2章 9月15日 大河ドラマ聖地巡礼 熊本玉名市へ

第13話 やっと玉名へ

 目が覚めると7時だった。

 10分ほど二度寝をして、少しだけホテルの「中」を散策をする。外は寒いから出たくない。

 とはいえ移動箇所は限られている。1階はフロントとロッカー。二階は談話室と食堂。3階は浴場。456階は男性向け寝室。7階が女性専用である。

 朝風呂に入るには寒いし、3階の談話室に行ってみた。

 木製の6人用テーブルが4つ並べられ、左手の壁にテレビが置かれた簡素な部屋である。

「あ、由布ちゃん!おはよー!」

 朝でもハイテンションな朝美ちゃんが先に来ていた。

「すごいよここ!花○ゆめのコミックがたくさんある!」

 みれば右手のからーぼっくすにマンガ本が所せましと並べられている。

 数は多くないがチョイスが渋い。女性向けレーベルだが男性でも楽しめる内容が多く、古すぎもしない。

 格安ホテルに設置するマンガはどこまで許されるのか?という感じである。

 風呂場のBGMも彼女(彼?)の職権濫y…もとい趣味によるモノだろう。いい仕事をしてますねぇ。

 勇気あるホテルレディに敬意を表しつつ、しばらくマンガを読んでいると「って、このマンガ大分でも読めるじゃん!」と朝美ちゃんが正気に返る。

 ちょうど朝食を食べるお客さんも来始めたし、邪魔にならないうちに退散することにした。


 部屋が狭いので忘れ物の確認を楽に終わらせると、渡されていた寝間着などをバッグに入れてフロントに返す。

 ロッカーから昨日の戦利品で重量を増した荷物を担ぐ。

 さよなら身軽だった時間。ようこそ重労働の旅時間。


「じゃあ、熊本駅に行こうか。」

 朝霧の立ち上る中8時ちょうどに我々はホテルを出た。

 ありがとうカプセルホテル。ありがとう常識のある宿泊客。


「で、どうやって駅に行く?」

「そうだねー、ここからだと4kmくらい離れているし路面電車でいこうか」

 地図を見ると下通りは西に進むと右に曲がるL字型のアーケード街である。このL字の先に進むと花畑町という停車場があるらしい。

 ここから終点の熊本駅まで行けばよいのだ。

「意外と静かだねー」

 日曜の朝なのもあってかアーケードにはほとんど人がいない。曲がり角のベスト電器も開店前で、松屋やマクドナルドなどの店が開いているだけである。

 とはいえ、胃袋の小さい我々である。ここで食事などすれば昼飯が入らないのは明らか。当然ながらここは我慢だ。大分には存在しない松屋の味噌汁付きカレーの名残を惜しんで先に進む。

 バスの停留所とはひと味違う、道の真ん中の停車場で待っていると10分もしないうちに白と緑の市電がくる。今日からは有料のためか、立たずに乗車できた市電は平成時代の名残を残したレトロな感じなのだと気がついた。

 渋滞とは無縁の線路道を軽快に進むと左手に見事な川と巨大な橋が広がっている。

 白川と白川橋だ。実際に歩いたことがある朝美ちゃんの話だと「4車線の橋にものすごく広い歩道がある」のだそうだ。

 語彙力不足もここまでくるとすがすがしい。


 ただ下通りも大分のアーケードの道幅の2倍あったのだ。

 大分川を通る宗麟大橋の倍くらいの規模を想像すれば良いのだろう。

 熊本に来て思ったが、ここは大分と比べてスケールが違う。道も広いし建物も倍以上の大きさである。

 大分市街が山からの体積物でできた狭い平野だとすると、こちらは大野郡のように自然の平野だったのだろう。

 この余りある土地を自由に使えるのだ。そりゃスケールも大きくなろうというものだ。

 実際に住んでみると苦労はあるのだろうが、なかなか良い町であったと思う。


「あ、そろそろ熊本駅だよ」

 祇園橋という橋を市電が越えると目の前に熊本駅が現れた。駅だけは大分の方が大きかった。

 大分駅が複合施設が付随する町の中心の駅なのに対して、熊本駅は今までいた開けた商店街から川をはさんで隔離された駅という感じだ。


「これは、蒸気機関車時代に黒煙が上がるのを嫌がった住民の反対で僻地に作られたんだろうね」


 近代史に詳しい朝美ちゃんがいう。

 昔の電車は蒸気機関車で、石炭を燃やして走っていた。そのため機関車の煙で洗濯物は汚れるし、騒音はうるさいしで駅というのは市街地から離れた場所に作られることが多かったという。

