エピローグ

「ねえ、どんな気分?」

「まるで実感がないなあ!」

 こじんまりとした会場で、男の泣き声が響いている。人目も憚らず、大声を上げ、乱暴に目元を擦っていた。

「知念の奴・・・」

 思わず、もらい泣きをしてしまいそうだった。知念だけではない。最近まで勤めていた鴨川製鉄所の面々が、神妙な面持ちで集まってくれていた。最前列で、瞬きせずに、真っ直ぐ正面を眺めている鴨川社長が、特に印象的だった。周囲を囲む社員の目もあるし、ここに来る事も気まずかっただろうに・・・俺は、鴨川社長に頭を下げた。そして、社長の視線を追うように、正面を見る。

 そこには、俺が映った遺影が、飾られている。

「私もそうだったなあ。自分の姿を見ても、どこかひと事のような感じがしてたもん」

 ヒロは、手を伸ばし、俺の手を握った。

「触れられるって、良いね」

「そうだな」

 手に温もりが伝わるという事はなかったのだが、胸の奥がじんわりと、体温を感じたような気がした。

 最後に、俺に会いに来てくれた人達がいる。俺の死を、嘆き悲しんでくれる人達がいる。

 これを幸福と呼ばず、何と呼ぶのだろう。

 そして、何よりも・・・俺は、隣に顔を向けた。最愛の人が、『何?』と、微笑みながら、眉を上げている。

 人間とは、『忘れる』生き物だ。きっと、今日来てくれている人々の記憶からも、俺と言う存在がいつしか、薄れていくのだろう。しかし、それで、良いと思う。まるで、交通事故にあったかのように、医師から余命宣告をされ、支えてくれるはずの家族から見限られた。

 まさに、あの時の俺は、どん底にいたのだろう。でも、今では、あの時の記憶が曖昧だ。苦痛の記憶が、永劫残っていたら、気がふれてしまうかもしれない。

隣にいるヒロという最愛の存在が、色鮮やかな日々を上書きしてくれた。こうして、穏やかな気持ちでいられるのは、ヒロのお陰だ。

 捨てる神あれば、拾う神有りだ。

 不治の病などという冗談のような当たり屋が、幸福の女神と引き合わせてくれた。そんな臭い台詞が湧いて出てくる時点で、患っているのだろう。何患いかは、あえて言わないが。

「みっちゃん? なに笑ってるの?」

「内緒」

 ヒロが、ボカボカと、殴ってきた。この身に受ける衝撃こそが、愛おしく感じるのだ。

 鴨川社長とヒロの二人が、俺の歩む道を明るく照らしてくれた。

「さて、ヒロ。そろそろ、行こうか?」

「もう良いの?」

「ああ、十分だ。十分過ぎるくらいだ」

 目を細め、口角を持ち上げ、愛おしく会場内を見渡した。

「十分だ」

 会場をグルっと一周視線を回し、最後にヒロの笑顔に到達した。

「これからは、ずっとずっと、一緒にいられるね」

 光り輝く道が、俺達の足元に、どこまでもどこまでも、伸びている。

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ラストビューイング ふじゆう @fujiyuu194

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