第44話 第1回 球技大会作戦会議

 放課後。俺は珍しく教室に残っていた。


『鍵』の死守のためにも、いつもなら一目散いちもくさんに生徒会室へと向かうようにしている。そんな俺が教室にいるのには、もちろん理由があってのことだ。


「それじゃあ、あらためてよろしくね? 球技大会委員として」


 机をはさんだ対面に座る女の子が、小さく笑う。


「こちらこそ。えっと、丸山まるやまさん」

那月なつきでいいよ。こっちも和真かずまくんって呼ぶし」


 おさげにした黒髪が揺れる。


「にしても、意外だったなあ。和真くんが私の提案にいち早く賛成してくれるなんて」


 私の提案――クラスの生徒がアルバイトをする権利。

 球技大会で俺たちのクラスが求める賞品として、彼女がホームルームで発案したものだ。1日でも早く自活できるようにしたい俺としては、願ってもない賞品。そんなわけで誰よりも早く賛成の意を表明した。


 まあ、その結果として、こうしてクラスの球技大会委員をやることになってしまったんだけど。

 会計との両立はまあ、ちょっとキツいかもしれないけど、やむを得ない。


「和真くんもバイトしたいの?」

「まあな」


 じいちゃんの仕送りとか、そのへんの事情については黙っておくことにする。


「生徒会もあるのに、熱心だねえ」

「そういう那月さんこそ、部活動してなかったっけ?」


 たしか、漫画研究会――通称、漫研。しかも『部活連合』の資料によれば、那月さんは部長の立場にあるはずだ。


「まあ、我らが漫研は同好会扱いなんだけどね」


 那月さんは苦笑いを浮かべる。


「あっ、でも安心して? 一緒に委員の仕事をしてるときは『鍵』を狙ったりはしないから」

「それ、信用していいのか?」

「モチのロンだよ。ていうか漫研って基本的に好きな漫画を持ち寄って読み合うだけだから、部費はそこまでいらないんだよね」

「なるほど」


 たしかに昨年度の各部の収支報告をみてる限りだと、漫研のそれは他の部に比べてはるかに少なかった。部費をあまり必要としないというのも、嘘ではないのだろう。


「だったら、なんでバイトしたいんだ?」

「ふっふっふ、それはねー」


 よくぞいてくれましたとばかりに、那月さんはしたり顔になる。そしてカバンに手を入れてごそごそすると、


「じゃーん」


 A4サイズの薄い冊子。表紙には、かわいらしい女の子にイラストが描かれていた。


「これは……同人誌ってやつか?」

「おっ、和真くん詳しいね」

「そういうものがあるって程度だけどな」


 好きなキャラクターとかを自分で描いて本にしたもの、だっけか。定義はよく知らないけど。


「那月さんが描いたの?」

「そうだよー。これは去年の冬コミで出したやつ」

「冬コミって、同人誌のイベントみたいなやつだったっけ?」

「そのとおり!」


 自信ありげに胸をどんとたたく。小柄な割に豊かなそれが揺れて、ちょっと目をそらしてしまう。背丈はみゆきとさほど変わらないのに、えらい違いだ。


「にしても、自分で描いたものをイベントに出すなんて、すごいな」

「下手の横好きってやつだけどねえ」


 那月さんは謙遜けんそんするが、そこまでできるのはきっと簡単なことではないに違いない。それほど、漫画が好きなんだろう。


「でも、イベントに出てるとどうしてもお金がかかるんだよね」

「そうなのか?」

「交通費だけでもすんごいんだよー。それに、漫画描くための材料費もかかるし」


 いろいろ大変なんだな。


「今度の夏コミも出る予定なんだけど、那月ちゃんのおサイフはもう火の車で」

「だからバイトしたいってことか」


 ようやく彼女があの賞品を発案した理由がわかった。


「そう!」


 ガタリ、と那月さんは席を立つ。


「というわけで、ぜひとも球技大会で優勝して、バイト権利を勝ち取りたいんだよ」

「ああ、一緒にがんばろうぜ」


 俺も立ち上がり、こぶしを突き出す。

 目的は違えど、目指す方向は同じ。

 その認識を共有し、2年1組球技大会優勝に向けた会議、その第1回は幕を開けた。

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