない」
ふん、と鼻を鳴らすとクリストハルトはそっぽを向く。どう見ても話す気はない、という態度だったので、エミリーは踏み込むのをやめた。しょうがないものはしょうがないだろう。
尚トルデリーゼは。
「あら、なら私が言ってもいいのかしら。夜会でデビュタントのカサンドラを見かけて一目惚れしたら後日公爵令嬢として紹介された上に婚約者候補だと知って狂喜乱舞したという話を、言っても」
「全部言ってるだろうが!」
「え? なにそれエモい……ヤバい……」
顔を両手で覆ったエミリーは言語中枢が死んだのかひたすらエモいとヤバいを繰り返すだけの存在と化した。別に恥ずかしがることでもないでしょうに、とそんな彼女を尻目にトルデリーゼは肩を竦めている。
「はぁ……。しかしトルデリーゼ嬢、俺から働きかけたとはいえ、そちらもよく自身を蹴落とし婚約者になったカサンドラと仲良くしようと思ったな」
「そうかしら、別に不思議でも何でもないわ。だって私は蹴落とされたと思っていないもの」
「王国の公爵令嬢で、かたや宰相の娘、かたや表舞台に出てこない歴史だけの貴族の娘。そんな評価をされていたのだから、思うところがあって当然だろう?」
「別に何も。さっきも言ったけれど、私自身は殿下にさほど興味がなかったし、それに」
『あの』アイレンベルク公爵がわざわざ養女にした姉妹だ、評価はそれだけで簡単に覆る。一々言わせるなと言わんばかりの口調でそう述べたトルデリーゼは、そのまま言葉を続けた。
だからこそ、興味を持っていた。だからこそ、彼の提案は渡りに船であった。
「ん? 養女?」
「あら、知らなかったの? カサンドラとクラウディアさんはアイレンベルク公爵の実子ではないのよ」
「あー、いや」
二人の正体が魔物だと知っているので、実の親子ではないということも当然知っている。が、その辺りのすり合わせはスタッフインタビューで流されていた部分だったので考察サイト系列の知識しかない。アイレンベルク公爵も資料集とビジュアルファンブックにラフが載っているだけであったため、キャライメージはもっぱら二次頼みである。
そんなわけで魂に刻んだ知識でカバーしきれないので少し言葉を濁しつつ、そこでふと気になったことを口にした。
「……養女って、婚約者として大丈夫なの?」
「ああ、それは何ら問題がない。経緯がどうあれ今カサンドラがアイレンベルク公爵令嬢であることは事実だからな」
そんなものか、とエミリーは流す。案外クリストハルトがカサンドラと結婚したいがために無理矢理そういうことにしている可能性もあるが、それはそれで彼女としては美味しいのでありだ。
「いやホント王子ドラ様好き過ぎっしょ」
「悪いか」
「何で? さっきあたしもトルゼさんも言ったじゃん。それがいい!」
サムズアップ。そういえばこいつこういうやつだったと改めて認識したクリストハルトは、味方がいないので癒やしを求めようと視線を彷徨わせる。
数秒の後、カサンドラが今ここにいないことに気が付いた。
「今無意識にドラ様探したよね?」
「違う」
「本当に、ここ最近は酷いものね。カサンドラがいないと寂しくてたまらないみたい」
「違う」
「一途だねぇ」
「そうね」
「違――わんが、ぐぐぅ」
そうしてひとしきりクリストハルトをからかった二人は。しかし目的地に着くまでの間飽きることなく定期的に話題に出し続けるのであった。ちなみにクリストハルトがキレた回数は計三回である。
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