第2章 球技大会で勝ち取れ!己の望みを!

第41話 騙される方が悪いんだよ!

「うおおおおおおっ!」


 大声で叫ぶは、俺。

 全力で走るは、廊下。

 目指すゴールは、生徒会室。


「待たんかああっ!」


 俺をこれまた全力で追いかけてくるのは――剣道着に身を包み、竹刀を手にした女の子。

 廊下を走り、階段を跳び、竹刀をかわす。


「『鍵』を渡せえっ!」


 そう、彼女の――剣道部部長、古手川こてがわ千佳ちかの狙いは、生徒会会計たる俺が持つ『鍵』。

 それを手に入れた部は莫大ばくだいな部費を手にすることができる。


 生徒会会計はどの部にも『鍵』を奪われないよう、死守しなければならない。そんなぶっ飛んだルールのせいで、俺は毎日竹刀を持った女の子や筋肉ゴリゴリの男子たちに追い回される日々を送っている。


「待てええい!」

「誰が待つか!」


 相手の叫びにいちいち答える優しい俺。古手川さんの亜麻あま色のポニーテールがそれこそ興奮した馬のしっぽみたいにびたんびたん跳ねていた。


「せやあっ!」

「うおっ!」


 ヒュンッ! と背後から竹刀の一閃が俺を襲う。すんでのところで避けることに成功するが、俺の身体はバランスを崩してしまう。

 結果、俺は下りようとしていた階段へ向かうことができず、踊り場の壁に追いつめられてしまった。


「観念するんだな……」


 じりじり、と寄ってくる古手川さん。


「おとなしく『鍵』を渡せば痛い目を見ずに済むぞ……?」

「へっ、嫌だね」

「なら致し方ない。無理にでも奪わせてもらう!」


 言って、古手川さんは竹刀を振りかぶる。


 状況だけ見れば、万事休す。

 だが、俺も会計になって2週間。今までぼーっと時を過ごしてきたわけじゃない。

 ――俺にはまだ、秘策がある。


「あっ。権藤ごんどう先生」


 古手川さんの背後を指さして、つぶやく。

 剣道部顧問にしてめちゃくちゃ怖い先生の名を。


「なっ、なにっ!?」


 もちろん古手川さんは振り向かずにはいられない。なにせ剣道部員は権藤先生に出会えば一礼のあいさつは必須。スルーしようものならキツいお説教が待っているのだから。


「おつかれさまです! 権藤先せ……って、え?」


 だが彼女の背後に、強面こわもて教師はいない。そりゃそうだ、嘘なんだから。


「すきありっ!」


 言って、俺は古手川さんの横をすり抜け、階段を駆け下りる。


「なっ!」


 古手川さんが声を上げるころには、俺の身体はすでに下の階。


「お、お前! だましたな!」

「騙されるほうが悪いんだよ!」


 なにせ人間だからな。体力だけじゃなく知力も使うもんだろ。


「お、おのれえー!」なんて悔しそうな恨み節を無視して、俺は見えてきた生徒会室の扉に向かって一気にラストスパートをかける。今日もまた、無事生き残れそうだ。



 これは、俺とお金と――そして少しの友情の物語。

 愛? 愛があるかどうかは……俺もわからないから、その目で確かめてもらうことをお勧めするよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る