トラック転生RTA

古代インドハリネズミ

101回目の異世界転生

「また来たの、君」


 神様がげんなりした様子で僕を見つめている。

 僕は14歳という若い身空で死んでしまった。そして、神様に呼ばれてここにいる。

 今回は僕の魂を呼ぶ前から僕が来るんじゃないかと身構えていたそうだ。そして予想通りに僕がのこのことやって来たので呆れているらしい。


「はい、神様。僕はまた異世界に転生されに来ました――が、また異世界に行って世界を救って、その特典に元の世界に生まれ変わる過程がめんどくさくて困ってます。早くまた元の世界で生まれ変わらせてください」

「いや君、むちゃくちゃ言うね……初めて転生することになった時は『俺TUEEEができる! うひょー!』とか喜んでたじゃないか」


 僕の黒歴史を簡単に暴く神様。

 そりゃ僕だって異世界転生にお呼ばれしたとあってはテンションが上がらないわけがない。その時は小躍りしてそのまま新しい世界に転生された。

 だけど僕は、異世界を救うことなんかよりももっと大事なことを見つけたんだ。


「もう異世界の攻略法は完全に把握してしまったので飽き飽きしてるんですよ」

「そうやってすぐにゲーム感覚で物を言う……最近の若い者はまったく」


 古い神様のイメージを模している、おじいちゃんタイプの神様は仙人のような髭を撫でながら嘆く。


「合計で2000歳近く生きているんですが、若者なんですか僕」

「私からしたら若者だよ、君は」


 確かに、神様に比べたら若者には違いない。


「まあ、それについて異論はないです。ですが、ゲーム感覚という言い方は聞き捨てなりません」

「ほう、なぜだね」

「ゲーム感覚ではなく、ゲームとしてやってるのでという曖昧な言葉で片づけられるとゲーマーとしての矜持が傷つきます」


 神様は項垂れて倒れ伏した。ぶつぶつと「うすうす勘づいてはいたが……」という蹴り飛ばされたウサギのうめき声のようなものが聞こえる。


「い、異世界は確かに君のよく知るゲームの世界に似ているが、そこには本当に生きている住人がいるんだぞ? 君だって初めて転生した時に仲間になったアイザックが死んだときは号泣していたではないか!」

「アイザックのCGは思い出フォルダにきっちり保存されているので、話題に出されただけでウルっと来ますね。でも、100回も転生していると似たようなキャラクターが出過ぎなんですよ! ジェイザックとかケイザックとか、あいつらみんな『お前は最高の仲間ともだったぜ……』って言って死んでいくんですよ?」


 神様は僕を道端を占領する馬糞を見るかのような目で見ている。

 アイザックは確かに良い奴だったし、ジェイザックも気の良い奴でケイザックも趣味が合う奴だった。だけど、エルザックあたりからおかしいなと思ってしまったしゼットザックまで来た頃には死ぬシーンをベルトコンベアで流れてくる商品だと思って眺めていた。

 だからこそ僕はそんな悲劇を繰り返さないためにアイ2ザックあたりで死亡キャンセルして魔王なりなんなりのラスボスをサクッと倒せるようになっていた。ゼット2ザックの頃には既に仲間にすらしていなかった。あいつは勇者の仲間ではなく村の力自慢として生きていくのだ。


「こ、恋人はどうなんだ? 君は欲深でだらしない人間だから女をとっかえひっかえしていたが、一回の転生につき一人しかパートナーを選ばなかった。毎回違う女を連れ歩いていたのには辟易としたが、それを楽しみにしていたのではないのかね?」

「うーん、正直自分で思いつく性癖はすべて試してしまった感じがあるので、飽きが来てますね。それに最近はすぐに元の世界に戻りたくて異世界を3日ほどで救ってますし」


 最初は大好きだった女の子も、100人ほど違う子と付き合ってみると女性への興味そのものが薄れてきた。好みの女性、特に好みではない女性、嫌いな女性とありとあらゆる女の子と付き合ってきた。

 神様は毎回1人しか選ばなかったと言うが、20回目あたりから神様の見てないところで僕は何人もの女の子と付き合っている。神様の目を盗むスキルを得たのだ。

 しかし飽きてしまった。僕は70回めくらいから異世界救世RTAを極め始めていたし、ゲームが大得意だった僕は裏技の活用や乱数を調整することで理論上最短の3日を達成している。

