第12話 カプセルホテルの夜と浴場

 カプセルホテルというのは個室がないので風呂は大浴場となる。フロントで渡されたバッグにタオルと寝間着、歯磨きにひげ剃りまで入っている。

「どんな風呂なんだろうね?」

 準備をすませた朝美ちゃんが楽しげにいう。

 我々、こう見えても温泉の町からやってきた温泉民おおいた人である。お風呂にはちょっと、いやかなりうるさい小姑なのだ。


 貴重品をロッカーに入れて3階の浴場に入ると3畳ほどの脱衣所がある。白く清潔感のある洗面台にドライヤー、入り口には小さな紙コップで水が注げる水飲み場まである。

 スパでもなかなか無い心遣いである。

 そんな風に観察していると「由布ちゃん、遅いよ!先に入ってるよ!」と、すでに服を脱ぎ終えた朝美ちゃんが中に入っていた。

 この間たったの十秒。

 さすが別府人。温泉慣れしている。というか忍者みたいだ。

 私も急いで後に続いた。


「へー、結構広いじゃない」

 目の前には6畳ほどの広さの御影石っぽい材質の浴場が広がっている。「御影石っぽい」というのは、そういうプリントの建築材料があるからだ。本物の石を使ったら大変な金額になる。

 洗い場には9人分のスペースがあり、意外と広かった。

 天井は低いが別府鉄輪の温泉よりは広い。

 おまけにサウナと水風呂まであるのは、いかにもカプセルホテルという感じがする。

 俳優の故・松田優作さんとかが好んで使いそうな場所である。

「いやー、かっぱ○湯みたいにきれいなお風呂だねー」

「別府上人が浜のスパとか例えに出されても読者の皆さんには伝わらないと思うよ」

 温泉というとどうしても地元と比較してしまう、おんせん県民おおいたの悲しいサガだ。

 広々と足を伸ばせる浴槽に、湯垢のついてない清潔な洗い場。石鹸とシャンプーが備え付けられており結構ポイントが高い。

 おそるべし、カプセルホテル。

 ただ疑問なのは


「でも、なんでBGMにアニソンがかかってるんだろうね?」


 そう、この温泉クラシックでもイージーリスニングでもなくアニメ調のアイドル音楽がかかっているのだ。はじめ地元のご当地アイドルのCDかと思ったが男性のボーカルの曲まで流れており「この声優さん、何の役だろう?」と尋ねたくなるほどの美声なのである。

 個人的にはクラシックよりも落ち着く音楽なのだが、目の前のウェイ系のお姉さんとかトラック輸送のためにここにきました。という感じのガテン系のお姉さんの趣味に合っているのか聞きたい気持ちである。

「スタッフの趣味かな?」

 朝美ちゃんが推定する。

 最初は、まさかぁと思っていたが2階にある談話室に備え付けられたコミックの品ぞろえを見て、「あ、これ完全にスタッフの趣味だわ」と確信したのは後の話である。


「あー、一日歩きづめだったから生き返る―」

 浴槽に入って、自然と口に出た。ああ、あったかい風呂は良い。

「所で明日はどこに行くの?」

 目の前の生物は、その日の気分で予定を立てそうな事が良く分かったので、一応めやすを聞いておこうと思った。

 すると明日は玉名という場所に行きたいらしい。

 熊本駅から北東の場所という。そこに何があるのだろうか?

 不安と楽しみがないまぜになる。

 朝の9時くらいにはチェックアウトできたらいいね。と言いながら朝美ちゃんは自分のカプセルベッドに入っていった。めちゃくちゃな旅だが、無理して早起きしないというのはありがたい。いろいろ歩いて今日は疲れたのでなるべく休みたいモノである。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 カプセルホテルの利点は安いこと。これにつきるだろう。

 逆に欠点は人を選ぶこと。

 神経質な人は絶対に進められない。

 しきりがあるとはいえ、見知らぬ人と同室で寝るのである。盗難のおそれがあるので貴重品は絶対に持ち込み禁止だし、鍵を盗られないように最低限の自衛が必要だ。

 そして、それ以上に問題なのは騒音問題だ。

「前に福岡でカプセルに泊まったことがあるんだけどいびきがうるさくてさー。なかなか眠れなかったよ」と朝美ちゃんはフロントで無料配布していた耳栓を私に差し出した。

 そんなものか。と思ったが、現在隣でテレビの音が絶賛安眠妨害中である。

 10時だからなのか、イヤホンもなしに大音量でテレビを聞いている人間がいるらしい。

 イヤホンジャックはあるものの、イヤホンの貸し出しはしてないようだ。

 仕方がないので耳栓をする。

 しかしバラエティ番組の笑い声はしっかりと聞こえてくる。


 うるさい。


 自分で止めることのできない騒音ほどやっかいなモノはない。だがどうやって止めてもらえばいいのだと言うのだ。

 たった一人の迷惑な客がいるだけで地獄と化す。これがカプセルホテルの欠点なのだろう。

 意を決して注意するか?ホテルの人に注意してもらうか?そんなことを考えていると、騒音が二倍になった。

 このうるさい中、同じように大音量でテレビを付けた人がいるらしい。なんて非常識な奴なのだろう。

 内容はJ○JOの奇妙な冒険第三部、アヌビ○神との対決シーンらしい。

 さすが熊本。チャンネルが3つしかない大分と違ってアニメも豊富なようだ(後で調べたら有料アニメチャンネルが入っていただけだったらしい。つくづく良い趣味のホテルである)

 懐かしくて私も、音量を下げた状態でテレビを付けた。

 すると、他の客のアニメの方の音量が小さくなった。

 しばらくすると再び音量が大きくなる。

 しばらくして小さくなる。

 これを4度ほど繰り返すと、バラエティ番組の方の音声も小さくなった。


 なるほど、こういった注意の仕方もあるのか。


 まあ今回は相手も他人の迷惑が分かる人間だったので良かったが、意地になるような最悪な人間だったら明日の旅行にもさしつかえただろう。

 カプセルホテルの宿泊は考えた方が良いかもしれない。

 そんなことを考えながら、耳栓の効果もあって眠気がおそってきた。

 本日購入したマンガを半分ほど読むと、手元もルームランプを消して、寒さ対策のマフラーと靴下を付けたまま眠りに入った。

 空調は入っているが細かい調整は自分でする。寝床に入る前に朝美ちゃんに教えてもらった注意事項である。

 時計が12時を指す前あたりになってから意識は薄くなりやがて私は眠りについた。

 突然の行く先変更に全く知らない土地の観光。

 いろいろありすぎて未だに頭の中はぐちゃぐちゃだが取り敢えず本日の旅はこれで終わった。

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