第5話 ケイゴ・タナカ
ケイゴは授業の終わる鐘を聴きながら大きなあくびをする。
ゆっくりと立ち上がり、教室から出る生徒達の波に身体を滑り込ませるとケイゴの小さな身体は全く見えなくなった。
身長164センチメートル。下手したら女子にも負けてしまうケイゴのその身長は同級生たちのからかいの種にされている。
もちろん本人もソレは大いに気にしており、毎日大量の牛乳を飲んでいるのだが一向に背が伸びる気配は無い。このときばかりは自身の身体に流れている日本人の血を疎ましく感じるのだ(最も彼の祖父にそんな事を言ったら問答無用で殴り飛ばされるのだが)。
そんな身体的に恵まれていないケイゴが今朝暴漢を制圧し得た理由、それは他でもない彼の祖父によって幼少の頃より叩き込まれた日本の古武術によるものだ。
ケイゴの祖父は何たら流とかいう(詳しい名前は忘れてしまった)古武術の使い手で、本人の言う所によるとコウガとかいう里の忍者の血を引いているのだとか。
それが本当か嘘かはわからない。しかし祖父のその話が、ケイゴの今に大きく変化をもたらしたのは事実なのだ。
人混みの隙間をケイゴはその小さな身体でヒョイヒョイとくぐり抜ける。その動きは洗練されており、形容するならばまさに忍者のような身軽さである。
「やっほーケイゴ、ご飯食べて帰らない?」
そんなケイゴの姿を発見した幼なじみのキャサリンが大きな声で彼に呼びかけた。手をぶんぶんと降り、満面の笑みを浮かべている。
その様子を見ていた周囲の生徒がヒュウと口笛を吹いて二人をはやし立てるが、ケイゴはソイツを無視してキャサリンの元へ小走りで近づいた。
「ようキャサリン・・・何度も言うようだけど恥ずかしいからデカい声で呼ぶのは止めてくれないかい?」
「こっちこそ何度も言うようだけどケイゴ、絶対にNOよ! アタシは誰に何を言われようがこれからもアナタを見つけたら大きな声で名前を呼び続けるわ」
シレッとそんな事を言う幼なじみに対し、ケイゴは呆れるやら嬉しいやら恥ずかしいやらで思わす片手で目を覆い隠した。
少し照れてしまったのが恥ずかしくて強めの口調で言う。
「ま、まあソレは今更だからしょうがないな! それで、飯の話なんだけどさ。悪いけど今日は予定があって一緒にご飯は無理なんだ」
ケイゴの言葉にキャサリンはじっと澄んだ目でその顔を見つめた。
「・・・ケイゴ友達いないのに予定なんてあるの?」
「うっせーよ! 友達は関係ねえだろ!」
思わず怒鳴ってしまったケイゴを見てキャサリンはケラケラと笑う。
「冗談よ。ケイゴがアタシより優先する用事なんていつものバイトくらいでしょ? いってらっしゃい、気をつけてね」
「・・・・・・おう。行ってくる」
見透かされていたという事実がいやに小っ恥ずかしく、ケイゴはぶすっと返事をすると鞄を肩に引っさげて学校を後にするのであった。
学校から出てバイト先に向かったケイゴはいくつかの電車を乗り継いでその場所にたどり着く。
軍のロゴが入った大きな建造物。
入り口を警備していた警備員に会釈をすると、相手側も何度も出入りをしているケイゴの顔を覚えていたらしく、軽く帽子を持ち上げて挨拶を返してくれた。
入り口を通り抜け、建物の内部に入る。
本来ならケイゴは一階にある事務室に集合しなくてはならないのだが、今までの経験から一階の事務室をスルーして二階に上がる。
目指す部屋は二階にあるトレーニングルームだ。
「ハローケイゴくん! 今日は学校帰りかな?」
腹の底に響くようなバリトンボイス。ムキムキと隆起した全身の筋肉はトレーニングのため汗でテカテカと輝いており、その人物のむさ苦しさをいや増していた。
ケイゴは軽く頭を下げると部屋の中に入る。やはり目当ての人物は一階では無く二階のトレーニングルームにいた。今まで何度待ちぼうけを喰らった事か。
「・・・ジェームズさん、トレーニングは結構ですがご自分で決めた会議の時間くらい事務室にいましょうよ」
呆れたように言うケイゴに、ジェームズは朗らかな笑みを浮かべた。
「ハッハッハ! これは失礼。以後気をつけるとしよう」
首にかけていたタオルで汗を拭い、ケイゴに先に事務室で待っていて欲しいと告げるとシャワー室に向かうジェームズ。
一切反省の色を見せない上司の姿にケイゴは再びため息をつくとトレーニングルームを後にするのであった。
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