第15話 カップリングは大切
放課後に全力疾走しなければならないのなら、せめて授業中くらいは身体を落ち着けていたい。そう願ってやまないのだが、残酷にも授業は俺を休ませてはくれない。
体育だ。
「あああ……もう動きたくねえ……」
俺はグラウンドの隅のフェンスに寄りかかって座り込む。
「体育は俺に恨みでもあるのか……」
「こういう時に限って授業の種目が2000メートル走だなんてね」
なんで授業でも走らなければならないのだ。走るのは放課後で間に合ってるよ。しかも放課後の方はご丁寧に「鬼」付きのかけっこだ。それも捕まったら即アウトの。
「カズくん、大丈夫?」
「ああ、みゆきか」
幼なじみが眉を八の字に曲げて訊ねてきた。
体育の授業は他のクラスと合同で、俺たち1組はみゆきのいる3組、それから5組と一緒になって授業が行われる。今日は前半と後半に分かれて、それぞれ2000メートルを走ることになっていた。
「なんだか疲れてるね」
「もう年だからな……」
「もー、まだ若いのに何言ってるの」
「そういうお前は元気そうだな」
多くの女子生徒が長袖を着込んでダルそうに授業を受けている中、みゆきは半袖短パンで生き生きとしている。……いや、みゆきの場合周りと比べてお子様だからかもしれん。
「だってせっかく体育の授業はカズくんたちと一緒になれたんだから、そりゃあ元気も出るよー」
にこにこ笑顔を浮かべて答える。
ところで。
ウチの学校の短パンはけっこうな短さを誇っている。なので、短パンをはくとどうしても脚を大きく露出してしまうことになる(それが、女子が短パンをはきたがらない理由の一つでもあるらしい)。つまり、座り込んでいる俺の眼前には、みゆきの生脚があらせられるのだ。
……。
なんだかこの間の風呂でのことを思い出してしまう。
汗がじんわりと浮かぶその柔肌は、健康的なイメージを連想させる。その汗のせいでもあるのだろう、彼女の匂いが風に乗って俺の鼻孔まで漂ってくる。
「ちょっ、ちょっとカズくんどこ見てるのよ」
みゆきが顔を赤らめてシャツで脚を隠そうとする。しかし伸ばされたシャツのせいで、まるではいてないみたいに見えてしまう。
「い、いや! ちょっとぼーっとしてた! 見てたわけではないぞ!」
慌てて取り繕う。みゆきの脚に見とれていたなんて知られたら、どんなふうにからかわれるかわかったものじゃない。
「本当にー?」
「あ、当たり前だろ。お前の脚に見とれるわけないって」
「ふーん……」
しかし、前の風呂といい今といい、コイツに見とれるなんて、どうかしてる。コイツはただの幼なじみだぞ?
しかも身体に見とれるなんて、ただの変態じゃないか。
「おや、和真君に副会長」
右手を上げながら近づいてきたのは、会長だった。そうか、この人も三組だったっけ。
「君たちはもう走り終えたのか?」
「はい、僕と和真は」
秋人が答える。
「ねえ秋ちゃん、この人……」
「ああ、みゆきはまだちゃんと会ったことなかったよな。この人が生徒会長だよ」
「会長、この子は僕たちの幼なじみのみーちゃ……金元みゆきさんです」
俺と秋人で、代わる代わる紹介を済ませる。
「おお! そうかそうか! 彼らには色々助けてもらっているよ」
「こ、こちらこそ! カズくんと秋ちゃんがいつもお世話になってます」
「お前は俺たちの保護者かよ」
若干みゆきが会長の勢いに気圧されているようだが、それは誰が相手になっても同じことだろう。
「ところで、会長は後半組なんですか?」
「うむ! 普段あまり身体を動かさないから楽しみだ!」
肩をぐるぐる回す会長。
ってかそんなに身体動かしたいなら俺と『会計』代わってくれりゃいいのに。
「もうすぐ前半組が全員終わるな」
グラウンドの方を眺めながら、リズムよく脚を上げ始めた。
会長もみゆきと同様、半袖短パンの格好だった。無駄な部分が全くなく引きしまった長い脚が俺の目の前を動く。そして、シャツの先を出しているので、その動きに合わせて裾がヒラヒラと踊る。
「……!」
会長があまりに勢いをつけて準備運動をするものだから、シャツがふわふわ浮いてしまった。その拍子に、シャツの向こう側があらわになる。
俺は、くびれのあるお腹にぽつりと咲く一輪の花を垣間見た。
「カ~ズ~く~ん?」
「え? み、みゆき?」
慌てて首を横に向ければ、こちらをじーっと見上げならがむくれているみゆきがいた。なんでだろう、その後ろにはメラメラと燃える炎があるように見える。
「何見てるのよ! えっち! すけべ!」
噛みつくように俺に迫ってくる。
なんで自分が見られた時より怒っているんだ、コイツ?
