2.決意
「じゃ僕がこの世界に転生してきた意味は」
「まったく意味がないですね」
「うわぁーーー!」
元にいた世界からわざわざ転生して、この世界でも魔王を倒そうと決心していたのに。
それがこの世界では魔王はもうすでに倒され、もう冒険者は必要ない。
「じゃ僕は一体何のためにここにきたんだー!」
「うるさいですよ。ちょっとは落ち着いて下さい」
「落ちついていられるか!」
未だ受け入れられない現実を目の前の自称勇者にぶつける。
「いいですか。魔王は私が倒しました。よってあなたはもう冒険などしなくてよいのです」
「ちっとも良くないね!こうなったらあの女神に文句を言ってやる」
「女神様って…あなた転生者ですか?」
「そうだよ。だから何だってんだよ…。って何で女神って言っただけで転生者だと」
この世界にも神という概念は存在するはずだ。魔王がいるぐらいだし。
「いやこれまでの会話から推測しただけですが。というより私もそうなので」
今何て言った?
この少女も転生者。
「じゃ君は――」
「待ってください。場所を変えましょう」
僕の言葉を遮るようにミーシャは提案をする。
そしてミーシャの後を追うように冒険者ギルドを出て路地裏のような場所に腰を下ろした。
「聞かれていないと思いますが、あまり転生者だと広げない方がいいですよ」
「え、何で?」
だって転生者は勇者とか何とか言われて歓迎されるものじゃないのか。
「この世界では異世界からきた者は忌み嫌われます。なぜなら魔王もそうだからです」
「魔王が別の世界から来た?」
魔王の発祥など知るよしもないが、そんなこともあるのか。
「はい。でずからあまり異世界から来た等は口に出さない方がいいかと」
「まぁ、転生者ということを言わない方がいいのは分かったけど、わざわざ場所を変えたのは他に理由があるのか?」
そのことだけなら別に冒険者ギルドで耳打ちすればいいだけの話。
急いでいた風にも見えたので、余計に引っかかってしまう。
「さっきあなたは女神様に文句を言ってやると言ってましたね?」
「あぁ言ったけど」
割と勢いでもあったが。
「会いにいける方法があるのですか?」
「それは…」
そう言われてすぐには思いつきそうにない。いや考えても思いつかないだろう。
女神のいる所は神界といわれ一冒険者が易々と行ける場所ではない。
「あなたは気を失っていた私を助けてくれたそうですね」
「そうだけど」
「なら私が神界に連れて行ってあげます」
「!?」
神界に行くことができるの?この子何者…という視線を送ってしまう。
「先に言っておくとついさっき女神様に呼び出されたのです。別に私が神界に行ったり来たりできる訳ではないですからね」
「呼び出されたって、俺には何にも聞こえなかったけど」
ずっと一緒にいたのにそんな声は聞いていない。
「私にだけ認識できるように伝えたのでしょう」
何それ秘密の会話みたい。
「という訳で早速行きましょう。神界に」
そういってミーシャは手を掴んでくる。
「え、ちょ。急に!」
「女神様。準備ができました」
刹那。最近感じたことのある暖かい温もりが全身を包みこんだ。
「よくきましたね。勇者ミーシャ・セルレイン。そして魔王討伐おめでとうございます」
「ありがとうございます。女神様」
「よくぞ魔王を討伐して下さいました。これでプリファント・セントは末永く平和になることでしょう」
いかにもエンディングといったやり取り。
魔王を討伐したのだからこんな結末があってもいいのだろう。
だがしかし。
「俺のこと無視して話進めてんじゃねぇ!」
納得出来ない勇者がここにはいる。
「……。…勇者ミーシャ・セルレイン。あなたはこれからどうしたいのですか?」
「だから無視してんじゃねぇよ!この駄女神が」
あれだけ温厚であった女神の口元がヒクリと動く。
「あなたって人は!女神様の前ですよ。もっと言葉使いを気をつけて下さい」
「知るか。この女神はなっ!俺を騙してあんなクソみたいな世界に送った張本人なんだぞ」
今度はニコリと笑った笑みが苦痛の笑みに変わった。
「そもそも転生場所おかしいだろ。何だよ近くの街まで歩いて二時間弱とか。足がすり減って無くなるわ!」
「それは最も安全な場所に送っただけのこと。それに近くには村が存在していました」
「安全も何も魔王が倒されたのならどこも安全じゃねぇか。村なんて目視できてねぇよ。それにテレポートが使えないのはどういうことなんだよ」
「始まりの街などこの世界には存在しないのです。あなたの詠唱ミスです」
「設定しとけ。バランス作るの下手か」
女神の雰囲気が段々苛立ちを隠せなくなった頃。
「ちょちょちょ。二人とも落ち着いて。冷静になろう。ね」
この世界の勇者は間を取り持つのに必死だった。
「待て。こいつは詐欺なんだ。終わった世界って魔王が倒されて終わったとか誰も分かんねえし、絶望したってのはどうせ冒険者の仕事がなくなって絶望しているとかそういうオチなんだろ」
「……」
「待って下さい。冒険者の仕事がないってどういうことですか?」
「どういうことってギルドの依頼見てねえのかよ。討伐依頼がほとんどなかったんだ。魔王が倒されたことによって魔族の勢力が激減したとかの理由で」
ミーシャがチラっと女神の方を見る。
女神が視線を明後日の方向にし、顔を伏せている。
「嘘…。じゃ私はこれからどうやって生きていけばいいのですか。稼げなくなるってことですか」
考えることそこかよ。確かにお金は大事だろうけど。
「平和に穏やかにお暮らし下さい」
「そんなの嫌―!私は適当にクエストをして適当に稼いで適当に楽したいの!のどかな生活になんて興味がないの!」
「そんなことをおっしゃられても…」
「なんでよ!魔王を倒したのだからこれからは楽させてよ!仕事がのなくなって毎日その日暮らしなんてもう嫌なの」
「……」
「おいおい黙ってないで何とか言ったらどうなんだ?せめて冒険者が仕事に困らないように配慮したらどうなんだ!」
「そうよ!せめて私だけでも裕福な生活をさせてちょうだい」
「そうだそうだ…って何だって?」
二人の言葉攻めに遂に堪忍袋の緒が切れたのか女神はそっと右手を差し出し。
「魔王討伐お疲れ様でした。あの世界でつつがなく余生を過ごせるようにお祈り致します」
そう言うと俺達の全身が例の暖かい温もりで包まれていった。
「「ちょ、待って。待てって…。待って下さい女神様!」」
俺達は神界に行く前の路地裏に立っていた。
お互い顔を合わせないまま黙って俯いている。女神の言う絶望とはきっとこんな光景を指すのであろう。
「…決めた」
そう俺がぽつりとつぶやくとミーシャが上目使いだけで何をか聞いてくる。
「俺が魔王になる」
「……!?」
ミーシャは疑問と驚きで声も出ないようだった。
「魔王がいないのだったらなっちまえばいい。そして冒険者という職業を復活させればまた冒険ができる」
「あなたは何を言っているのですか?正気ですか」
まるで頭がおかしくなった者を見る目で俺を見るミーシャ。
おいやめろ。額の熱を測ろうとしてんじゃねぇよ。
「俺に考えがある。ミーシャ、お前も着いてくるか?」
ミーシャの手を払い、その代わり俺がミーシャに手を差し出す。
「何言ってるの。私は勇者よ。あなたが私に着いてきなさい」
そう言うとミーシャは俺の手を握って勇ましく微笑んだ。
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