第14話 クール毒舌な後輩書記、初登場!

「む。遅かったな和真かずま君」


 命からがら生徒会室に戻ってきた俺に、会長が声をかけてきた。


「ああ、柔道部のやつらに追い回されてな」

「早速か……災難だね和真」

「しかしいきなり柔道部とは、中々強敵ではないか。大変だったな」

「そう思うなら俺に外を移動させる用事を言いつけるなよ……」


 そもそも俺が安全地帯であるここから出なければならなかったのは、会長が俺に職員室まで行かせるような用事をさせたからだ。わざわざ俺を敵だらけの場所に放り込むとか、鬼か。


「仕方がないだろう。会計の仕事は『鍵』を守ることだけではないからな。きちんと他の仕事もこなしてもらわないと」

「はいはい」


 適当に返して、俺は自分のイスに座る。とりあえず酷使こくしした身体を落ち着けたい。


 まったく、おかげで明日は脚が痛くなりそうだ。筋肉痛で。


「……ん?」


 俺が座った席――会計用の席の隣に、見知らぬ女の子が座っていることに気づいた。


 肩をくすぐるくらいのショートカットの髪。その髪を横断する、銀ぶちのメガネ。まるで絵画の中にでもいそうな、穏やかな横顔。何を考えているのかよくわからない、ぼーっとしているような双眸そうぼうは、メガネを通して机に向けられている。その目線の先では、機械的に手を動かして何かを書いている。


「え……っと」


 誰だ?


 俺がこの生徒会に入ってまだ数日しか経っていない。ということは他のメンバー、というところだろうか。


「なんですか」


 不意に隣の少女が口を開いた。どうやら俺は彼女を見続けてしまっていたようだ。


「ジロジロ見ないでください。まさか私でいやらしい想像でもしているのですか」

「なっ」


 なんだこの子は!


「い、いや。そんなつもりはなくてだな……」

「じゃあなんだというのですか。そんなに汗まみれで私を見ないでください。変態ですか」

「あのなあ……」


 だいたい汗かいているのは今の今まで追いかけられていたからなんだよ!


「おお、そういえば2人は今日が初対面だったな」


 俺たちの会話(正直会話できているとは思えないが)を聞きつけ、会長が割って入ってきた。とりあえず助け舟が来たのでよかった。


「会長……この人は?」

「うむ。彼女は我らの生徒会の頼れる書記、貝塚かいづか日菜子ひなこ君だ」

「書記……」


 貝塚、と呼ばれたその子の席をよく見ると『書記』と書かれたプレートがあった。

 そして今度は彼女に俺のことを紹介する。


「貝塚君、この人は一週間だけ『会計』を臨時で引き受けてくれた大倉おおくら和真君だ」

「ど、どうも」


 俺は貝塚さんに向かって、軽く会釈えしゃくする。


「あれ、貝塚さんって1年生なのか?」


 彼女のリボンの色は緑色だ。2年生の赤色とは違い、1年生のそれであることに気づいたので聞いてみる。


「ああ。今の生徒会の中では貝塚君だけが1年生ということになる」

「へえ……」


 鐘山かねやま高校生徒会は、生徒会長以外は会長による任命制だ。そこを入学して間もない1年生である貝塚さんが抜擢ばってきされるということは、よほどすごい子なんだろう。


「……あなたが『会計』の人でしたか」


 半分くらいしか開いていない眼はそのままに、貝塚さんがこちらを向く。


「ではこれを」


 そして、何かを差し出してくる。……なんだろうか。

 彼女から受け取ったのは、ひんやりとした細い円柱形の物体。


「……制汗せいかんスプレー?」

「隣に汗臭い人はいてほしくないので。差し上げます。ご自身の清潔には配慮された方がいいかと」

「……」


 俺は文句を言いたくなる気持ちをぐっとこらえる。こっちは一応先輩なんだ。大人な対応を見せないと。


 しかし、なんだかとっつきにくい後輩だなあ。

 この子と1週間席を隣にして生活するのか……。不安だ。


 い、いや。俺の方が先輩なんだし、ここは譲歩しておかなければ。


「あ、ありがとう。使わせてもらうよ」

「あとハアハア言いながらここに戻ってくるのもやめてください。気を付けてくださいね」

「くっ……」


 せっかく俺が歩み寄ろうとしてやっているのに……。


「はっはっは。早速打ち解けたみたいじゃないか」


 会長はこのやり取りに気をよくしたみたいだ。つーかどう見たらこれが仲良くしているように見えるんだよ。

 会長といいこの貝塚さんといい、生徒会の女子には普通のやつはいないのか。

 もう1人の生徒会役員、秋人あきとに目を向けると、彼は苦笑いを浮かべる。そして、何やら同情するかのようにうんうんと頷いてきた。


 ああ、親友よ。俺にはお前だけだよ!

 ホモにはならんけどな。


「……」


 貝塚さんはさっきまで会話していたのが嘘のように、すでに机に向かって黙々となにやら作業をしている。


 ……よくわからない子だ。


「そうだ。ついでと言ってはなんだが、私もこれを君に授けよう」


 ぽん、と拍手かしわでを打つと、会長は何かを渡してくる。俺はそれを手のひらで受け取る。


 それは……カエルのキーホルダーだった。黄緑色に黒い模様。妙に生々しくて、本物のカエルを彷彿ほうふつとさせる滑らかなフォルム。

 あまりに本物っぽいので、ちょっと鳥肌が立ってしまった。


「これは……?」


 唐突とうとつのプレゼントにいぶかしみながら会長を見る。


「うむ。先代の『会計』の人が持っていたという……いわばお守りのようなものらしい。持っておいて損はないと思うぞ」

「お守り……?」


 これのどこがお守りだというのか。なんか押すとゲコゲコ鳴くし。


「お守り、っていうならありがたくもらっときます」


 とりあえずチェーンと同様に『鍵』に取り付け、ポケットに仕舞しまい込む。果たして、こんなのが役に立つのか?

 いや、お守りなのだから、何の役にも立たないのかもしれない。先代の人は一体全体、なんでこんなものを持っていたのか……。うん、わからん。


 気づけば会長は席に戻って何かをやっていた。隣を見ても、貝塚さんは先ほどと同じく作業中だ。俺が戻ってきたことで騒がしくなった室内は、元の静けさを取り戻していた。


「……仕事するか」


 俺も気を取り直して、机の上に広げられた書類を整理し始めた。

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