第40話 これまでと、これから

「……これで、よかったんですか?」


 2人きりになった部屋。俺は会長に問いかける。


 幼なじみを助ける。

 副会長の職をする。


 これで秋人あきとは自分の望んだことを二度、連続で打ち砕かれたことになる。

 アイツとしてはなんともやり切れない気分だろうな。


「なに、彼にとっては不本意だろうが、致し方あるまい。今ここで急にやめてもらっても困るからな。後任のアテがあるわけでもないし。彼は頗る仕事ができるから、私もいろんな面で助かっているのだよ」


 それに、と彼女は続けて、


「今まで一緒に頑張ってきた仲間を、こんな形では失いたくない」

「会長……」


 その気持ちが、彼を思ってのことか、自分のためなのか、俺にはわかりかねる。


 だが、これでよかったのだろう。


「それに、人生なんでも思い通りにいくとは限らない。今のうちに挫折ざせつを経験しておくのもアリだ」


 挫折、ね。


 なんでもできそうなこの人に、そんな経験あったりはするのだろうか。

 いや、そんなことはどうでもいい。俺が心配することじゃない。


 それよりも。


「会長。俺も話があるんだけど」

「君もか。いいぞ、どんどん話したまえ」


 両手を広げてアピールする。なんだそれは。荒ぶるたかのポーズか。


「『会計』のことだ」

「うむ」


 会長は微笑んでうなずく。きっと俺が何を話すかなんて、この人にはわかっているだろう。


「色々あって延びてしまっているけど、約束の1週間はもう過ぎてる。『鍵』のことも落ち着いたし……俺がここでやめると言い出しても、会長としては文句ないよな?」


 約束を反故にするなんて、会長がするとは思えない。


「ああ。異論はないとも」


 目を閉じる会長。


「して、君の答えは?」


 答え。


『会計』をこれからも続けるのか、否か。


「俺の答えは……」


 ここ数日、考え抜いた結論を。

 言葉にして、形にして。


 口にする。


「続けるよ」


「そうか。……そうか」


 会長は、俺の言葉にやんわりとした笑みを返す。


「あんまり、驚かないんだな」


 正直、驚いてくれると思っていたのに。期待はずれだ。


「いやいや、これでも驚いてはいるんだよ。だけど、それ以上にうれしいという気持ちの方が勝っていてね」

「はあ……」

「しかし、どういう心境の変化なのかな。以前訊ねた時には答えを渋らせていたものだが……。やはり、先日の件が関係しているのかな?」


 先日の件。

 この人によって今さっきうやむやにされた、『鍵』の事件。


「いや、この間のことはあんまり関係ないよ。この1週間ちょっとで俺が考えた結果だ」


 誰に影響されたわけでもなく、自分で選んだこと。


 よくよく考えてみれば、俺が仮で『会計』になってからあまりいい思い出は浮かんでこない。


 慣れない走りを強要されるわ、放課後ヘンな奴らに学校中を追い回されるわ。

 親友に『鍵』を盗まれて、殴り合いになるわ。

 何年ぶりに、幼なじみの涙を見るわ。


 だけど、それだけじゃなかった。

 この部屋で、生徒会の人たちと過ごした時間。他愛もないことで、笑った時間。


 それらも「よくない思い出」にまとめてしまうのは、なんだか惜しい気がしたのだ。


「そうか、そうか」


 繰り返しそう言って、満足そうにうなずく会長。


「だが、君はそれでいいんだな? この仕事を続けるということは、ここ1週間の大変さが約1年間続くということになるのだぞ?」


 彼女の言うとおりだ。

 ひとりで生きて、独りで生活しようと努力している俺にとって、これは余計なことなのかもしれない。

 でも、やってみようと思うのだ。


 会長と一緒なら、秋人たちと一緒なら、悪くない。

 人に必要とされて、それに応えられる力があるかもしれないのだ。ならば応えないわけにはいかない。人と人の世界に生きる身としては。


「構わないさ。なんだかんだでこの1週間俺は乗り切ってやったんだ。1年くらいどうってことはないよ」

「ふふふ、強気だな」

「それに、正式に生徒会役員になったら、内申点上がるんだろ? 大学の推薦も奨学金もとりやすくなるってことだよ」


 そう。だから決して余計なことでも、回り道でもない。ま、こっちはついでのような気がするけど


「中々したたかだな、君も」

「その言葉、そっくりそのままお返しするよ」


 言い合って、互いに笑う。


「では、大倉おおくら和真かずま君。君を正式に我が校の生徒会会計、財を守るキーパーソンに任命しよう。申請書類の方は私でなんとかしておくよ」

「悪いな」

「なに、これくらいの雑務、君が会計になってくれることを考えたら些末なことさ」


 会長は立ち上がって、伸びをする。


「ところでさ」

「む?」

「もし俺が会計を続けないって言ったら、どうするつもりだったんだ?」


 代役とかに当たりをつけていたのだろうか。

 それとも、会長が会計を兼任するとか。少なくとも、俺は代わりの候補がいるなんて話は聞いたことがない。


 すると会長は不敵な笑みを浮かべて、


「ふふふ……。私は君を諦めるつもりなど、最初からなかったぞ?」

「……は?」


 どういうことだ?


「つまり、俺にどうあっても会計を続けさせようとしていたってことかよ」

「……まあ、そうなるな」


 照れくさそうに頬をかく。


「でも俺が断ってたらどうやって説得するつもりだったんだ?」

「知りたいか……?」

「え?」


 なんとも言えない不敵な笑みを浮かべると会長は、


「君をここに留めておくために、方策を五つほど考えていたのだが……君は詳しく知りたいかね?」

「いや、遠慮しておく」


 即答した。

 世の中には、知らないことがいいこともある。


 というか、万が一拒否して、断っていたら俺、どうなっていたんだ?


