第22話 残り2日
「さて、ご飯も食べたことだし、残りもがんばるとしようじゃないか」
昼の休憩を取った後、会長の言葉で俺たちは作業を再開した。
といっても作業はあらかた終わっていた。床に無造作に置かれていたダンボールたちは折りたたまれ部屋の隅にまとめられている。空白が目立っていた棚にはファイルなどがびっしりと並んでいる。
ファイルが色とりどりに並んだ光景は、俺に達成感を与えてくれた。
「さて、だいたいは片付いたな」
会長は再びイスの上に立って棚の上を整理している。
「君のおかげでかなり順調に進めることができたよ」
「まあ、俺も美味いおにぎりが食べれたから良かったよ」
そもそも他人の作った料理を食べるということ自体が久しぶりかもしれない。
「そ、そうか? そう言われると照れるではないか……」
うれしそうに、えへへと頭をかく会長。
ぐらり。
その瞬間。不意にイスのバランスが崩れた。
「危ないっ!」
「きゃっ!」
会長は小さく悲鳴を上げて、イスから転げ落ちそうになる。俺は彼女が床に激突しそうになるのを防がんと、咄嗟に身体を前に出す。
「!!」
どしーん! という大きな音とともに俺のお腹に痛みと衝撃が波紋のように広がっていく。
「いってて……」
「うう……」
視界が明滅する。なるほど。こういうときに頭の周りを星がぐるぐる駆け回るのはあながち嘘ではないみたいだ。
「大丈夫か……?」
一先ず会長の具合を聞く。同時に、視界も正常さを取り戻していく。
ところが。
俺の目には、会長の顔がドアップで映しこまれていた。
「うわっ!」
ぶつかった衝撃のせいか、眉は少しだけ寄せられ、その目は閉じられていた。しかしそれが逆に人形のような端正な麗しさを感じさせた。
きめ細やかな白い肌が、潤いを持った薄紅色の唇が、目と鼻の先にある。垂れてくる黒髪が、俺の頬を撫でる。くすぐったい。美人だなとは思っていたが、近づいてみてもその感想はまったく変わらなかった。むしろより美しいと、率直にそう思った。
紛れもなく俺は見とれて、目が離せずに固まっていた。
ってかこの人まつ毛長っ!
「……んん」
小さく唸ると、会長もようやくその目を開いた。
「……あ」
眼前に広がる景色(俺の顔)を見て、彼女の顔は徐々にほんのり紅潮していく。間近で見ているので、その様子は手に取るようにわかった。
「わあああ!」
会長は勢いよく俺から退き、距離を取った。心なしか、その息は荒い。
「す、すまない……大丈夫か……?」
あさっての方向に顔を向け、聞いてくる。俺の方からは、つややかな黒髪の間でちらつく赤くなった頬や耳が垣間見えた。
「あ、ああ。会長は? 怪我とかないのか?」
「わ、私は大丈夫だ。君が受け止めてくれたからな」
答えながら、ぎゅ、と拳を握って胸の前に持ってくる。
「「…………」」
なんだか気まずい。
「さ! さあて! 気を取り直してやるか!」
「そ、そうだな!」
俺たちは無駄に大きな声でそう言うと、再び黙々と作業を始めた。
「しかしこのイスは壊れかけているみたいだな! ちゃんとしたのと取り替えておかないとな! うん!」
無駄にきびきびした動きをしている会長。だがそれは俺も同じだった。
『君と一緒にいると楽しそうだからだよ』
先ほどの会長の言葉が頭の中を駆け巡る。
室内はすっかり静かになったが、その間も、俺の鼓動はうるさいほど大きく響き続けていた。
ほどなくして、作業は終わった。
達成感はあったものの、俺の密かな目的――『鍵』が奪われた時に関する資料は見つからなかった。
「う~ん」
腕を伸ばし、思い切り伸びをする会長。
「お疲れさま」
「和真君こそお疲れさま、だ。君がいてくれて本当に助かったよ」
互いに労いの言葉をかけあう。
「さて、では帰るとするか」
帰る前に職員室に寄って、生徒会室の鍵を返す。そして俺たちは生徒玄関から校舎の外へ。
「あと2日……か……」
俺が『会計』の役目を終えるまでの、タイムリミット。
昼に会長と話をしたせいか、強く意識してしまう。
「君さえよければ、その期限は来年の春まで延ばしてくれてもいいんだぞ?」
「さあな……」
曖昧に返す。もはやどう返事したらいいか、自分でもよくわからない。
校門を出て、並んで帰る。考えてみれば、会長とこうして下校するのは初めてだ。
あまり会話することもなく、しばらく道を歩き続ける。
昼も思ったけど、この人二人きりだとあんまりしゃべらないんだな。普段はあれだけテンション高めで話しているのに。意外だ。
大きめの交差点に差し掛かると、
「私はこっちだ」
と会長は俺が帰る方向とは違う向きを示す。
「ああ、じゃあここでさよならだな」
会長が指す方は確か駅へ行く道だ。ということはこの人は電車通学なのだろう。
「また明日だな、和真君」
「おう」
「とりあえずあと2日だが、よろしくな」
そう言ってほほ笑むと、踵を返してさっさと行ってしまった。
あと2日……。
そこから後はどうなるのだろう。いや、どうするのだろう。
心の中で、答えは決まっているようで決まっていない。
ひとまず2日後に考えればいいか。
俺がこの時選んだのは、先延ばしにするということだった。
2日後にはきっとそれなりの答えが出ているだろう。出せているだろう。
そう言い聞かせて、家へと急いだ。
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