第10話 明かされる会計の秘密
翌日、俺はいつもより早く家を出た。無論、会長と話をするためだ。
会長が言うには朝が一番話をするのに安全で都合がいいらしい。
みゆきと秋人には、昨日のうちに一緒に行けないとラインしておいた。
しかし思えば、一人で登校するなんて久しぶりだ。
歩きながらふと、空を見上げる。太陽は、毎朝見ているそれよりも低く、東の空に位置している。
道行く人たちも、いつもとは違う顔ぶれだ。まあ当然か。
それにしても。
「眠い……」
昨日の出来事が衝撃的すぎて、あまりゆっくり眠れなかった。
ふああ、と俺は口を開けて欠伸をする。
「和真ー」
突然後ろから声をかけられ、身体がビクンとなった。いつもより早い時間だというのに彼の制服は少しの乱れもなく、きちんとしている。
「秋人……どうして?」
「会長と話をしに行くんでしょ? 僕も行くよ」
聞けば、秋人も会長から今朝来るように言われたらしい。
二人で横に並び、歩く。
「昨日、剣道部の人に襲われたんだってね」
「ああ。もう何が何だかさっぱりだよ。俺がそんなことされる理由もさっぱりわからん」
あの時の会長の説明も曖昧なものだったし、昨日からずっと頭の中はもやもやしたままだ。
「……ごめん」
不意に、秋人が謝ってきた。
「なんでお前がいきなり謝るんだよ」
「実は……昨日の出来事の理由、僕も知っているんだよ」
バツが悪そうに、秋人がつぶやく。
「それ……どういうことだ?」
思わず立ち止まる。
「うん。後で会長が話してくれるからその時に詳しく聞いたらいいと思うけど、和真が狙われたのは……和真が『会計』だからなんだ」
「……『会計』……か……」
またしてもその単語だった。昨日も会長にそう言われた。
一体なんだっていうんだ?
それに何の意味があるんだ?
その後、俺たちは特に何も話すことなく学校までの道を歩いた。三人ではなく、二人で。
みゆきがいないと、こんなにも静かになるんだなと、俺は思い知った。
「来たか」
待ち合わせていた場所――生徒会室に行くと、すでに会長は自分のイスに座り、俺たちを待っていた。
「早いですね会長」
「私が来てくれるよう頼んだんだ。待たせるわけにはいかんよ」
「じゃあ、話してもらうぜ。昨日のこと。それから――『会計』のこと」
一歩前に出て、会長に近づく。秋人は部屋の隅で壁に背中を預けていた。
「うむ。そうだな……だがその前に。まずもう一度謝らせてくれ。すまなかった」
彼女はイスから立ち上がる。
「昨日のこと……君が襲われてしまったのは完全に私の落ち度だ」
「そのことはもういいよ。会長自身が助けに来てくれたわけだし」
おまけにパンツまで見てしまったし。不可抗力だけど。
謝られるよりも、俺は理由が知りたい。
なぜ俺が襲われたのかを。
この人たちが言う『会計』がなんなのかを。
「では、君に話そう。我らが鐘山高校生徒会の『会計』の真の役割を」
改まった雰囲気に俺はゴクリ、とつばを飲み込む。
「『会計』の仕事は昨日話したような生徒会による各種のお金の管理のほかに、もう一つの役割がある」
会長はポケットから、チェーンのついた細長い金属を取り出す。
「それはすなわち、この『鍵』を守ることだ」
「鍵……?」
昨日、防具に身を包んだ女の子もそんなことを言っていた。だけど鍵って何なんだ?
