第26話 期間限定の延長

 鍵の「紛失」騒動から一夜明けて、翌朝。


 まだ辺りに朝もやが立ちこめている時間に、俺は生徒会室にいた。

 室内には俺のほかに誰もいない。


 生徒会長の席の背後にある窓から、外を眺める。グラウンドではいくつもの部活が所狭しと各々の活動をし、ひしめき合っている。

 あの中に、一体どれだけ俺が持っていた『鍵』を欲していた部があるのだろうか。


 ズボンの右ポケットに手を突っ込む。その中には微妙な感触のキーホルダーがひとつ、入っているだけ。

 その変えようのない事実を確認してから、俺は上に向かって息を吐いた。


 すると、沈黙を打ち破るかのようにガラリ、と扉が開く。


「すまない、遅れてしまったかな」


 凛とした声とともに入ってきたのは、会長。「紛失」が発覚してからまだ1日しか経っていないというのに、その姿は落ち着き払い悠然としている。


「いや、大丈夫だよ。それで話って?」


 こんな朝早く生徒会室に来たのは、昨晩会長から連絡がきたからだ。

 俺が早速本題に取りかかろうとすると、会長は先ほどまで凛々りりしかった表情を一転させてくもらせる。


「そうだな……」


 できれば話をしたくない、といったような風にゆっくりと、口を開く。


「君はちゃんとわかっているとは思うが……今日で君と最初に約束した1週間の最後だ」

「……」


 忘れていた、というわけではない。だけどあんなことが起こってしまって、それどころではなくなっていた。


「今は『鍵』のことがあるとはいえ約束は約束だ。君が望むなら本日をもって会計をやめてくれても構わない」


 部屋は彼女の声を除いて、静寂せいじゃくに満ちている。


「もちろん、君がやめた際には各部に会計辞任の知らせを送って、間違っても君が以後誰にも襲撃されたりしないように取り計らおう」


 会長は何かを覚悟するかのようにゆっくりと目を閉じ、さらにゆっくりと開く。


「私も……副会長も貝塚かいづか君も、君を責めたりなどは一切しない。むしろ今まで一緒に活動してくれたことに感謝している。だからやめたかったら遠慮などしなくても――」


「やめるかよ」


 きっぱりと。俺は会長の言葉に割り込むようにして言葉を発した。


「こんな事態になったのは間違いなく俺の責任だからな。それを放棄して、最初の約束通りこれでさようなら、なんてできるかよ」

和真かずま、君……」

「今回のことがきっちり片付くまで、俺は会計をやめたりしない。やめろって言われてもやめないからな」


 必ずこの手で、なにかしらの場所へと、収束させる。

 自分のケツくらい、自分でくに決まっている。


 俺は、あの人たちとは違うのだ。


「だから、俺がやめるかどうかなんて気にするより今の状況をどうするかを考えようぜ」


 面と向かって、俺はニヤリと笑ってみせる。俺が会長に笑いかけるなんて、いつもと立場が逆転したみたいだ。


「……ありがとう、和真君」


 俺のそんな表情を見て、向こうもクスリと笑みをこぼした。


「では私たちしかいないことだし、今後の対策について話し合おうではないか」


 俺たちは笑いあうと、朝の予鈴が鳴るまで作戦会議を続けた。

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