第23話 体力消耗は死活問題
まだ5月だというのに、夏のように熱と光を降り注ぐ太陽。
そんな空からの恵み、いや攻撃を一身に受け、俺はグラウンドを走っていた。
「何もこんな暑い日に走らなくても……」
四時間目、昼休みの一歩手前。体育の授業。
性懲りもなく種目は2000メートル走。
「ああ、辛い……」
俺は放課後に十分走っているからこんなところで走りたくないし、無駄に体力を消費したくない。
「早く終わって昼休みにならないかな……なあ秋人」
「……そうだね」
隣を走る親友に声をかける。秋人もこの暑さの中で走るのにやられたのか、消え入りそうな返事が返ってくる。
「ほらほら、もっとしっかり走れー!」
「会長もなんであんなに元気なんだか……」
前半組に振り分けられ、すでに走り終えた彼女は大きく手を振りながら声援を送ってくる。正直恥ずかしいことこの上ないのでやめてほしい。他のクラスメイトからの視線が集まってきてむず痒い。
「……」
俺は視線をずらし、休んでいる生徒たちのほうへ目を向ける。
そこには会長とは対照的に元気のないみゆきが座って休んでいた。心ここにあらずというか、その眼差しは虚空を向いている。そばにいる明石さんが何か話しかけているみたいだが、さすがにその内容までは聞き取れない。
「……みゆき、相変わらずどことなく沈んでるな」
「結局、和真は何かわかった? みーちゃんが元気をなくしてる理由」
秋人が訊ねてくる。
「さあな……」
本当は明石さんから聞いて理由は知っているのだが、俺が秋人に言ったところでどうにかなるわけではないし……。それに俺が勝手に話すのはなんだかみゆきに悪い気がする。俺たちに話してこないってことはあんまり知られたくないってことだろうし。
「……」
だからといって放っておいてもいいのだろうか。俺たちはもう10年以上になる付き合いの仲だ。言葉にされなくても伝わってくるものはいくらでもある。
でも……俺に何ができるんだろう。財力があるわけでもなし。画期的な手腕を編み出す力もない。
……あの人たちが残していった借金に何もできずにただ立ち尽くしていた、無力な俺には、何もないのだ。
「おっと!」
刹那、視界が一気にブレた。
考え事に気を取られていたせいか、脚のバランスを崩してしまったのか。
ヤバい、このままじゃ地面に華麗にヘッドスライディングを決めてしまう。
「和真!」
転びそうになる俺をなんとか引き戻そうと、秋人が手を伸ばしてくる。咄嗟に手を出した結果、運良く俺の手はそれを掴むことに成功した。
「うわっ!」
しかし残念なことに、秋人に俺も腕一本で支える力は無かったようだ。そのせいで一緒にバランスを崩す羽目になる。
ドサササーッ!
2人仲良く、地面へと滑り込む。
「あいててて……」
「うう……スマン秋人……」
「いや、いいよ。それより怪我とかしてない?」
「俺は大丈夫だ。秋人は?」
「僕の方も怪我はしていないよ、大丈夫。……それにしても、長ズボンだったのがラッキーだったね」
確かに。これが会長みたいに半パンをはいていたら、脚には擦り傷のひとつは絶対についていただろう。長ズボンの方がいいということもあるんだぜ。
ただ、俺たちの脚を守ってくれたズボンは、グラウンドの砂と土まみれになっていた。
「こりゃあ帰ってしっかり洗濯しないとな……」
すっかり色が変わってしまったズボンを見て嘆息する。まあ破れたりしなかっただけでもマシか。
「僕の方もすっかり土色だよ……」
小さく苦笑する秋人。
「2人とも大丈夫か?」
あまりに盛大に転んでしまったので、会長が近くまで駆け寄ってきた。
「ちょっと転んだだけだし大丈夫だよ」
軽く返して、俺は再び遠くに目をやる。
目線の先には、先ほどと表情を変えずに佇んでいる少女の姿があった。
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