第9話 襲撃!剣道少女!

 剣道、部……?

 俺は、竹刀しないで切りかかってきた人物を見る。


 見た目はどこからどう見ても剣道部そのものだ。上半身には白い着物と黒光りする防具、下半身にはしぶ藍色あいいろはかまを着込んでいる。剣道部ですと言われれば何の違和感もない。違和感があるとすれば、こんな状態で校舎内にいることだ。

 顔も防具で隠されていて、男か女か判別がつかない。しかし、隙間からのぞく眼光が鋭さを放っているのだけは、容易にわかった。


「『会計』……だな?」


 防具の中から、透き通ったような声が漏れてくる。どうやら女性のようだ。


「あ? ああ……」


 訳も分からずうなずいてしまう。あれ? そもそもこの人はなんで俺が会計だって知っているんだろう。


「お前にうらみはないが……」


 言いながら、彼女は竹刀を頭の上まで持ってくる。そして一瞬、静止した後。


「『鍵』を渡してもらうぞ!」

「ッ!」


 俺めがけて、一気に振り下ろされる竹刀。俺は後ろにしりもちをつく形で、咄嗟とっさにそれをかわした。


 パァン! と竹刀が床に当たって乾いた音を放つ。


「ちょ……いきなりなんなんだよ!」


 抗議の声と目線を送るが、竹刀を持ち直すと剣道少女はお構いなしに攻撃を続けてくる。


 どういうことだよ! 何が何だかさっぱりわからないが、この状況はヤバい! 話が通じるとは到底思えないし、俺の言葉を待ってもくれなさそうだ。


 立ち上がって、階段を駆け下りる。一階まで下りると、直線の廊下を一気に走る。


「逃がさん!」


 追いかけてくる剣道少女。防具をつけているにもかかわらず、そのスピードは目を見張るほど速い。


「やべっ!」


 このままでは追い付かれる。

 だが生徒玄関はもうすぐだ。それを抜けて敷地の外まで出れば、彼女も追ってはこないだろう。あんな姿で往来おうらいに出れば、不審者扱いで警察を呼ばれてしまうだろうし。


 ちらちらと後ろを確認しつつ、速度を保つ。生徒玄関まであと10メートル。5メートル。


 よし、もう少しだ――


「お、おわあっ!?」


 突然、視界が反転した。目に映るのはいつの間にか白い天井へと変わっている。

 直後にドスンという鈍い音。


 くそっ、一体何が……?


 混乱する頭でなんとか現状を理解しようとする。

 廊下に落ちていた雑巾ぞうきんに足を滑らせて転んでしまったと気づいたのは背中を打ち付けてからだった。


「くっ……」


 油断大敵……ってやつか。

 背中がずきずきと痛むのを我慢しながら、あとずさる。俺の不慮のアクシデントのせいで、剣道少女はすぐそこまでせまってきていた。

 再び立ち上がろうとしたが、背中が痛くて身体の動きがにぶい。


「やっと……追い付いたぞ……。さあ、『鍵』を渡してもらおう」


 床に座り込んでしまっている俺の前に、彼女は仁王におう立ちになる。


「だから、鍵ってなんだよ。そんなの俺は知らないぞ?」


 さっきからこの子は何を言っているんだ?

