第11話 熊本の夜。

 前回までのあらすじ(予定)

 祭りでホテルの宿が取れませんでしたが、カプセルホテルが無事取れました。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「いやー、一時はどうなるかと思ったけど無事宿がとれてよかったねー」

「誰のせいだと思ってるんだコノヤロー(ほんとほんと。部屋が見つからなかったのも終わってみたら笑い話よねー)」

 荷物をロッカーに入れた私たちは身軽になって、熊本の町に繰り出した。

 ああ、重い荷物を担がずに歩けるって何て素晴らしいんだろう。

 余りの快適さにスキップしたくなる。

 ついでに熊本県酒造研究所の香露という酒も買ってみた。

 こちらは辛口の酒で少し癖がある。だが水が良いのか飲みやすい。

 

 地元の酒をラッパ飲みしながらアーケード街を闊歩する。


 旅先でないとなかなかできない体験である。

「由布市にはアーケードがないからねー」

 うん。庄内神楽の会場だとふつうにみんな酒飲んでるけど、アーケードはないんだよね…。さみしいなぁ。

 そう思いながら、もうひと口、酒を飲んでいると

「うわー酒飲みだー!」

 と法被を着た男性がはやし立てる。

 

 はっはっは、たかが小瓶で大げさだなぁ。


 まあ、祭りの雰囲気を盛り上げようと言うその心意気はかうけどね。

「あのね由布ちゃん。720mlの瓶は小瓶じゃなくて中瓶っていうんだよ。あとそれ日本酒は日本酒でも度数の強い原酒だから。地元民だから強い酒ってわかったんだと思うよ」

 え?中瓶は1升(1.8リットル)で、大瓶って4リットル(大五郎クラス)でしょ?

 そんな風土の違いを感じながら、上通りを通り過ぎていく祭りの一団を眺める。

 紅白のきらびやかな法被を着た男衆。たしかに今日来なければ見れない景色である。

 宿が取れてなかった時は太鼓や鐘の音も、夏の蝉の声のように耳障りに感じたが、宿が取れた今にして見れば壮観である。

 うん。今日来て正解だった。


 4日限りの狂乱をながめていると、私の後ろでビールを飲んでいた朝美ちゃんに思わぬ声がかかった。ナンパか?と思ったら


「あー、君ちょっといいかね?」


 と熊本県警の方々に補導…もとい職質されていたのだが、見えなかった事にする。

 お祭りだから羽目を外さない様におまわりさんも巡回しているようだ。

 上通りでは他にも地元の補導員の方が、道路にはみ出した看板の移動や呼び込みの防止などを行っている。

 夜でも上通りの治安は結構しっかりしているのだ。

「ちがうんです~。こう見えても私、成人してます~」

 ビール缶を片手に持ち必死に抗議する、見た目「少女」の朝美ちゃん。

 見るからに犯罪的な絵づらである。

 官能的な意味ではなくて、未成年の飲酒的な意味で。


 ああ、別府じゃないから朝美ちゃんみたら未成年が飲酒してるようにしか見えないよなぁ。

 と思いながら楽しげに眺めていたが、何を思ったのか彼女は私に向かって「ママー!助けてー!」とか血迷った妄言を吐き始めたので慌てて訂正させた。

 なんて事を言い出すのだ。この幼女は。


「ふう、酷い目にあったよ」


 一騒動の後で小腹がすいたので軽食でもたべようかという話になった。

 この上通りには居酒屋から郷土料理、はてはジンギスカン焼き肉に串あげの店などバラエティに富んだ店がある。

 しかし胃袋は一つしかない。あまり胃にもたれず、手軽に食べられる変わったお店を探してみることにした。

 メインの通りは有名チェーンや酒中心の店が多いので、少しわき道に入る事にした。祭りの御輿についていって、少しいかがわしそうなクラブがありそうな店の手前まできた。どうやらこれ以上進むのは危なそうだ。

 ここから引き返して店を探してみる。

「意外とこういう道の方が隠れた名店があるかもしれないね」と朝美ちゃんが言う。

 それはどうだろう?

 すると店の前に値段とメニューが出ていない一軒の洋食屋を見つけた。

 白地に黒色で洋食処と書かれた、揺るぎ無い安定感と、美味しいモノを出しますよオーラが全開のお店である。

 この商店街で10年以上は続いてそうなお店だ。

「ここ、よさそうだね。いかにもわかる人だけ分かればいい。って感じで」

 朝美ちゃんが言う。

 メニューも値段も出さないと言うのは、知っている人間だけ来ればいいという自信の現れだろうか?


 ちなみに上通りは無料でWi-Fiが使える。

 しかも無料Wi-Fiはあっても回線につながらない役立たずの大分市や別府市と違い、すごく良くつながる。

 大分だと電波は立ってもツイッターは使えないし、検索すらできない時がある。特に宗麟公祭りの時は、何度も回線が切れて最悪だった。


 それに比べると熊本は非常に便利な町である。

 由布市にも欲しいくらいである。

 回線を一本をくれないだろうか?

