第8話 ようこそ生徒会へ
勉強は、好きな方だ。
未来の自分に投資していると考えると、それなりにやる気も湧いてくる。
未来の自分というのはもちろん、独り立ちしてしっかりと自分でお金を稼ぐ人、ということだ。勉強していればそうなれる確率は少なからず上がるだろう。
しかし、授業というものはまた別物だ。教師が淡々と同じ調子で話していくのを聞いていると、退屈な気持ちになってくる。
そんな時間をいくつも過ごして、放課後へとたどり着く。
「さて……と」
俺はカバンに荷物をしまいこみ、席を立つ。そして親友の元へと歩いていく。
「今日から1週間、よろしくな副会長」
「あはは。よろしく、会計さん」
お互い軽く茶化しあいながら、教室を出る。
「じゃ、行こうか」
2人で目的地、生徒会室へと向かう。鐘山高校の校舎は空から見ると(実際に見たことはないけど)H型をしており、北校舎と南校舎を中央の渡り廊下が繋いでいる。
北校舎二階、その奥に生徒会の居城は存在するらしい。らしい、というのは俺のような特に関係のない人間は(今や関係者となってしまったが)普段近づくことがないため、場所を知らない生徒も多いからだ。
「ここか……」
『生徒会室』と書かれたプレートが掲げられた扉の前までやってきた。近くには普段使われない空き教室が多いのか、ひっそりとしている。俺と
「おつかれさまです」
秋人が扉に手をかけ、開く。
「やあ副会長」
部屋の中に入ると、棚から本を取り出そうとしていた会長がこちらを振り向く。どうやら何かの作業をしていたようだ。会長は、俺が秋人の後ろにいることを確認すると、満足そうに頬を緩めて、
「ようこそ生徒会室へ」
俺を招き入れる。
「うお……」
だが、迎え入れられた先を見て、俺は思わず声を漏らしてしまう。
生徒会室の中は思っていたより散らかっていた。各机の上にはファイルやらプリントやらが山積みにされており、壁際にはダンボールがいくつも置かれている。そのせいで、壁にある扉がすっかり隠れてしまっていた。おまけに部屋の隅には使っているのかわからない埃まみれの金庫まである。
「散らかっていて申し訳ない。前年度の資料などがまだ整理しきれてないのだよ」
「いや、俺は別にかまわないけど」
「副会長もすまないな」
「いえ、ところで今日はこれで全員ですか?」
「ん? 全員って、まだメンバーがいるのか?」
俺が
「ああ。書記の子がひとりいるのだが、今日は用事で来られないそうだ。いつもはそこに座っているのだよ」
会長が答え、部屋の一組の机とイスを指す。そこだけはきちんと整理整頓されていた。
『子』ってことは、女の子なのかな。生徒会の女子がこんな会長しかいないなら、きっと秋人と同じく苦労しているのだろうな。
「まあ君には追々、紹介することにするよ」
とりあえずこれにでも座ってくれ、と言って会長はパイプイスを持ってくる。室内の空いたスペースにイスで円を描くように並べ、向かい合って座る。
「改めて
「まあ、とりあえず1週間だけどな」
「わかっているとも。では早速だが会計について説明するぞ」
会長は持っていたファイルを開き、俺に仕事内容などの説明を始めた。
10分後、会計レクチャーは思わぬ形で遮られた。
「で、これなんだが――」
ぴんぽんぱんぽーん。
「ん?」
無機質な音がスピーカーから流れてくる。俺たちは三人そろって手元のファイルに落としていた視線を上に向ける。すると。
『生徒会長、生徒副会長は至急、職員室まで来るように。繰り返す。生徒会長―――』
会長と、秋人を呼ぶアナウンスが聞こえてきた。先生からの呼び出し、ということか。
「会長、もしかして新入生のあれじゃないですか?」
「おお! そういえば先生に言われていたな! 和真君のことで頭がいっぱいですっかり忘れていた!」
おい、何か誤解を招きそうな言い回しはやめてくれ。
俺の心中は歯牙にもかけず、会長は勢いよく立ち上がる。
「すまない。先に済ませておかなければならない用事ができてしまった。悪いが今日はここまでにしておこう」
「それはかまわないけど、会長が帰ってくるくらいまでなら待つぞ?」
ちょっと待つくらいなら大丈夫だろう。早く帰してくれとは言ったが、これくらいなら大丈夫だろう。
しかし……うーん、と会長は首を傾げて唸る。
「そう言ってくれるのはありがたいんだが……」
「多分、さっき呼ばれた要件はけっこう時間がかかりそうなんだよ」
秋人が付け足す。
「そういうわけだから、あまり長い時間君を待たせるのも忍びない。君も遅くまで時間がかかるのは好ましくないと言っていただろう?」
初めて見る会長の申し訳なさそうな表情を見て、俺はお言葉に甘えることにする。
「ああ、わかった」
彼女は生徒の代表、生徒会長なのだ。何かと忙しいのだろう、きっと。
「ありがとう、和真君」
「じゃあ会長、行きましょうか」
「うむ、そうだな」
俺たち3人は揃って生徒会室を出る。会長が鍵を閉め、施錠を確認する。
「ではすまないが、また明日ということで」
「了解。放課後、またここに来ればいいんだな?」
「ああ。よろしく頼む」
「それじゃあ和真、また明日」
渡り廊下との分かれ道で挨拶を交わし、別れる。会長と秋人は職員室のある南校舎へ向かうために渡り廊下を、俺は階段を下りて生徒玄関へと向かう。
「んじゃ、今日は帰るか」
急に予定が変更になってしまったが、まあ致し方ない。
買い物は昨日したし……掃除でもするか。
そういえば風呂場にカビのようなものがあったな。早いうちに始末しておくとするか。
俺は家に帰ってからの予定を頭の中で考える。
「……」
たまたま開いていた窓から、春らしい暖かな風が入り込んできた。その風に乗せられて、部活動に勤しむ者たちの活気あふれる声が校舎内に漂う。運動部のかけ声、ボールの音。上の階からは、……これは吹奏楽だろうか、楽器の音色が耳を振るわせる。耳をすまさなくとも、それらの声と音は溢れんばかりに身体に入り込んでくる。
俺も、ああいう人間の仲間入りをしてしまったんだよなあ。放課後学校に残ってみんなと何かをするという人間の。
一週間とはいえ、俺も生徒会の一員になったのだ。
でも本当に一週間で済むのか。というか今さらだが、一週間だけ、というのもなんだか申し訳なく思えてきた。大体俺がいなくなった後はどうするつもりなんだろうか。新しい会計を引っ張ってくるのだろうか。……イマイチ会長の考えというか行動が読めない。
あの会長のことだ。きっと何か策が……あるのか?
いやいや。俺の今の生活で大事なのは、きちんと自活することなのだ。将来のために。
あまり他のことに気を取られすぎてもいけない。
「帰ろ……」
あんまり考えていてもどうしようもない。俺は頭を巡っていたあれこれをそのへんにふるい落とし、一階への階段を下りる。
その時。
何かが風を切る音。
「!!」
俺は思わずその場にしゃがみこんだ。もはや本能、と言ってもいいだろう。脳よりも、身体が危ないと告げてきたのだ。
ひゅっ、という音とともに頭上から風を感じる。
間髪を入れず俺は首を回して音のした方向、後ろを見る。
「誰……だ?」
そこには。
竹刀を持った人間がいた。
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