 鍵というのはそのままの意味なのか? それとも何かを示す言葉なのか? どっちにしろこの剣道少女がどういう意味でその単語を口にしているのかは俺にはわからない。

 大体、俺が今持っているのは家の鍵くらいだ。そんなものを手に入れてどうしようというのだ。


 俺の返答が期待していたものとは違ったのだろうか。防具の隙間からふう、と呆れるようなため息が吐き出される。


しらを切るか。ならば力ずくで奪わせてもらう!」


 威勢よく叫ぶと、竹刀を振り上げる。この距離ではおそらく避けることはできない。

 空気を断ち切りながら、振り下ろされる竹刀。勢いがついたそれはしなやかな弧を描きながら眼前に迫ってくる。

 俺は思わず目を閉じる。


「くっ」


 ここまでか……。


「…………?」


 しかし。


 聞こえてくるのは乾いた音でもなく。

 伝わってくるのは皮膚ひふを裂くような痛みでもなかった。


「……あれ?」


 ゆっくりと、目を開ける。

 そこには。


「!」


 脚をハイキックのように高く上げ、竹刀を受け止める生徒会長の姿があった。


「か、会長……?」

「大丈夫か、和真かずま君」


 小さく笑いかけてくる会長。しなやかに漂う長い黒髪。自身の肩近くまで上げられてピンと伸びたその脚は、全力で振り下ろされた竹刀に力負けすることなく、微動だにしない。


「むむむ……」


 剣道少女は唸りながら竹刀を押し込もうとしている。しかし、会長の足がそれを許さない。一振りの竹刀と一本の足がせめぎ合う。


古手川こてがわ部長……早いではないか。さすがは剣道部といったところか」

「生徒会長……ほかの人間が助太刀すけだちするのは禁止ではなかったか……?」


 言って、自分の邪魔立てする人物を睨みつける。

 お返しと言わんばかりに会長は剣道少女の方をキッと見据えると、


「言っておくが、彼は『会計』にはなったばかりでね。まだ『鍵』は彼の手にはない。今君がいくら彼を襲撃したところで意味はないぞ」

「なっ……」


 その言葉に、剣道少女は驚きの声を上げる。

 それから何か考えているのか、数秒静止した後、


「……そういうことなら、致し方ない。今日のところは引き上げよう」


 ふう、と小さく息を吐く。そしてゆっくりと竹刀を下ろした。

 が、次の瞬間、剣道少女は竹刀の切っ先を俺に向けて、


「だが、次こそは『鍵』をいただくからな!」

「あ……」


 言い残すと、取りつく島もなく足早に去っていった。

 助かった……?


「間一髪、だったな。怪我はないか?」


 ようやく脚を下ろし、たずねてくる。


「あ、ありがとう、助けてくれて」

「なに、ピンチの仲間を助けるのは生徒会長の……仲間としての務めだからな」


 尻餅をついたままの俺に、手を差し出してくる。一瞬、俺は逡巡しゅんじゅんしたが、彼女の手をつかみ、立ち上がった。


「ふう……」


 ともあれ、危なかった。ここで会長が来てくれなかったら、どうなっていたことやら。

 だが一つだけ、俺はこの救世主に忠告しておかなければならないことがあった。


「あ、あの……助けてくれたのはありがたいんだけど、ああいう防ぎ方は今後ひかえた方がいいぞ……?」

「む? どうしてだ?」

「ええと、あんまり足上げると……その、スカートだから……」


 俺は最後まで言わずに濁す。

 窮地きゅうちを救ってもらったのはいいのだが、何しろハイキックだ。足を思い切り上げる。腰のスカートも当然持ち上がる。つまり。


 会長のパンツが丸見えになってしまっていた。

 しかも残念なこと(?)に、尻餅をついていた俺からは、完全に見えていた。決してうれしいわけではない。うれしさは……少しくらいしかない。少ししか。

 しかし俺の脳裏には、真っ白な三角形と小さなピンクのリボンまでしっかりと完全に焼きついていた。


「…………」


 俺の忠告を聞くと、彼女は押し黙った。そしてそのまま、両手をスカートに持っていく。


「うむ……あれだ。まあ……すまなかった」


 顔をちょっとだけ赤くして恥じらいを見せる。

 意外な反応だった。俺はてっきり「人の下着を見るでない!」とか言って怒られると思っていたのに。

 会長にも女の子っぽい、というかおしとやかな一面があるんだな。


「あ……と、俺もごめん。見ちゃって」


 俺も謝罪をしておく。事故とはいえ、謝っておくのが筋というものだろう。


「あ、ああ……」


 なんだかこちらも恥ずかしくなってくる。思わず顔をそらしてしまう。


「……」

「……」


「そ、そういえば、会長。職員室に行ったんじゃなかったのか?」


 むずがゆい空気を変えるためにも、話題を変える。


「ああ。君に一番大事なことを伝え損ねていたので、先に言っておこうと思ってな」


 一変してマジメな顔つきになる会長。その顔にはいつもの凛々しさが戻っている。


「しかし、時すでに遅し、だ。君は狙われて、襲撃されてしまった」

「さっきの、竹刀を持った剣道部員……は一体何者なんだ?」


 校舎内であんな格好で竹刀を振り回していたら、不審者扱いを受けること間違いない。彼女は何の目的があって、あんな行動に及んだというのだ。


「うむ。それは私が君に伝え損ねていたことに大いに関係するのだが……」


 会長はあごに手を当て、考え込む。


「ひとまず今日は家に帰った方がいい。明日、改めて詳しい説明をしよう」

「はあ……」


「幸運なことにここは生徒玄関だ。ここからすぐに学校の敷地外に出れば、さっきのような輩に襲われることはない。だから今日は帰って休んだ方がいいだろう」

「ちょっと待った。帰るのはいいけど……なんで俺はさっき狙われたんだよ。それに『鍵』ってなんなんだよ」


 会長に詰め寄る。すると会長は渋面じゅうめんを作り、


「今話すと長くなるから一言だけ伝えておく」


 そして俺の目を見据みすえる。


「さっきの襲撃も『鍵』も、一連のことは全て、君の今の肩書きである『会計』に関係しているんだよ」

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