転生した世界でもつつがなく生きていきます

とぉ

プロローグ 転生

1.転生

 プリファント・セント


 それは終わったと言われた世界。

 人の誰もが絶望し、誰もが見捨てた世界。

 神は幾度となく勇者を転生させ、魔王はその度に勇者を駆逐し力をつけた。


「今からそんな世界にあなたを転生させます」

 目の前の女神は穏やかな表情でそう告げた。

「はい女神様!」

 迷いはなかった。

 前の世界で不幸にも命を落とし、再度人として知識と経験を持って転生出来るのだ。

 終わった世界?誰もが絶望し?そんなの僕が終わらせてやる。

 僕にはその自信があった。なぜなら―――。


 僕は前の世界で魔王を倒した勇者だからだ。


「それでは行ってらっしゃい。勇者コノエ・ホシミヤ」

 全身が暖かい温もりで包まれていく。

 まるで僕の転生を応援しているかのような音が意識と共に遠ざかっていった。

「行ってきます」


                  ☆


 目が覚めるとそこは緑豊かな草原だった。

 辺りを見渡しても近くには街も人がいる気配もない。

「ここがこの世界」

 吹き抜ける風が心地良い。

「本当に終わった世界なのかな」

 目の前に広がる世界にそんな感想をつぶやいていた。

「とりあえずどこか近くの街に行かないと」

 何の情報もなくただこの場所にいても仕方がないので、近くの街に向かう。

 とは言っても徒歩で移動するのは時間も労力も使いそうだ。

 この世界でも使えるのかな?と前の世界で得た力を試してみる。

「テレポート始まりの街へ」

 しかし何も起こらない。

 出来たらいいなぐらいで思っていたけどやっぱりダメか。

「仕方ない。歩くか」

 歩く行き先として森か山か。

 どちらに進んで良いのかも分からず少しばかり頭をひねらせる。

「これ転生させる場所、間違ってませんか?女神様」

 一人で女神様に対して愚痴を言ってても仕方ないので、苦渋の選択の上森に向かう。

 そして歩きながら装備を確認した。

「今装備しているのはこの世界の初期装備かな?あまりにも軽装備すぎるけど…。」

 こんなので魔王を討伐出来るとは到底思えない装備。装備集めも最初からなんだな。

「でも僕にはこの剣がある」

 腰に装備している明らかに今の格好とは不釣り合いの剣。

 聖神剣レイナス・マフォス・フィリア。

転生するにあたって一つだけ授けてくれるものに僕は迷いなくこの聖神剣を選んだ。

 この剣は前にいた世界、イグナートで魔王を討った剣。

 もちろん思い入れも愛着もある。

「これさえあれば何とかなるだろう」

 腰の剣を優しくなで、歩いているとやっと森に到着した。

 さてこの森を抜け人里に到着するのにどれぐらいの時間が掛かるのか。

 そう思いながらズイズイと進んでいくと、森の中に少しだけ拓けた場所がある。

 そこで何かの気配を感じとった僕は物陰に隠れて様子を伺った。

 もしかすると魔物がいるのかも。と、そーっと覗く。

「女の子…?」

 しかしそこにいたのは魔物ではなく一人の傷ついて横たわっている少女。

 身なりからして冒険者だというのは確かだが、明らかにボロボロすぎる。

「助けないと!」

 急いでその少女のところに向かう。

「大丈夫?意識はある?」

 目を瞑るその少女に対して意思疎通が出来るか確認する。

 しばらく声を掛け続けていると。

「…ん、うんん」

 ハッキリとした言葉ではないが声を出すことができた。

 そしてゆっくりと目を開けると少女は微笑みながら。

「…良かった」

 とだけ言ってまた意識をなくす。

 いや、何も良くないよ。何で一回起きたのにまた寝るの?

