第21話 君と一緒だと、楽しそう

「もうこんな時間か」


 片づけを始めて約3時間。壁にかけられた時計は12時をさしていた。


「そろそろ休憩にするか」

「ふむ、そうだな」


 会長が額の汗をぬぐう。

 3時間ほどの作業だが、部屋の中は見違えるほどきれいになっていた。よしよし。


和真かずま君は昼食は持ってきていないのか?」

「そういえば、すっかり忘れていたな」


 学食――は日曜だから閉まってるし。仕方ない、近くのコンビニまで行って買ってくるか。


「ふむ、ならちょうどよかった」


 と、会長はカバンから包みを取り出した。


「なんだそれ?」


 ピンクの下地にいくつもの花が描かれた布……いや、風呂敷?


「ふふふ、これか? これはだな……」


 笑いながら、するりと結び目を解く。その中には、こぶし大ほどのアルミホイルに包まれた三角形のものがいくつも入っていた。

 これって……。


「おにぎり?」

「ご名答。経緯はどうあれ手伝わせてしまったのだから、これくらいはと思って君の分も作ってきたのだよ」


 包みのひとつ、ひときわ大きなやつ手に取ると、俺に差し出してくる。


「……どうも」


 ぺりぺりとアルミホイルをはがす。中には海苔が巻かれた、白と黒のコントラストが美しいジャパニーズ・ソウルフード。海苔と米の独特の香りが鼻をくすぐって俺の食欲を刺激してくる。


「さあさ、遠慮なく食べてくれ」

「じゃあ、いただきます……」


 勧められるがままに、一口食べてみる。


「……美味い」


 一口食べて、俺は衝撃を受けた。丁度いい具合に利いた塩味。中に入っている昆布のうまみが、ご飯と絡み合って互いを引き立てている。正直、今まで食べたおにぎりの中で一番美味い。


「そうかそうか! そう言ってもらえるとうれしい限りだよ! どんどん食べてくれ!」


 会長はぱあっと顔を明るくさせて笑っている。


「じゃあお言葉に甘えて……」


 そして気がつけば、俺は3つものおにぎりをたいらげていた。


「会長、料理上手かったんだな」


 別に下手だと思っていたわけではないが、ついそう言ってしまう。同年代の女の子というとどうしてもみゆきを真っ先にイメージしてしまうからかもしれない。


「うむ。休みの日にはお菓子を作ったりしているからな」


 自信満々に頬を緩ませる。


「今度機会があればお菓子でも作って持ってきてやろう」

「まじっすか」

「マジだとも! 楽しみにしていてくれ」


 ただ、と会長は付け加えて、


「私が持ってきた時に、生徒会室に君がいるかどうかはわからないがな」


 ニヤリと笑みを向けてくる彼女に、思わず尻込みする。


「う……まあどうなるかは知らないけど」


 すでに『会計』をやり始めてから5日は経過している。


 1週間。

 最初に約束した期限まではあと少し。


 だけど、俺はその期限が来たとき、どうするのだろうか。お世話になりましたとこの部屋を去るのか。

 それとも、継続してこの仕事をやり続けるのか。

 1週間だけと言っていたのに、心の中ではどうも、迷っているような感覚がある。


「まあ私としては君が続けてくれるとうれしいのだがね」


 カバンの中から新たに水筒を取り出しながら、言う。そして中身をコップに注ぐ。コップからはほんのりと湯気が立ちのぼる。色からして、どうやらお茶のようだ。


「それはそうと、和真君が掃除をここまで得意だとはな」

「なんだよそれ」

「いやいや、高校生の男子ともなると、家の手伝いなどあまりしないものではと思っていたのでな」

「……」

「和真君?」


 そうか。そういえばこの人には話していなかったな。秋人あきとだって俺に黙って話すようなことはしないだろうし。


「俺、今はひとり暮らしなんだ」

「……ふむ」


 期間限定、あと数日の付き合い。だったら話す必要も、理由もないはずなのに、俺は会長に、国分寺こくぶんじ香穂かほに話すことにした。

 両親が多額の借金を残していなくなったこと。じいちゃんがそれを完済してくれて、仕送りをしてくれて。今は早く自活するために残されたあの家で、ひとりで生活していることを。


「……すまないな」


 話し終えたところで、会長がぽつりと漏らす。


「会長が謝ることないだろ」

「いや。知らなかったとはいえ、厚顔無恥にも訊いてしまったのは、私の落ち度だ」


 それに、と。


「そんな事情がありながら、君を生徒会に、会計に引き入れてしまったこともな」

「それについては、気にしなくていいって」


 内申点や推薦というワードに引き寄せられて承諾したのは俺だし。


「なあ」

「なんだね?」

「なんで、俺なんだ?」


 初めて会った時は彼女の勢いにそのまま押し切られてしまって、何も聞けなかった。だけど今なら落ち着いて話ができそうだ。


「ううむ」


 コップを手に持ったまま、考え込む会長。


「最初に言った通り、ひったくり犯人を捕まえたところを見てこの人なら『会計』をやってもらっても大丈夫だと思ったところはある。副会長の旧知の仲ということも聞いていたし。だが……」

「だが?」


 ずずず、とお茶を飲んで一拍置く。


「君と一緒にいると楽しそうだなあと思ったのが正直な理由なのかもしれん。あくまで直観だが」

「俺と……楽しそう」

「うむ。君とともに生徒会の活動をしたいと感じたのだよ」


 言って、にこりと笑う。


「……」


 なんだよ、その理由。

 なんだか、遠回しに告白されているみたいじゃないか。まあそんな意味で言ったんじゃあないとは思うけど。


 俺は顔が熱くなるのを感じる。きっとお茶の熱さのせいだ。とりあえずそういうことにしておこう。今は。

 随分自分勝手な話だとは思ったが、不思議と嫌な感じはしなかった。


 誰かに必要とされるってこんな風なのかな。

 お茶の温もりが伝わってくる脳内で、俺はぼんやりと考えた。

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