 考えるだけで恐ろしい……。


「まったく、敵に回すと怖い人になるだろうな」

「何を言っている。敵にはならないさ。私たちはもう、仲間ではないか」

「まあ、そうなんだろうけどさ」


 すると、会長が俺の方へと近づいてくる。


「な、なんだよ」

「それに、君は知らなかったのか?」


 ずいっ、と距離を縮めてくる。ちょ、ち、近いって!


「な、なにが?」

「私は気に入ったものは必ず手に入れて、簡単には手放さない人間なんだよ」

「は、はあ」


 この場合、手放すまいとしているのは俺ということになるわけで――


「最初に勧誘した時も言っただろう? 私は君が気に入ったのだ。いや、今は少し違うか……。この1週間君と過ごして私はこう思ったのだよ」


 そして告げてくる。いつものように、自信満々に。


「私は君のことが好きになった。君のことをもっと知りたい」

「……はあっ!?」


 突然の告白。……告白で、いいんだよな。


 あまりの衝撃に、うまく認識できない。


「ちなみに聞いておきたいが、君は私のことをどう思っているのだ?」


 さらに詰め寄って、聞いてくる。


「えっと、俺は……」

「俺は?」


 回答を迫るように、復唱する会長。

 考えをめぐらせる。

 俺は、この人のことをどう思っているんだ?


 確かに今みたいに多少(?)強引なところはあるが、なぜだろう悪い気はしない。


 しかし、ここで安直に答えてよいものなのか……。


「えと……」

「うん?」


 見つめてくる。目力がすごい。


「俺は――」

「だ、だめえええええええ!」


 ガラガラガラガラッ!


 悲鳴のような声が聞こえてきたかと思うと、勢いよく生徒会室の扉が開かれた。


「カズくんっ! だめっ!」


 振り返った先には長年の幼なじみ、みゆきの姿。


「み、みゆき? どうして……」

「カズくんを独り占めしちゃだめ!」


 何やらわけのわからないことを言うみゆき。


 しかし今現在、この部屋には女性2人に、男1人。……限りなくよろしくない雰囲気が流れている。それだけは理解できた。


「君は確か……和真君たちの友達の……」

「幼なじみの金元かなもとみゆきです!」


 なぜか幼なじみを強調している。


「それで、幼なじみの君が、生徒会室に何か用かね?」

「部の月間活動報告書を持ってきたんです! どうぞ」


 そう言って会長に書類を押し付ける。そして俺と会長の間にズイッ、と割り込んだ。

 なんか、こんなに強気な、というか必死なみゆきは初めて見た気がするな。先日の部費が足りない時とはまた違った焦りを露わにしている。


「そうか。確か君は放送部の部長だったな。……ふむふむ、確かに受け取ったよ」


 押し付けられた書類に軽く目を通しながら、頷く。


 みゆきとは対照的に、極めて余裕であるかのような態度だ。


「ただいま戻りました……ってみーちゃん? え、どうなってるの、これ?」


 部屋へと戻ってきた秋人が、困惑の表情を浮かべている。どうなってるのか聞きたいのはこっちの方だよ。


「……あきちゃんも戻ってきたみたいだし、一先ひとまずは大丈夫かな……」

「? どうした?」

「ううんっ、なんでもない。では会長さん、私はこれでしつれいします!」


 どうして会長にはこんなに当たりが強いんだろう。そりが合わない、ってことなのか?


「うむ。君も部活動がんばってくれたまえ」

「むー……失礼しました」


 むくれながら生徒会室を出ていった。


「みゆき!」


 俺は思わず部屋を出て、声をかける。


「カズくん……」

「何かあったのか?」


 俺の知らないところで。またこいつが困ってしまうようなことが。


「な、なんでもないよ。ところでカズくん。会計、続けることにしたんだね」

「あ、ああ……」

「うれしいけど、なんだか複雑だね」

「どうして?」


 すると彼女はこちらに近づいてきて、にっこりとほほ笑む。


「だって、私は部長だから、カズくんとは敵同士だよ?」

「おうっ……て、ええ!?」


 その笑みが、今まで見たことがないような蠱惑こわく的なものだったので、思わずひるんでしまう。


「敵同士って……」

「だから、私もこれからカズくんの持ってる『鍵』を狙うようにするから、よろしくね?」


 宣戦布告、されてしまった。


「……わかったよ。よろしくな」

「うん」


 満足そうにうなずく。


「あとね……」

「? なんだ?」


 みゆきは一瞬ためらうような仕草を見せた後、こちらに近づくと、


 ちゅ。


 頬に、柔らかな感触。


「えっ……」


 みゆきにキスをされたと脳が判断するのに、かなりの時間を要してしまった。


「私が奪うのは『鍵』だけじゃなくて、カズくんの『心』も奪ってみせるからね」


 顔を真っ赤にして、上目づかいに見てくる。


 なんともあざとい仕草だが、今の彼女がすると不思議とかわいらしく見えた。


「じゃ、じゃあカズくん。またね!」


 そのまま顔をリンゴのように紅潮させたまま、彼女は走り去っていく。


「…………」


 俺はさっき、会計を続けると宣言した。

 その時、あの1週間と同じようなことを続けていくだけだと、考えていた。


 しかし。


 どうやら違うようだ。

 それだけでは済まないみたいだ。


 しかも、どう解決していいのかわからない。金庫みたいに、明確な『鍵』があればいいけれど、そんなものはあるはずもない。人生の『鍵』はそう簡単に見つからない。


 観念したように俺は目をつむって上を向く。


 慰めるかのように、ちゃり、と右ポケットが鳴った。

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