 どうしよう。このまま放っていく訳にもいかないし、かといってどこに行けばいいのかも分からないので連れて歩くのも危ない気がする。

「うーん」

 腕を組み、考えていると見ていた方向からズシンズシンと足音が近づいてくる。

「流石に人じゃないよね…?」

 足音の大きさからかなり重たい何かが木々の隙間から姿を現す。

「オァアアアッ!」

 辺りに響く重低音。

 慣れていなかったら耳を塞ぎたくなるような鳴き声だった。

「熊に近いかな?魔物だよね」

 誰に確認している訳でもないが状況を整理する。

 さてこの世界の魔物に通用するのか試してみますか。

 目の前に立っているそれに向かって剣を抜き構える。

 そして距離を詰めることなく剣を振り落とした。

「セイントスラッシュ」

 先ほどのテレポートが発動しなかったこともあり、もしかしたら威力が出ないかもしれない。と思い剣を振った。だが。

 ドゴゴォォオオン。

 一秒前の心配は皆無だったようで想定以上の技が繰り出された。

 地面が軽く揺れるほどの衝撃は魔物だけではなく、進行方向の木々を一瞬でなぎ倒し更地に変えた。

「あれ?」

 想定していたのと違う、と自分でも驚く。

 同時に過度な森林伐採に冷汗をかいた。

 しばらく自分がしでかした状況をただ見ていた。

「ま、いいか。拓けた道を行こう」

 しかし考えることもめんどくさくなり、目の前の道を進むことにする。

「……。しょうがないなぁ」

 どうしようか迷っていた少女をおぶって当てのないところに向かって歩きだした。


                 ☆


 歩き始めて二時間ばかりたっただろうか。

「つかれたぁ…」

 流石に疲れが出ていた。

 歩くだけであればここまで疲れは溜まらなかったであろう。何が疲れるのかってこの子の装備が少しばかり重たい。

 それがなければ二時間歩くことは普通にできるのだ。

「まだ街は見えないのか…。…あっ!」

 溢れ出る愚痴が止まったのは森の終わりが見えたからだ。

 遅くなっていた足を早め、光の見える方に近づいていく。

 森を抜け見えた景色は。

「街だッ!」

 外壁に囲まれ、住宅らしき建物が並び奥には城も見えるそこは街と言って差し支えない光景。

「やった!」

 今までの疲れも忘れ、喜々として街の方へ歩いていく。

この街は一体どんなところだろうと胸を躍らせながら大きな門をくぐる。

入り口から入ってしばらくすると商店街らしき場所に着き、果物を売っている店主に声を掛ける。

「すみません。冒険者ギルドってどこにありますか?」

 この世界でも冒険者ギルドがあるのかは不明だが似たようなものはあるだろう。

「あぁ、ギルドならこの道をまっすぐ進んで右手にあるが。兄ちゃん何しに行くんだ?」

「何しにって、依頼か何かないかなぁって。この道をまっすぐですね。ありがとうございます」

「そうか。頑張んな」

 ぺこりとお辞儀をし、露店を後にする。

 言われた通りまっすぐ進んでいるとそれらしき建物が右手に見えてきた。

 迷う事なくギルドの扉を開け、中に入ると人の気配があまりない。

 整頓されてあるテーブルの椅子に今までおぶっていた少女を寝かしつけ、自分の思っていたギルドと多少雰囲気が違うなぁと思いつつ、受付に行くとお姉さんが一人で事務作業をしている。

