第39話 会長はあなどれない

「む、ふたりとも今日は来るのが遅いではないか」


 翌日、俺と秋人はいつものように生徒会室に訪れていた。


「貝塚さんは、来ていないのか?」

「うむ。今日は用事があるようなので、彼女は来ないぞ」


 俺は空いている書記の席を見る。

 普段あんまり喋らない人だけど、いないとなんだか部屋の中が静かだな……。


「ほら、副会長も和真君も、ぼーっと立っていないで早く座りたまえ。これからは仕事も多くなるぞ」

「その前に会長……ひとついいですか?」


 一歩前に出て、会長と相対する秋人。


「いいぞ。なにかあるのか?」


 会長は小首を傾げる。そんな2人の様子を、これからの2人の会話を、俺は黙って見届けることにする。


「僕は……財津秋人は……本日で生徒会副会長をやめさせていただきます」


 そう言って、頭を下げた。


「……どうしてだ?」


 特に驚いた様子を見せることもなく、すっ、と目を細める会長。


「君がやめなければならない理由も、君がやめたくなるような理由も、私には心当たりがないのだが」


 そんな風に、言う。


「理由って……会長は、全て知っているんですよね。『鍵』のこと」


 もちろん知っている。


 あの日の騒動が終わってから夜、俺は最初に約束したとおり、電話で会長に全てを話した。犯人が秋人だったこと。彼の行動が幼なじみの――みゆきのためだったこと。

 彼女は黙って聞いていてくれたが、俺が話し終えると、『終わったことだから何も言うつもりはないが、私たちにも一言相談してくれ。私たちは……仲間なのだから』と優しい声音で言った。だけど少しだけ、その声は寂しそうで、怒っているようだった。


 仲間。


 1週間だけと約束していた俺に、その言葉を使ってくれた。

 それは、俺が今まで生きてきて初めて手にしたものなのかもしれない。


 ともあれ、会長は全部知っているのである。

 ゆえに、秋人が言っていることの意味も、内容も理解しているはずだ。


「もちろん知っているとも。和真君から全て聞いたからな」

「じゃあ……」

「うっかりだったのだろう? 『鍵』の紛失は彼自身のうっかり勘違いだと、私は彼から直接聞いたぞ?」

「なっ……」


 言葉を失う秋人。無論俺も絶句していた。

 何を言い出すんだこの人は。


「どういう……ことですか」

「どういうこともなにも、聞けば、体育の着替えの時にチェーンをはずして、カバンに入れたままにしていたらしいじゃないか。まったく、こんなところに気づかないとは、彼も私もうっかりしていたよ」


 滑らかに、さながら昨日の夕食のメニューについて話すように、言う。

 その中身は真っ赤なウソだというのに。


「……」


 すると、会長はこちらに一瞬だけ目を向けると、パチリとウィンクを飛ばしてきた。


「!」


 ああ。


 そういうことか。

 彼女の動作で、俺はその意思を理解する。


「な、何言ってるんですか会長! そんな話、嘘ですよ!」


 無論、秋人は会長の話に食いつく。


「嘘? そんなことはないだろう。私は彼から直接聞いたわけだし。なあ、和真君?」


 そう言って、俺に話を振る。


「和真……」


 心配そうに、信じられないというように、俺の方を見てくる。


 2人が、俺の言葉を待つ。


「ああ。会長の言うとおりだよ。俺もうっかりしてたもんだ」

「っ! ……和真」

「申し訳ないとは思ってるよ。会長にも……貝塚さんにも。もちろん秋人にも。俺のミスでかなり騒がせちゃったしな」

「気にすることはない。私たちは同じ生徒会の仲間なのだ。結果的に何もなかったのだから、これしきのミス、大したことはない」


 にこり、と笑いかけてくる。


 まったく。

 中々腹黒いというか、なんというか。


「というわけだ。君が憂慮することなど、何ひとつないぞ? 財津秋人副会長」

「……簡単には、やめさせないってことですね……」

「ん? 何か言ったか?」


 観念したように、はあーっと大きく息を吐く。秋人も会長の考えを察したようだ。


「会長のおっしゃる通り、僕がやめる理由は何一つありませんね。変なことを言ってすみませんでした」

「うむ、構わんよ。これからもよろしく頼むぞ」


 満足そうに笑う。


「では早速で申し訳ないのだが、委員会の会議の資料を職員室まで届けてきてはくれないか?」


 そう言って書類を取り出し、秋人に渡す。


「わかりました。行ってきます」

「雑用を言いつけるようで悪いな」

「何を言ってるんですか。会長の補佐をするのが、副会長である僕の仕事ですよ」


 資料を受け取ると、彼はそそくさと生徒会室を出ていった。

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