第29話 頬の熱はなかなか引かない ~Girl's side~
「みゆきー? ちょっといい?」
「なーに? お母さん」
リビングでぼーっとテレビの画面を見つめる私に、お母さんがのんびりした声をかけてきた。
と、その瞬間。ポケットが震えだす。
ライン……?
「あ、秋ちゃんからだ」
携帯を開き、内容を見る。
「みゆきー?」
「あ、今行くー」
慌てて携帯を閉じてテーブルに置いて、キッチンへと向かう。
「ちょっとお届け物を頼まれてくれないかしら」
「えーお届け物―?」
「みゆき、今日は部活なかったんでしょ? だったら少しくらいお母さんのお手伝いしてよー」
ううう。
相変わらず聖母のような顔と声で痛いところをついてくる。我が家でこれに敵う人は誰もいないのだ。
「……別に、好きで部活がないわけじゃないもん……」
あの一件があって以来、部内の空気も妙にギクシャクしちゃったからなるべく活動しないようにしている。あんな雰囲気の中で部活動をしたって誰も楽しくないし、嬉しくない。
「? 何か言った?」
「なんにもー。わかった行きますよー」
口を尖らせて、わずかながらの反抗をしてみせる。
「あーら、みゆき? そんなこと言っていいのかしらー」
「どういうこと?」
ニコニコしながらお母さんは、タッパーを差し出してくる。
受け取ったそれの中には、母特性の煮物が入っていた。できたてなのでじんわりと温かく、みりんの甘い匂いが漂ってくる。
「ちょっと作りすぎちゃってねー。これを、和真君のところに届けてほしいの。みゆきの愛しの和真君のところに、ね」
「…………ふぇぇえええ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
「い、いいい愛しのだなんて! お母さん!」
「あらー違ったかしら? 最近みゆきちゃんが料理のお手伝いしてくれているのも、てっきり和真君のためだと思ってたのよ?」
「そ、そりゃ違わないけどさ……」
もうずっと昔からのことだから、お母さんは全部わかってる。でも改めて言われるとやっぱり恥ずかしいよ!
「じゃあこれ持って、行ってらっしゃい」
「あ、でも……」
「どうかしたの?」
渋った様子の私に、首を傾げるお母さん。
「ううん、なんでもない。行ってきます」
「はーい。少しくらいなら遅くなっても構わないわよー」
お母さんの声を背に、逃げるように私はリビングから出た。
顔が真っ赤になっているのが、鏡を見なくてもわかる。きっとほっぺたも熱くなっているだろう。
カズくんの家に行くのは、この顔の熱さが引いてからにしよう。
タッパーを傾けないように注意しながら、玄関の扉を開く。夜の風は適度な冷たさをもっていて、心地よい。これなら火照った顔もすぐ収まりそうだ。
「……それにしても、最近カズくんと話してないなあ」
今朝だってカズくんは早めに学校行っちゃうし。
まあ、私の方も顔を合わせづらいっていうのもあるけど。
私たちの部を救う手を、カズくんは持っている。
でもそれはきちんとした争いの末に手にしてよいものであって、求めるものではない。
今カズくんに会ったら、思わず言ってしまいそうだ。
私の弱さを、さらけ出してしまいそうだ。
カズくんのその『鍵』で私たちの部を助けて、と。
いやいや、そんなことは言っちゃダメだ。きっと言ってしまったらカズくんは……。
「しっかりしないと、私」
ぶんぶんと首を振って意識を切り替える。
さあ、そろそろ赤くなった顔も元通りになっただろうし、行こう。
「……さすがに帰ってるよね」
いくら生徒会の仕事とはいえ、七時を回っているのだ。もう家にいるだろう。
そういえばカズくんの家に行くのって、あのお風呂の時以来だったっけ。
「……」
ふと、この前の脱衣所でのことが脳裏によみがえる。
「ううう……」
せっかく顔の熱さが引いたと思ったのに!
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