 某ピンクの星の戦士のゲームのように学会などあれば切磋琢磨して3日の壁を超えることができるかもしれないが、僕は独り。孤独の戦士だ。


「何故、何故元の世界に戻ろうとするのかね」


 神様は僕に不信感――というよりも、不気味だと思っている――を持っているようだ。

 神様は僕の狙いが何なのかわかっていない。

 僕は元の世界でもある程度の力を発揮できる。それこそ1回目の転生を終えた後は元の世界でも好き勝手やっていた。

 いじめっ子は逆にいじめ返してやったし、昔好きだった子も手に入れた。僕はその時、人生をやり直したのだ。


 だけど、僕の人生は再び終わってしまった。1回目の転生の時、僕は30歳だった。零細ゲーム会社のプログラマーとして働いていた僕はある日疲れからトラックにはねられそうな黒猫を助ける。そして僕はトラックに轢かれた。

 そうして1回目の転生を迎えたわけだが、トラック転生には2回目があった。元の世界に生まれ変わり、ウハウハな人生を謳歌していた僕はエリート企業戦士を経て自ら起業。事業も順調で若手社長としてテレビにも出ていた。

 そのテレビの収録の帰り、僕は黒タイツの美人がトラックにはねられそうになっているの見て助けに入ったのだ。

 超常的な力を持つ僕。トラックごときに轢かれても大丈夫だと思っていた。


――4トントラックは強かった。


 結果から言うと、僕の魔法障壁を破ったトラックは僕を失敗した手ごねハンバーグみたいにした。僕は死んだ。


 それだけではない。

 さてさて3回目のトラックとの遭遇。黒い帽子を被ったおじさんが轢かれそうだったのだが、僕はトラックに挑むために助けた。2回目の異世界救世の特典は防御力に極振りしたのだ。負けない!


――このトラックは何かがおかしい。


 僕の魔法障壁と神の加護、天使の施しをガンスルーしたトラックは僕をロールキャベツの中の肉がスープで溶けた後みたいにした。僕は死んだ。


 4回目も、5回目も、トラックは僕を轢き続けた。僕は何度も死んだ。

 そして僕は、こうして101回死んだ僕になっている。


「僕の目的……それは元の世界で平穏に過ごすことですよ。これは神様のミスなんですから、ねえ?」


 僕がそう言うと、神様はぐぬぬとなって黙った。

 だって、異世界に転生できるのは神ので死んでしまった者のみ。トラックは本来轢き殺すはずだった者ではなく、僕を轢き殺してしまうのだ。

 僕はある時、それが辛すぎて自ら命を絶った。神はそれを哀れに思い、僕を生き返らせた。

 神は『もうこのようなことが無いように、誠心誠意対応させていただきます』と頭を下げた。不祥事を起こした会社の社長の記者会見並の平謝りだった。


「わかった……とにかく、異世界のことは頼むぞ」

「はいはい、わかりましたよ」


 僕は既に飽きてしまったやれやれ系主人公ぶって異世界に向かった。

 さて、3日でまた異世界を救うとするか。




◇◇◇



 

 僕が元の世界に早く戻りたがるのにはわけがある。

 ある時、僕は気づいてしまった。必ず30歳の時に死んでしまう呪いのようなトラック転生。

 それにはきっかけのようなもの、何か超常めいた波がある。そのタイミングで僕は死ぬ――死ねるのだ。

 それに気づいた時、僕は29歳で死んだ。30歳ではない。そして、これまでと同様に神のミスでもあった。


 異世界の救世は完成してしまった。

 だから僕は、今度は自分がどれだけ早く、完璧なタイミングでトラックに轢かれるのかを極めることにした。

 ただトラックに轢かれるだけではダメだ。

 神が死を定めた人間の死を、奪うのだ。人の死を、定められた運命を覆す。

 なんと楽しいことだろう。神が弄ぶ人の業を僕が塗り替えてやるのだ。

 より早く、より早く。

 今回は14歳。また1歳縮まった。


 ぐるぐる巡る、異世界と現世の間で。僕は人の業を背負い続ける。

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