みゆきが怒って頬を膨らませるのはよくあることだが、今はいつもよりもむくれている気がする。
「やっぱりカズくんはああいう大人っぽい人がいいの!?」
「何の話だよ」
いきなり何を言い出すんだ。
「む~」
何やら唸り始めるみゆき。しかしその姿はかわいらしい子犬ががるがる鳴いてるようにしか見えない。
「ま、負けないもん……」
「おーい! 後半組集合!」
みゆきが小さく何かを呟いたところで、教師の号令がかかった。
「ふむ。では金元君も行こうではないか」
「…………」
無言のまま、みゆきは彼女とともにスタートラインへと向かっていった。
「どうしたんだ? アイツ……」
「さあ……どうしたんだろうね」
隣の秋人は何故か苦笑を浮かべていた。
「ふにゃああ~……」
直後の後半組の走りでは、みゆきは何を思ったか力いっぱい走っていた。アイツにそんな体力が秘められていることはもちろんなく、最後の方は燃料切れで、ヘロヘロと歩くも同然だった。
「ほえぇぇ……」
「大丈夫? みーちゃん」
ふらふら歩きながら、俺たちの元へ戻ってくる。その疲労具合は、さっきの俺以上だった。
「いくら体育が楽しみだったからって、力入れすぎだろ」
俺は手に持っていたタオルを投げてやる。
「うん……ごめん……」
タオルに顔をうずめながら、俯くみゆき。
「ふー、実にいい運動になった!」
みゆきよりもかなり早くゴールしていた会長はさわやかな笑みを浮かべている。
完全に、対照的だった。
「会長、早いですね」
「俺も正直びっくりしたよ」
彼女の走る姿は解き放たれた競走馬のようだった。
「うむ! やはり走るのは気持ちがいいな!」
屈託なく笑う会長。
そんなに走りたいなら、本当に『会計』代わってくれたらいいのに……。
それか、その走るパワーを俺にくれ。頼むから。
体育が終わっても、学校が終わっても、俺は走っていた。
「『鍵』を寄越せええええ!」
「止まれええええ!」
「誰が止まるか!」
今日も昨日に引き続き、追ってくるのは柔道部の二人だった。地震でも起きているんじゃないかというほどの足音が後ろから響いてくる。
ていうかお前ら俺ばっかり追っていないで部活して来いよ! 柔道部だろ!?
二日続けて狙ってくるなんて、よっぽど部費が足りなんだろうか。そんなに欲しけりゃ予算要望の時にもうちょっとはがんばれよ。
「くそっ」
ここからなら生徒会室の方が近い。本当は目的地であるコピー機のある職員室に逃げ込みたいところではあるのだが、いかんせん距離が遠い。
予定していた進路を変更して、走る。階段を下りて曲がり、廊下を一気に進もうとしたその刹那。
廊下からにょきっと人影が。
「うわっと!」
危うくぶつかりそうになった。誰だ?
「大倉先輩……?」
「か、貝塚さん」
正体は生徒会書記、貝塚さんだった。
「もしかして今日も追われているんですか?」
顔色一つ変えずに訊いてくる。
「ああ、そうだよ。そういうわけだから急いでるんだ」
「待てぇぇぇええっ!」
「いたぞっ!」
しまった。もうそこまで来やがった。早いとこ生徒会室に行かないと!
「今日は……柔道部の方に追われているんですね……!」
「え?」
追手二人を視界に捉えた途端、貝塚さんの表情が変わった。
「こ、これは中々興味深いカップリングですね……」
銀縁のメガネをキラリと輝かせ、意味のよくわからないことを言い出す貝塚さん。その顔はわずかに赤くなり、息も若干荒い。
「ん? なんだコイツは?」
近くまでやってきた柔道部二人も、彼女の様子を見て一旦停止してしまう。
「ふうむ……。この場合大倉先輩の総受け……いや、逆に大倉先輩が蹂躙するというのもアリかもしれません……!」
「か、貝塚さん……?」
「ふふふ、ふふふ……」
何やら不気味に笑い始めた。メガネが光に反射して余計に怖い。
「こ、こいつ、なんなんだ……」
「よくわからんが、身の危険を感じるぞ……」
追ってきた二人も俺と同じ気持ちだったようで、顔を引きつらせている。
「はっ」
なんでもいいが、これはチャンスだ! あいつらが貝塚さんに恐れ戦いている間に、さっさと逃げよう。
ありがとう貝塚さん!
お礼を言うべきかどうか迷ったが、胸の中で感謝しておくことにして、走りだす。
「し、しまった! アイツは!?」
「いないだと?」
柔道部の男たちが俺がいなくなったことに気づいたのは、俺がその場を離れて数秒経ってからだった。
しかし貝塚さん……本当によくわからない子だ……。
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