「そしてこの『鍵』はこれを守るためのものなんだ」
言って、会長は部屋の隅に目を向ける。
そこには、昨日見た古びた金庫があった。
金庫とはいってもダイヤルやボタンはっいておらず、あるのは無骨な鍵穴だけ。最初は銀色だったのだろうが、今は至る所が錆びて赤みを帯びている。
なんだか、歴史を感じさせる品物だった。近づいてみるとその印象はより強くなった。こりゃもはや骨董品の部類だ。
「この金庫には何が入ってるんだ?」
「うむ。それはだな……」
彼女は金庫へと歩み寄る。そして、先ほど取り出した鍵をその鍵穴へとゆっくり差し込んだ。
ガチャリ。
開く音がして、金庫の扉を開ける。
その先、金庫の中には。
「……え?」
札束が置かれていた。
俺は目を見張った。
比喩でもなんでもなく、福沢諭吉の描かれたお札が、束になっていたのだ。数はいくらぐらいだろうか。二十枚くらいはありそうだ。これだけあれば、学生の俺たちにとっては大金もいいところだ。
「……これは、何なんだ?」
すると、会長は質問を質問で返してきた。
「君は、入学式の理事長の言葉を、覚えているか?」
「理事長の……言葉?」
「そうだ。覚えていないか?」
「確か……『ほしいもものは、勝って得よ』だったっけか」
そんなことを言っていたような気がする。だけど。
「それとこれ、関係あるのか?」
俺が聞くと、会長はコクリと頷く。
「ああ。これは昔、理事長が発案したものなんだ」
会長は続ける。
「このお金は毎年の生徒会の予算の一部。そして部活動をしているものは皆、これを狙っているんだ」
「このお金を……?」
「ああ。それこそが今まで続いている『会計』が持つ『鍵』の争奪戦だ」
「だから昨日の剣道部の人が襲ってきた、と」
俺が『会計』になったと聞いて。俺が『鍵』を持っていると早とちりして。
「うむ」
会長は肯定する。
「じゃあ、『会計』から『鍵』を手に入れた部は、このお金を使えるのか?」
「そのとおり。この学校は部活動に充てられる予算が少なく、財政難の部が多くてな。みな、なんとかしてやりくりしている状況と聞いている」
会長は金庫を閉じ、『鍵』を使って閉めた。
「だから、部費を欲する者はこれを奪いにくる……というわけだ」
「最初から部費を渡してやればいいのに……」
これじゃあ無駄な争いもいいところなんじゃないのか。
「言いたいことはわかるが、昔からの伝統なのだ。私たちにはどうにもできんよ」
「そういうわけで、『会計』はある意味生徒会長よりも重要な役職ってことになるんだよ」
いつの間にか秋人が近くに来て、言う。
「なるほどね」
だから会計の役職だけ、なかなか決まらなかったわけか。
「実はいろんな部から、早く会計を決めろ。でないと俺たちも行動できないだろと急かされていてな。だからこの一週間というのは苦肉の策なんだよ」
会長は苦虫を噛み潰したような顔をする。なんだかこの人がこんな顔をするのは珍しいな。
渋い顔をしているのは秋人も同じようだった。
「せめて、一番最初にこのことを伝えておくべきでしたね」
「うむ。私たちは早く『会計』を決めなければいけないということで焦っていたのやもしれんな」
二人して、肩を落とす。
「だから、和真がこのことを聞いてやりたくないって言うなら別にやめても――」
「やるって言っただろ?」
俺は秋人の言葉を遮る。
「一週間だ。それは変わらない。どんな仕事内容でも、だ。それが約束だからな」
「和真……」
「そりゃ昨日はびっくりしたし、ヤバいと思ったけど」
それが理由にはならない。
一度やると、決めたからには。
「約束を破るようなことは、俺はしないよ」
だって、約束を破ったら。
あの人たちと――両親と同じじゃないか。
借りたお金も返せない、あの大人たちと。
「わかった。……ありがとう」
会長は小さく微笑むと、俺の前に手を差し出してきた。
その手のひらには、銀色の小さな鍵が。
「ではあらためて、君にこれを託そう。一週間だが、よろしく頼む」
「任せとけ。やることはやってやる」
そう宣言し、俺は鈍く光る『鍵』を受け取った。
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