 湯布院以外大型の商店街が存在しないけど。

 あ、ちょっと涙でてきた。


 話がそれた。


 なのでこの店について検索してみると、確かにとても美味しいお店らしい。ただしお値段が平均価格5000円くらいらしいけど。

 その旨を告げると朝美ちゃん「冗談じゃないよ!」と言い「次いこう!次!」と歩き出す。

 いくら美味しくても本10冊分まで料金を出す気は、我々にはない。

 5000円の古書には気前良く金を出せても、宴会は大分のファミレス ジョイフルが限界なのだ。


 この旅に豪華グルメの要素はない。


 次にテレビでスポーツ観戦できそうなお店を見つけた。

 洋風のパブって感じのお店だ。体の大きな外国人がジョッキ片手にガハハ!と笑いながら豪快に酒を飲んでそうなバイキング風のお店である。

 こうした店は行ったことがない。

「へー、外国のサッカー観戦でこんなお店とかテレビで写ってたよねー!」

 朝美ちゃんが興奮したように言う。

 ここはお店に扉が無く、店内にいながらオープンカフェにいるようなお店である。

 大分にもこうした店はあることはあるが、どうしても居酒屋の外という土着民らしいイメージの酒場しかない。

 めちゃくちゃ和風というか土田舎の酒場である。

 こうした洗練されたおしゃれな店では決してない。

 なので記念に入ろうかと思ったのだが

「あ、ここ九州歴史研究会の会長が行ってるよ!」

 とお店の評価をみた朝美ちゃんが言う。

 へー。じゃあ美味しいのかな?

「星一つで酷評してるよ」

「だめじゃん」

 曰く、メニューで600円のビールを指さしたら900円のビールを持ってきた。

 曰く、おひとり様なのに二人分の量を勝手に持ってきた。

 曰く、ビールがまずい。

 曰く、「詐欺じゃないの!」

 おおらかな雰囲気でふんだくろうとはふてぇ店である。


 それからいくつかお店を見たが

 大分にはないサイゼリアやサンマルクというお店に心引かれながら、せっかくだからもう少し熊本らしいモノを。と粘りに粘り、商店街の端まで来て、もう一度端まで歩いてさんざん悩み抜いた結果、結局むらさきやという熊本ラーメンの店に行き着いた。

 昼もラーメン。夜もラーメン。最悪の旅行記である。


 でもおいしいんだものラーメン。

 ラーメンに罪はないよね。いいよねラーメン。


「ピザラーメンってどんなラーメンなんだろうね」

 どうせ食べるなら色物でも印象に残るモノが食べたい。そう思って入ったのだが、どうも酒が回りすぎたようである。

 胃がこれ以上の冒険は無理だと泣き言を言い出したので、ふつうのラーメンを頼む。

「個室じゃないから、おなかは壊したくないもんねー」

 そう言いながら朝美ちゃんは益荒男らしくピザラーメンを注文した。

 豚骨醤油の熊本ラーメン。2食目だが飽きはこない。

 先ほどの花桂よりも味付けが濃いラーメンである。

 ただし、今は荷物を持たない軽装状態。

 胃の活発さは昼より上である。

「ピザラーメン、色物かと思ったけど結構美味しいよ。というかラーメンにチーズの組み合わせって合うよ!」

 と隣で朝美ちゃんが絶賛している。

 うん、ベースはにているけど別のお店だけあって特色がでている。これなら毎食熊本ラーメンでもいいくらいだ。

「由布ちゃん二週間カレーでも文句言わないもんね」

 人を味音痴みたいに言わないでもらえるだろうか。美味しいじゃないかカレー。

 そんな雑談をしつつ、豚骨油と細麺の芸術をすすりこみ、気がつけば完食してしまっていた。


 このあと地下にあるゲームセンターでダライアスの最新作をやって、電車でGOして宿に帰った。

 充実した夜遊びである。夜にゲーセンで遊ぶとか、実家近くのゲーセンがつぶれてから何年ぶりだろう。

「基本的にゲーム!古本屋!アニメショップ!だもんね由布ちゃんの旅」

 だ っ て し ょ う が な い じ ゃ な い 好 き な ん だ か ら。


 服に金を出すくらいなら蔵書に金を出したいし、飲み屋で金を使うくらいならゲームセンターで遊んだ方が楽しいのだ。

「ここまで偏った旅行記ってないだろうね」という言葉は無視する。

 宿に帰ると、この旅で偶然みつけたスケッチブック最終巻をツイッターにあげ、戦利品に目を通しながら風呂へ入る準備をする。


 え?夜景?


 周りのビルがじゃまで見えなかったしイルミネーションはあんまり多くないというのが熊本の感想だ。

 質実剛健。

 熊本城はライトアップされてるらしいが、歩き疲れたのでさすがにパスである。


 …などと書いてはみたが、実際の所疲れたのと宿でネットニュースをみるのに夢中でそこまで気が回らなかったというのが本当の話である。

「何しに来たんだろうねー。私たち?」

 熊本の古本と本屋のチェック?

「もう少し観光にも目を向けようよ…」

 あきれたように朝美ちゃんが言う。

 自分が楽しければいいんだよ。旅なんてモノは。

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