 大分でも宇佐、杵築、臼杵などは市街地から遠く離れた場所に駅がある。

 別府も浜脇から離れた場所に線路や駅が配置されたのだが、こちらは市の発展と流通の関係から発展した住宅地に駅が組み込まれたらしい。

「ちなみに大分駅は市の発展に汽車は必要不可欠。と判断した市長の独断で、反対を押し切って設置したって大分今昔にかいてた気がする」

 結果的に良かったけど、ひどい市長だ。


 ホテルから4kmほどの道をすいすいと進んだ市電はホテルと公園がまばらに点在する熊本駅前に到着した。

 運賃160円を払うと我々は熊本駅に降り立つ。

「意外となにもないね」と失礼なことを朝美ちゃんがいう。

 まあここはほとんど駅だけが存在しているので、アミュプラザができる前の大分駅や別府駅に近い。

 市の中心地の駅としては寂しいくらいだ。

「まあそれでも別府駅よりは大きいね。いいなー」

 朝美ちゃんが指をくわえて「欲しいなー」という。

 あそこだと景観条例にひっかかるのではないだろうか。


 なお、駅についていろいろ書いたが、後で市電とバスの会社が立てたバスターミナルを見たら、これの10倍は大きな複合施設であり「あ、熊本はバス会社がシェアを握っているんだな」と理解したのは別の話である。

 駅の2階に本屋で肥後の歴史菊池一族という本を購入したが、八時半ではほとんどの店が開店してないので玉名駅に行く。


 560円の切符を買って(消費税で2020年には570円)乗り場に進むと広々とした平野が見えた。おそらく、その先に海があるのだろう。

 地図を見ながら、熊本市は海に近い町なのだったのだなと思いだした。

 かざりけの無い電車が到着すると、十分すいてる座席に座り市街地を見る。電車が動くにつれ熊本の町並みが遠くに見えてくる。城も見える。

 ホテル探しが大変だったけど、なか良い町だった。

 ありがとう熊本。


 そう出立の余韻に浸っていると

「えっ!あれなに?」

 見れば自分たちが乗っていた市電とは異なる白地に赤でカラーリングされた市電があった。

 大河ドラマいだてんの装飾が施された市電なのだろう。

 昨日は一度も見たことがない、レアな電車だ。

「あれ写真撮りたい!おろしてー!」

 朝美ちゃんが目を開けたまま寝言を言う。

 昨日あれだけすれ違った市電では一度も見かけなかった市電である。よほどレアなものだったのだろう。

 戻っても見れるわけがないではないか。

「やだー!もっかい駅に帰るー」とだだをこねる朝美ちゃんをなだめながら我々は熊本を後にしたのだ。


「ちなみに、玉名市ってどんな所?」と私は朝美ちゃんに尋ねた。

「さあ?」

 予想通りの答えが返ってきた。

「熊本のガイドにも、地図に玉名温泉ってあるだけで、あとは熊本ラーメンのルーツ!十数軒もの専門店がひしめく玉名ラーメンを食べ比べってコーナーにたった3軒だけ紹介されている程度しか書いてないんだよ」

 紙面にすれば1/3Pしかない。ひどい扱いである。

「え?じゃあ何で、そこに行こうと思ったの?」

「あそこがね、今年の大河ドラマの主人公『金栗四三(かなくりしそう)』の実家があった町だからだよ」

・・・・・・・・・・・・2019年の大河はオリンピックを扱った『いだてん』という作品だった事を思い出した。視聴率が低いとかいろいろ言われていたけど、そこまで面白いのだろうか?

 そういうと「すっごく面白いよ!」と電車に乗っている間中、そのドラマがいかに素晴らしいか駅に置かれていたパンフレットを交えて熱く語り出した。

 そのドラマゆかりの地は5年前に作られたパンフレットには一言も書かれていない。

 温泉以外の観光要素が0の土地だったのである。

 ガイドを作った人間もまさか5年後にここが大河ドラマの聖地となるとは思いもしなかっただろう。

 今日の旅はどこにむかうのだろうか?


底知れない不安と共に、30分かけて列車は玉名駅へと到着した。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

多少の荒業を使いましたが、ここから聖地巡礼の旅です。

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