第6話 熊本市街地に入城
「水前寺公園、楽しかったねー」
うん、実に貴重な体験ができた。これは京都の建物をわざわざ九州に持ってきた、熊本でしか出来ない事だろう。
朝美ちゃんの気まぐれに感謝である。
なお旅行後に知ったが水前寺公園の東に夏目漱石の旧宅があったらしい。また南側には水前寺江津湖公園という50万平方メートルの湖もあったという。時間に余裕があったし行っておけば良かったと後で悔やんだ。
この次は夏目漱石とラフカディオ=ハーンこと小泉八雲の旧宅に行くために熊本城の近くまで行く事にした。
公園から城までは2km以上離れているので路面電車でゆったりいこう。
実はこの熊本という町、関東の小田原城のように城下一体となった城だったらしい。つまり、これから通過する白川を越えれば城に入ったも同然なのだと城マニアの会員に聞いた事がある。
「熊本市街地は川を越えただけで入城したことになるんだね」
うん。文書でないと分かりにくいネタをありがとう。
しばらく待っていると信号の先から市電がくるのが見える。なんともおだやかで、のどかな光景だ。
ところが重大な事に気がついた。
目の前の車内には人がたっぷりと詰まっており乗車できる隙間が無い。
無料だからお客さんが多くて市電に乗れないのだ。
「ありゃりゃ…」
ギュウギュウ詰めの電車内に人間が入れる余裕はない。
結局3本待って乗れた。時間はすでに2時半。これはもう熊本城しか行けそうにない。
非常に便利だけど非常に不便な日だった事を記しておく。
「バスも運行先って地元人が熟知してるし、余所者は不利よねー。まあ100年に一回の珍しい経験できてよかったねー」
こいつぶっとばしてやろうかと思ったのは内緒だ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「あれ?馬がトラックに乗ってるよ?」
と言い出したのは2本目の市電が満員で乗れなかった後のことだ。
肥後馬追と書かれた垂れ幕に立派な装飾をつけた大きな馬が2tトラックの上に乗っている。ついでに馬が暴れないように3人ほど法被を着た人間が乗っていた。法律的にOKなのか、あれ。
「お祭りでもやってるのかなー、今日」
バス会社の創業記念で呼ぶにはあまりにも大がかりな存在なので、たぶん何かのお祭りなのだろう。
これが死亡フラグにつながるとは、脳味噌御花畑だった我々はこのときまだ気がつかないのであった。
3本目にしてやっと市電に乗れた我々は、人にもまれながら景色を見る。ビル街はどこも同じ景色で楽しくない。
だが、橋を越えると中央の商店街が広がり人がたくさんいる。
そして
その先には「熊本城だ!」「ホテルだ!」
それぞれの興味の先が真っ向に分かれ、朝美ちゃんがどれだけこの旅行を楽観しているのかよくわかった瞬間だった。
というわけで熊本の繁華街である中通りに到着した我々である。
そして
「由布ちゃん、ここのビジネスホテル安そうだから聞いてみよう」という無計画な友人との宿探し込みの旅行だった。
結果、大通りすべての宿が満室。
飛び込みできる所は皆無だった。
ネットでも空きが見えないしどうしたものだろうか?
隣では電話で
「え?○○ホテルではなく××ホテル?あ、宿はやってるんですか?今日二人分あいてます?え?一人一万円?じゃあやめときます」とか言っている朝美ちゃんがいる。
何でホテルの名前を間違えてるの?
「いやー、このガイドブックで安そうな宿を探したんだけど、かけたら名前が違ってたの?」
宿名を間違えるとはなんてひどいガイドブックなのだろう。文句を言ってやろうと思ったら、
「これ5年前のガイドブックじゃないの!」
表紙を見て仰天した。
5年で所有者が変わるホテルというか日本の景気も問題だが、ここまで古いガイドを持ってくる方も持ってくる方だ。情報のアップデートくらいしようよ。
それにしてもビジネスホテルで一万越えとは高い。
どれだけ足下見てるんだろう。
「なんかね、今日はお祭りでお客さんが多いから空きがありませんってほかのホテルで言われたの」
それが原因じゃないのかなぁ。
みれば先ほどの馬を先頭に若い衆10人くらいが固まって町を練り歩いている。そして寄付金を出したらしい店先の前で盛大に太鼓をたたき踊りを踊っている。
別の所では太鼓の音を中心に数人の集団が踊りを踊る。町中大騒ぎのお祭り騒ぎが催されている。
後で知ったが4日かけて行われる熊本でもっとも大きなお祭りらしい。
大分でもラグビーワールドカップが開催されて宿が品薄にんるのでふつうのホテルでも4万円請求するところがでたとかで話題になったけど、祭りの日と土曜日(次が日曜なので泊まり客が多い)の時は宿代が高いのである。
いや、高いだけなら良いが、物理的に泊まる空きが無いことすらある。
なんでよりによってこの日に旅行に来てしまったのか?
この世のすべての不運を引き当てたような朝美ちゃんを見る。
「うわー!お祭りだって!すごい日に来たね!ラッキーだね!」と笑っていた。
……うん。まあラッキー。
そうだね。ポジティブに捕らえよう。
心の奥底に芽生える殺意というか、暴力的ななにかを見なかった事にして、町を練り歩くことにした。
「なにはともあれ、熊本城だよ」
そういうと朝美ちゃんは通町筋とかかれた大通りを直進していく。
すると立派な城壁にブルーシートが張られた城の姿が見えた。
ガイドによると城の入り口の反対側にある熊本城稲荷神社、熊本神社に着いたらしい。
景気のよい垂れ幕の近くに地図があったので見てみると
「よみがえる熊本城?復興見学ルート?」
どうやら地震で倒壊した城はまだ復興途中らしく本丸及び城の大部分には入れないらしい。(2019年9月の話です)
残念である。
「でも、逆に言えばこれって今しか見られない風景だよね」そうだ、せっかくきたのだし見ずに帰る選択はない。
私は神社に設置された「知恵の輪くぐり」と書かれた直径2mの荒縄でつくられた大型のわっかをくぐって、神主さんの服の上から顔を出す観光用立て看板で写真を撮られながら熊本城を満喫する事にした。
「由布ちゃんって無表情だけどすっごくノリはいいよね」
そう言いながら朝美ちゃんも水みくじ、というものを買っていた。水に漬けると運勢が分かるという大分では見かけないおみくじだ。
まあノリと刹那的な快楽だけで生きているような転がる石のような人生の我々である。
せっかくの観光地を見ずに行くという選択肢はない。
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