第32話 思いはぶつかる
扉を開いた。
すっかり行き慣れてしまった、訪れることが日常となっていた、生徒会室。
今日は誰も来るはずのない、開くはずのない、その部屋の扉を。
俺は開いた。
「……やっぱり、お前か」
小さくつぶやいて、見つめる。視線の先、薄暗い部屋の中には。
「……
目を
部屋の
そして。
彼の手には、俺たちが何日もかけて
その光景を見て俺は、自分の心が沈んでいくのがわかる。
無意識に、ため息を吐いてしまう。
「お前じゃなければいい、って思ってたんだけどな」
だけど実際に目にしてしまうと、もうどうしようもなかった。避けようのない現実が、そこにはあった。
「和真……どうしてここに?」
最初
「昨日、会長からラインが来たよね、今日の活動はないって。だから……今日は帰ったんじゃなかったの?」
立ち上がり、こちらを向き直ってくる。もちろん、その手には
彼の目は今まで見たこともないような
「昨日のメッセージは、俺が会長に送ってもらうように頼んだんだ。こうすれば犯人を見つけることができるかもしれない……って言ってな」
そう。昨日のラインは俺が会長にお願いしたのだ。
早い話が、おびき寄せるための
秋人はふ、と小さく笑みをこぼす。
「僕はまんまと
「騙していたのは秋人、お前の方だろう」
俺だけじゃない。会長も、
「お前は生徒会の……仲間を騙してたことになるんだぞ?」
「……そうだね」
そして眼前の真犯人は、テンプレートのようなセリフを吐き出す。
「……いつから、気づいていたの?」
「確信に至ったのはたった今だけど、もしかして、と思ったのは昨日だな。ゆうべ、みゆきと二人で話をした時だ」
その時だって、明確に証拠をつかんだわけじゃない。言ってしまえばただの勘。彼女の話すお前の行動と言葉に、違和感を覚えたから……というのが一番の理由だ。
「本当は俺だってこんなことをしたくはなかったけどな……親友を試すような真似は。でも今は『鍵』を見つけるためなら、犯人を見つけるためなら。できることは何だってしなくちゃいけない」
「それで会長にお願いしたってことなんだね」
「ああ。この方法なら迷惑をかける人を最小限にすることができるからな」
事情を一切話していない貝塚さんには、悪いことをしたとは思うが。
「……」
「……」
俺たちは黙って、じっと互いを見据える。
先に口を開いたのは、秋人だった。
「そっか……みーちゃんと話してた時に、気づいたんだね」
「ああ、たまたま会ってな」
秋人はまたも小さく鼻を鳴らして笑うと、
「じゃあそのたまたまがなかったら、和真は知らないまま今日という日を迎えて、過ごしていたんだね」
「……どういうことだ?」
知らないまま……今日……。
俺はハッとなる。
「もしかして、みゆきの部活のことか?」
昨日、みゆきは言っていた。今日が、大会に行くための費用を用意できるタイムリミットだと。
「そうだよ……」
いつ間にか顔を俯けていた秋人は、聞こえないくらいの声で答える。
「和真……本当は知っていたんだでしょ?」
「……何をだ?」
「とぼけないでよ! みーちゃんが悩んでいた理由だよ!」
急に声を荒げだして、食ってかかるように叫んでくる。
「みーちゃんから聞いたよ。
「……ああ。知っていたことは、否定しない」
「だったら……」
「秋人?」
「だったら! どうして何とかしてやろうとしなかったのさ! 和真ならできるだろ!?」
一層声を荒く、大きくして問い
「みーちゃんがどれだけ部活をがんばって、どれだけ部員のことを考えている部長で、どれだけ悩んでいたのか、和真知ってるだろ!?」
「……」
普段の様子からは想像もできない秋人の姿に、俺は何も返すことができない。
コイツ、こんなに思いつめていたのか……。
普段の様子からは想像もつかなかった。
「……和真、小さい頃のこと、覚えてる?」
呼吸を整えると突然、秋人が
「昔のこと?」
「うん、まだ3人で仲良く一緒に遊んでいた頃のこと。……みーちゃん、泣き虫だったから何かある度によく泣いていたよね」
「ああ……」
彼の言葉を受けて、幼少の時のことが脳内で再生される。
あの頃は、3人で遊んでいて。
公園、誰かの家。河原。いろんな場所で毎日のように集まって。