「あの。旅をしているのですが、何か仕事はありませんか?」

「あ、はい。冒険者の方でしょうか?」

「そうです」

「でしたらこの書類の中から好きなお仕事をお選び下さい」

 どれどれ。ここは旅をする上で生活するお金が欲しいところではあるけど、と渡された書類に目を通しているが何かがおかしい。

「あの、討伐の依頼とかって結構少ないんですね」

 そう、冒険者ギルドにしてはそれ系の仕事があまりにも少ない。

「はい。今はこれだけで。それ以外だったら多少はあるのですが」

 進めてくる仕事は雑用系の仕事ばかりだ。

 今はってことはちょうどそういう時期なのかもしれない。

「そうですか。ではとりあえず一泊するぐらいお金がもらえるのはありますか?」

「それでしたらこちらなんていかがでしょう。建築のお手伝いなのですが」

「お手伝い…。でも今は討伐の依頼が無いに等しいですもんね」

 あるものは遠方での依頼だけ。今は遠くまで足を向けることは避けたい。

「じゃその依頼でお願いします」

「分かりました。ではこの別紙に記されている所にお向かい下さい」

「ありがとうございます。あとそれと不躾なお願いなんですけど、そこで寝ている女の子を僕が帰ってくるまで見ていてもらえませんか?」

 受付のお姉さんから依頼の紙を受け取り、藁にも縋る思いでお願いをしてみる。

「いいですよ。ですが私も仕事がありますので、本当に見るだけになりますが」

「…!それで十分です。ありがとうございます。行ってきます!」

 受付のお姉さんの厚意に甘え、冒険者ギルドを飛び出した。


「ここってさっきの入り口だよね」

冒険者ギルドから少し歩いた場所が目的地だった。

依頼書には工事をしている誰かに声を掛けろと記されている。

「あの、すいません」

 その要望通りに作業をしている人に声を掛けてみることにした。

「あ、なんだ小僧」

 ヒェ…。そんなに睨まないで下さい。

「依頼を見て来てみたのですが」

「依頼?あぁ、手伝いにきたのか。だがお前さんそのなりで手伝えんのか」

 おそらく見た目で判断されているのだろう。目の前で作業している人に比べれば体も小さくて筋肉もないように見えるだろうけど。

「大丈夫です。鍛えてますから」

「そうかい。じゃ頑張んな。俺はビールグ。ちょうど街の外に木を切りに行くところだ。お前さんも一緒に来い」

「分かりました。ビールグさん。僕はコノエです。よろしくお願いします!」

「ここでは頭領だ。行くぞ小僧」

「はい。頭領」

 そう言って行っていた作業を終え、歩きだす頭領に着いていく。

 途中で作業仲間がどんどん集まり、門を超えて森林に近づいていった。

「ところで小僧。お前さんは冒険者なのか?」

「はい。遠くから来たばかりでさっきこの街に着いたばかりなんですけどね」

「そうか。じゃその腰につけている剣でこの木を切り落としたりできねぇか」

「頭領それは無茶ですって。こんなチビに木を切れだなんて出来っこありませんぜぇ。だいたい剣で木を切るなんて聞いたことがありませんし」

「そうですよ。作業を早く終わらせたいからって無理難題を」

 お連れの作業員たちが楽しそうに笑う。

 そんな中で頭領は黙って僕の返しを待ってくれている。

「やったことはありませんよ」

「やってみろ」

 周りに注目されている中、剣を抜き居合いの構えをとる。

「ボウズ、本当にできんのか」

「切れたら今日の一杯奢ってやるよ」

 笑い声とともにそんなガヤも聞こえてきた。

 皆してバカにしてるな。よし。

 すぅと息を吐き、剣を横に振る。

 一瞬静かな時が流れたが、しばらくしてズズズと木が倒れる音が鳴った。

 ドゴオオォーーーン。

「じゃ今日はごちそうになりますね」

 振り返ってニコっと笑ってみせた。


「いやー、しかし今日のはびっくりしたな!まさかこんなチビが木をバッサバッサなぎ倒していくんだから」

「頭領は出来るって分かってたんですかい」

 今日の作業を終え、冒険者ギルドに戻ってきた僕たちはそのまま宴会を始めていた。

「チビ!今日はとことん食ってくれ!俺たちの奢りだ」

「あはは。ありがとうございます」

 テーブルに並べられた晩御飯は豪勢とまではいかないが、ここにいる人数が普通に食べてちょうどいい量が置いてある。

「二日、いや三日分は捗った」

「チビ…。いや兄ちゃん様様だな」

 呼び方がチビから兄ちゃんになった。それでもなめられてるよね…。

「小僧、明日もどうだ?」

 正面に座る頭領が少し顔を赤くしながら、それでも目は真剣に問うてくる。

「そうですね。手伝いたい気持ちは山々なんですけど、僕魔王を倒しに行かないとなので」

「……」

 そう僕が言った突如あれだけ騒がしかった冒険者ギルドが静かになる。

「え、あれ?」

「小僧…。魔王は――」


「魔王は私が倒しました」


 静かな空間にその凜とした声は嫌でも皆の視線を注目させた。

「え、魔王が倒された?というか君は」

「何度も言わせないでください。私が!魔王を倒したのです」

 え?魔王ってあの魔王だよね。マオウさんじゃないよね?

 と、僕が頭を抱え混乱していると。

「私はミーシャ・セルレイン。魔王を倒した勇者です」

 そう自信満々に宣言したのは僕が昼間に森で助けた少女。

 この少女が勇者だとかいつ起きたのかとかどうでもいい。それよりも。

「魔王が倒されたとか、どうなってんだーーー!」

 悲鳴に近い僕の叫び声が冒険者ギルド中に響き渡った。

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