第28話 五里霧中

 貝塚かいづかさんの入れてくれた紅茶でたっぷり休憩を取ったあとも俺たちは生徒会室で『鍵』の所有者の宣告を待っていたが、ついにそんなヤツはやってこなかった。


 気づけば時計の針は互いに正反対の方向を指している。『鍵』の争奪戦の終了を告げる時刻だ。


「結局、誰も来なかったな」

「……ですね」


 会長の言葉に、ため息交じりに秋人あきとが反応する。


「何かしらの部に『鍵』が渡っているのなら、少なくとも今日くらいにはここに来てもいいのにな」


『鍵』を狙う連中はみんな、部の財政が逼迫ひっぱくしているところばかりだ。もし手に入れたのなら、部費を増やすために真っ先に生徒会室に乗り込んできてもおかしくないくらいなのに。


「相変わらず、落し物として届いた形跡はないしなあ」

「となると……」

「『鍵』を盗んだのは部活関連の人ではない……?」


 可能性としては十分ありえるだろう。


「だが、『鍵』もそれによって手に入る金庫の『中身』も部に所属しているものでない限り何の意味もないぞ。金庫の中のお金の使い道は部費の補充でしか使えないからな」

「そうですよね。例えそうやってお金を手に入れたとしても、別の誰かに『鍵』を盗んでくることを依頼した……なんてことが発覚したら、反則行為として無効になるし部の信用も失って存続すら危うくなるかもしれませんし」


 いくら部費が必要だといっても、そこまでリスキーな真似をするとは到底とうてい思えない……か。


「じゃあ、犯人は一体どういう目的で『鍵』を奪っていったっていうんだ……?」


 ふと口から漏れ出た疑問に、みんな無言で返してくる。


 謎は深まるばかり。


「わからんな……誰が、どんな意図でこんな行動をとったのだ……」


 会長はその身をイスに投げ出す。流石の生徒会長でも、どうやらお手上げのようだ。


「……」


 秋人も頭を悩ませているのか、うつむいたままだ。

 どうやらこのまま考えていても、妙案は浮かばなさそうだ。


「ふむ。今日はここまでにしておこう。時間も時間だ」


 自らの気持ちを切り替えるように会長は凛々しい声を出す。


「もしかすると、明日『鍵』の持ち主がやって来るということもありうる」

「そうですね。ここでネガティブに考えていても話は始まりませんし」


 影響されたようで、貝塚さんは先ほどよりも少しだけ上向きな声になっていた。

 しかし。どうも俺はそんな気持ちにはなれなかった。


 いっそ今日、『鍵』を持った奴が現れてくれた方が気が楽だったのに。


和真かずま君、大丈夫か」

「……ああ、まあな」


 なんとも曖昧あいまいな返事をしてしまう。


「というわけで、今日は解散にして、帰ろう。もし何かいい考えが浮かんだら、連絡をしてくれ」


 それを皮切りに、生徒会のメンバーは荷物をまとめて帰る準備を始める。


「和真、帰ろうか」

「えっ……ああ。そうだな」

「今はネガティブに考えてもしょうがないよ。楽に構えていこう。こうなったのは和真のせいじゃない」


 どうも歯切れの悪い返事を返してしまう俺を秋人が励ましてくる。


「では、お先に失礼します」


 いつの間にか貝塚さんは扉のところまで移動しており、こちらに向かってペコリ、と一礼すると静かに生徒会室をあとにしていった。


「では、我々も出るとしよう」


 続いて俺たち3人も生徒会室を出る。部屋の鍵を持った会長が最後に施錠せじょうをしっかりと確認する。


「私は鍵を職員室に返してくるから、2人は先に帰ってくれて構わんぞ」

「何言ってるんだよ。それくらい……」


 待つよ、と言おうとしたが、会長はさっさと職員室に向かって歩いていってしまっていた。


 なんだか、ちょっとだけいつもの会長らしくないな。

 外に出さないだけで、彼女も俺と同じような焦りや不安を感じているのだろう。未だ『鍵』の問題が解決せず、その光明こうみょうさえも見えない状況に。


「……帰るか」

「……そうだね」


 そうして俺たちは帰路についた。道中、沈んだ俺を励まそうと、柄にもなく秋人はテンションを高めにして話を振ってきてくれた。

 秋人がこんなことするなんて、珍しい。こいつも不安を感じているんだろうか。


 もちろん、俺も例外ではない。


 俺は――俺たちは、どうすればいいのだろうか。

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