みゆきは、よく泣いていた。
別にみゆきに悲しい思い出が多かったとか、そういうことはなかった。単に、が
犬に
何かあるとすぐ目じりに涙を浮かべる彼女。
「それが……どうしたっていうんだよ」
確かに昔は泣き虫だったみゆきも、今ではもう高校生だ。いくら見た目は子どもっぽいままだといっても、昔とは違うのだ。彼女の涙を見ることなんてほとんどなくなった。
3人で集まって……ということが少なってきた、ということも理由の一つなのかもしれないが。
「和真、泣いていたみーちゃんをよく助けて……泣き止ませてたよね。和真ができること精一杯やって。あの時から……いや、初めて会ったときから」
昔を
「いつだって、あの子を笑顔にしてきたのは和真だった……。笑顔にできたのは和真だけだった……僕じゃできなかった」
「秋人……」
「そんな和真に、僕は憧れていたんだ。僕にはできないことを、やってのける和真の姿に。僕はいつだって後ろから追いかけるだけ、見ているだけだったから」
だから、と言って秋人はさらに言葉を
「今回も、きっとみーちゃんを最後に笑わせるのは和真だと思っていたんだ。明石さんから部活のことを聞いて、きっとハッピーエンドにしてみせるんだろう、って」
どこかに想いを馳せて、目を閉じる。そして目を開くと同時に、俺に強い視線を送ってきた。
「でも和真は何もしない。ただただ自分のことをやっているだけ。みーちゃんのことなんか見向きもしない!」
「そ、それは違うぞ。俺だってちゃんと考えてい――」
「だったらどうして何もしないのさ!」
俺の言葉を
「みーちゃんが悩んでるのを知ってて、見て見ぬ振りをしてるだけだなんて……そんなの和真じゃない!」
続けて秋人はまくしたてる。
「だから僕はみーちゃんを助けようとしたんだ! 何もしない和真の代わりに。たとえどんなことをしてでも!」
言い切った秋人の身体は、
そそ震えが一体どこから生まれてくるのかは、わからない。
俺は間を閉じて、彼の言葉を反芻する。
みゆきをいつも助けていたこと。
そんな俺に、秋人が
今度は自分がみゆきを助けるために、自分が行動したこと。
それらを何度も噛み砕き、飲み込み、頭の中へと巡らせる。
そして、眼前に立つ彼に、言葉を放つ。
「……それだけか?」
「……え?」
「お前の言いたいことはわかったよ。みゆきに何もしてやれていなかったことは、俺が悪かったところでもあると思う。でも……」
「でも……?」
「そのためにお前は、仲間を、会長を、裏切ったんだろ? 何日も嘘をつき続けて。だまし続けて」
じっと、秋人の顔を
「みんな、お目のことを信用してくれていたんだぞ? だからこそ、力を合わせて、知恵を絞って今回のことを乗り切ろうとしていたのに」
「……」
「俺が『鍵』を無くして落ち込んでいた時に、かけてくれた言葉も、嘘なのかよ」
――和真は悪くないよ――
そう言って、励ましてくれたのも、偽りだったというのか。
「違う……嘘なんかじゃない……」
「だけど現実はどうだ。お前がしようとしていたことがどういうことか、自分でもわかってるんだろ?」
「違う!」
再び、声を荒げる。
「生徒会のみんなに、会長に嘘をついてきたことは悪いと思ってる。だって、僕にとって生徒会のメンバーは大事な人たちだから」
「だったらなんでこんな真似……」
「それでも! 僕にとってはみーちゃんの方がずっと大切なんだ! たとえ後でどうなっても構わないと思えるくらい、あの子のことが……!」
「……秋人」
その言葉で、俺は悟ってしまう。嫌でも気づかされてしまう。
コイツ、そんなにまでみゆきのことを……。
自分のことはどなってもいいと断言できるくらい、アイツのことを。
ずっと、好きでいたんだな。
「すまない……」
どういうわけか、小さな謝罪の言葉が口をついて出てきた。
「でも、お前が今やったことは変わらないし、俺はそれを見逃して、許すなんてできない」
一歩、彼に近づく。
「わかってる。僕も、和真には許してもらえないってことくらい……わかってる」
彼もまた一歩、俺に近づく。
だから――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます