第5話 水前寺公園と100周年記念 市電無料の日
「せっかくだし水前寺公園って所に行ってみようか?」
と朝美ちゃんが言い出したのは電車の切符を買う前だった。
江戸時代の歴史はあまり興味がないので詳しくは知らないが、肥後熊本の大名細川氏が作った庭園で、湖に神社などがある公園らしい。
時間は12時40分。
運動してないためか、そこまでおなかも空いてない。
それに熊本にはもう二度と来ることがないかもしれないのでOKした。
熊本城2時間で夏目漱石旧宅と小泉八雲は30分ずつ、商店街は5時以降に回っても良い気がしたのだ。
なので新水前寺公園前で電車を降りた。水前寺駅ではなく一つ後の新水前寺駅である。ここから降りれば市電に乗っていけるらしい。ところが
「え、なにこれ?」
駅を降りるとすごい人だかりだ。
イベントでもあるのだろうかと思うほどの人が並んでいる。
それはもう、200人を越える人間による縦列であり、なんであの田舎っぽい大津から7駅しか離れていない駅でここまで人だかりができているのか?と聞きたくなるほどの大行列だった。
「えーと…市電とバスの会社ができて百周年を記念して、今日だけ市電とバスが無料なんだってー」
え?なにそのご都合主義な展開は?(史実です)
どうやら熊本交通バス百周年記念にあわせてすごく立派なサクラマチというビルを建設し、その除幕式が今日あったそうだ。
そこで『バスがいかに便利か市民の人に認識してもらうため』に本日はバスと市電が無料らしい。
大分でもマイカーではなくバスなら渋滞も減るだろうが、料金が高い(私の住む団地だと町まで片道400円以上かかる)し本数も少ないのでむずかしいだろう。町の近くにすんでるなら便利なんだろうけどね。
並んでいるのは熊本城行きの方面で水前寺行きはすいていた。
「というわけで市電に一駅乗った方が便利みたいだし乗ってみよう」
ということでお言葉に甘え無料で乗らせてもらった。
普段なら一回170円かかるのが無料。大きな道路の中を線路にのって走る優雅な乗り物だ。一時間に数本も走るようだし渋滞ともほぼ無縁。
「便利だねー、本数も多そうだし」と言う朝美ちゃんに対し
「大分にもほしいね。これ」
と思わず足利義満みたいな事を言ってしまった。
(今考えると通常時は水前寺駅から歩いて公園まで行って帰りに乗った方が財布的には優しい気がする)
そんなやくたいもない事をはなしていると市電の水前寺公園乗り場に着いた。
道路のど真ん中にある停留所を降りると、小さな看板が見える。これにそって歩き出す。
風情のある石橋が現れる。
明治か大正に作られたと思われる
そして公園の前には風情のある土産物屋に名物料理の店がある。
「そういえばおなかすいたね」
言われてみればそうである。昼を過ぎてるのにお菓子しか食べてない。
じゃあなにか熊本らしいものをと思ったがレストランだとピンとこない。
「あ、いきなり団子があるよ!」
熊本名物いきなり団子。
サツマイモとあんこをくっつけて皮で包んだものである。いきなりの客をもてなすという由来があるとかないとか言われる名物菓子だ。
大分の今市でも購入できる場所があるが、本場ものは食べたことがない。
値段も110円と安い。これだけだと申し訳ないので、むらさきいも団子というのもセットで頼んでみようか。90円だし。
「二つお店があるけどどっちにしようか?」
一つは店員が店の中で雑談してる落ち着いた感じの店。もう一つは店員が外で呼び込みしてる、表看板がにぎやかな店である。
わざわざ呼び込みをしなくても良いほど味に自信があると見るか、商売熱心でお客さんを大事にしている店とみるか、まあ店員さんの感じが良くみえる店に決めよう。
「すいません、いきなり団子と紫団子2こずつください。ここですぐ食べるので包装は不要です」と500円玉を出す。
「ああ、ありがとうございます」
としわくちゃの顔に笑顔を浮かべた女性の店員さんが、包装された団子4つを盆に載せて「よろしければお茶をどうぞ」とお茶までだしてくれたので礼とともに食すことにする。
店前のテーブルに商品を運んで座る。
昔っぽい商店街の中で食べると時代劇のワンシーンみたいだ。
ほかに客がいないので落ち着いて食える。
「うわー贅沢に甘いね」
朝美ちゃんが団子を口にほおばりながら言った。
いきなり団子は弾力のある皮の中に上品な甘いあんこが詰まっている。その上、あんこに負けない程の甘さを誇るサツマイモの堅さが良いアクセントになっている。
これにお茶を飲んで口の甘みを流すのが実に良い。
「おいしいね、これ」
と朝美ちゃんが簡潔に感想をもらす。
うん、これはおいしい。
むらさきいも団子もおいしいのだが、いきなり団子の方がインパクトがある。
輪切りにしたサツマイモの上にアンコがのった団子である。
とても食べごたえもあるし、豪快な組み合わせが実に肥後らしい。
ただ、一つだけ問題がある。
「……これだけでおなかいっぱいになったね」
「……うん、そうだね」
がっつり食べられるこの団子、か弱い女性の胃袋では二つ食べればお腹一杯となるのだ。
旅行中の緊張で食欲がわかないとはいえ、グルメレポートができないのが痛い。
どんなにお金を出しても、胃袋は換えがきかないのだ。
ほかのお店に別れを告げて、いざ水前寺へと我々は行くことにした。
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水前寺公園は正式名称水前寺成趣味園。東海道53次を模して作られたという、湖を一周して眺める回遊式庭園である。
入場料金400円。
庭を見るには少し高いお値段だが3000円と2時間半かけてきた土地である。贅沢にお金を使わなくては損である。
券売機で券を購入して中に入れば、昭和時代と思われるかき氷とおもちゃを併売する土産物屋がある。
「いや、せっかくだし目の前の湖見ようよ」
と朝美ちゃんからもっともなツッコミが入るが、この令和のご時世に昭和時代の風情を残したうえに昭和時代っぽい忍者刀やキーホルダーまで販売してるんだよ?
ある意味、天然記念物みたいな珍しい光景を見ずにただ観光地だけ見るという法があるだろうか?いや、ない(反語)
「はいはい、見ても買わないんだから、時間がもったいないよ、次行こう次」
そう言われて引きずられた。解せぬ。
「ほら、あれが富士山を模した築山だよ」と言われた先には形の良い緑の岡がある。手入れされた松に湖に写る逆さ富士は確かに絶景なのだろう。
順路の途中にある橋は日本橋の見立てかもしれないし、それを枝分かれした別ルートの丘に登る道で高所から見下ろせるというつくりなのも、風流人で千利休の弟子七哲といわれた細川忠興肥後藩主のお手並みとしてはすばらしい事もわかる。
「あそこに神社とか細川幽斎と忠興の像があるよ」
うん、すごいね。
ただ、よく考えたら私は戦国時代の九州史と夏目漱石にしか興味が無いのを忘れてたわ。
この公園の景色がどこをモデルにしてるかだいたいわかるし、江戸時代の能楽堂が戦火に焼かれず残っていたのもどれほど貴重ですごいのかわかるけど、
私としては、この販売中止の張り紙をされたまま一年ほど放置されているっぽい記念コインの販売機の方が興味深い
「ちょっと、何ピックアップしてるの?!」
だって記念コインの券売機だよ?
ただ置いとくだけで収入が見込める、電気代以外経費のかからない観光資源が修理もされずに放置されているのである。
どれだけ売れてなかったのだろうと考えると非常に興味深い。
「やめなよ!とんでも無い風評被害だよ!」
おまけに能楽堂の隣には閉業した旅館らしきものが残っている。大木をきりだしたであろう一枚板を贅沢に使ったテーブルが起きっぱなしになっているのは、再び再会するという意志の名残だろうか?
昭和のレジャー文化華やかかりしころは、ここで泊まったり社内旅行客が宴会とかしていたのだろう。
それが平成不況とビジネスホテルの台頭。あと町中のいかがわしいお店から離れているという点から客離れが進み、撤去費用もないからそのまま残されているのではないだろうか?
この古き良き、華やかだった時代の残滓というものに消えていくもののあはれというかたまらない切なさを感じるのだ。
「感じないでよ!そこはもう少し配慮しようよ!」
配慮と言えば湖の鯉にお金を出して餌をあげるという文化もいつまで残るのだろうか?
有料で施設の見せ物に食料を供給するという制度はお子さま向けのアトラクションだが少子化が進む昨今、ここの鯉もいつかは食糧難にあえぐことに…
ごんっ!
鋭い痛みとともに「ほら、次行くよ次」という声に引きずられ閉業した旅館を後にした。解せぬ。
まあ池の中の鯉は見事だし池にも浮島、松、荒れ島を模した岩など趣向の凝らし方が見事なのだけど、そんな事はガイドブックにも書かれているだろうし、こんな体験レポもいいんじゃないだろうか?
「よくないよ!公園の方から怒られたら即刻削除しなきゃだよ!」
朝美ちゃんがうるさいので口を塞ぐ。公園は静かにしよう。
のどかな水前寺公園も70%は周り終え、もう少しで出口となる。とその右側に古今伝授の間という一風変わった建物があった。
古今伝授とは限られた弟子に相伝される技法らしい。内容は門外不出らしいし、あまり興味ないので知らないが、この建物は味わいがある。
ここから先の風景は抹茶と共に眺める有料コンテンツなのだが、戦国時代の建物から眺める江戸時代の庭園というのは非常に味わい深いものだった。歴史上の武将や文化人が実際に立ち入ったであろう建物に、こうして今自分たちも入っている。
500年を繋ぐ貴重な建築物である。
そう考えるとここの入館料、戦国好きにとってはとても安い。
建物が大体焼けてしまった中央に対し、地方に移築された方が難を逃れたというのも皮肉な話だが、そのおかげで九州人でも都の建築物を見られるのである。
細川氏に感謝である。
この場所の価値は、こうした歴史上の人物が実際に存在した場所、という物語に価値を感じる人間にしかわからない。
下準備と文化的土壌がないと理解できない楽しみ方かもしれない。
「あれ?でもここ正式な入り口(すっごく狭くて刀を差しては入れない茶室の入り口)は閉鎖されてるんだね」
たぶん建物を傷めない為なのだろう。
建物自体は保存状態がよく500年前のものとは思えないくらいだった。
これは後に築200年ながら、ある時点で放置されていたとある邸宅を見て実感した。建物は人が住んでメンテしてこそ長持ちするのだ。
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