終わりと始まり<十年前>
俺達家族なら大丈夫だ。そうタカをくくっていた。どれほど高い、困難な壁も、乗り越えられると思っていた。いや、妄信し過信し、安易に考えていたのかもしれない。まさか、裏切られ、拒絶されるとは、夢にも思わなかった。裏切られたというと、語弊があるのかもしれない。
暫く隠していた想いを妻に伝え、手を差し伸べると、あっさりと振り払われてしまったのだ。
「将来性のない人とは、もう一緒にいられない。子供もまだ小さいのだから」
体温が抜け落ちた妻の言葉に、現実を突きつけられ、背筋が凍った。その場で身支度を始めた妻は、娘を連れて出て行ってしまった。明くる日、仕事から帰ると、値の張りそうな家財道具がなくなっており、テーブルには、妻のサインが入った離婚届が置かれていた。念の為、銀行口座を調べてみると、全て引き落とされていた。弁護士に相談する気力もなく、ガランとしたリビングの真ん中で崩れ落ちた。
全てがどうでもよくなった。動く事も、呼吸をする事さえも億劫で、ただリビングの真ん中で天井を見つめる日々が続いた。何日かは、携帯が鳴っていたけれど、もう鳴らなくなった。諦めたのか、携帯の充電が切れたのかは分からないけど、どちらでも構わなかった。すると、今度は、インターホンが鳴り響いた。何度も何度も鳴った。しかし、全てを無視した。
暫く、インターホンが鳴り続けていると、次第に扉を乱暴にノックする音が響いてきた。ノックなんていう生易しいものではない。完全に、扉を殴りつけている。このままでは、ご近所の迷惑になる。そう思うと、力の無い笑みが零れてきた。この期に及んで、人様の心配か。起き上がろうと試みると、体に根が張ったように、立ち上がる事すら苦労した。足に力が入らず、這うようにして玄関へと向かう。必死に手を伸ばし、鍵を開けると、勢い良く扉を開かれて、心地良い風が入ってきた。
「おい! 有川お前!」
風と共に侵入してきたのは、鴨川社長であった。鬼の形相をしていた社長が、俺の姿を見た途端、息を飲んだのが分かった。
「だ! 大丈夫か!? 何があったんだ!? 酷い顔してるじゃないか!?」
俺は不覚にも、鴨川社長の顔を見ると、涙が零れてきてしまった。そして、目を覚ますと、病院のベッドで横になっていた。どうやら、あの後気絶してしまい、鴨川社長が救急車を呼んでくれたようだ。それから、毎日のように見舞いにきてくれた社長に、全てを打ち明けた。
鴨川社長は、時には怒りを露わにし、時には涙を流し、真剣に話を聞いてくれた。話を聞いてもらえる事が、こんなにも嬉しいとは、初めて知った。鴨川社長のご厚意で、力を貸してくれるとの事だったので、引っ越し資金と当面の生活費を前借りさせてもらった。体力が回復し、退院すると、真っ先に不動産屋に向かった。どうしても我が家に、住む気にはなれなかったのだ。あの家には、妻とのそして幼い娘との想い出がこびりついている。今となっては、想い出なのか、呪いなのか判別できない。
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