第4話 肥後大津駅 途中下車の旅 

「電車行っちゃったね…」


 無情にも前を通り過ぎる電車を見て、次の便が来る20分の間に駅周辺を散策する事にした。

 熊本名物の菓子でもあれば買い食いしようという訳だ。

「あ!ステーキ屋さんがあるよ!」

 うん。それどこにでもあるじゃない。

「あ!駅前のスナックが潰れてる!」

 うわ、貸店舗の紙が日焼けして大変な事になっている。

 入り口の白いタイルもはげ落ちているし、数年は店が入った形跡が無い。

 ここの景気は悪いのだろうか?

 100m歩いた大通りの左手、東がわにはリサイクルショップの看板があるが少し遠いので電車に間に合わない。

 そこで潰れたスナックの前にある中型ショッピングモール、イおンに入ってみた。

 田舎のお店らしくお客さんはそこそこで、テナントで入っている本屋も立ち読み客もあまりいない。

「なにもないねー」

 と隣で失礼な事を言う同行者がいたが概ね同意する。


 ただ、こうした自分の知らない土地で知らない人たちの営みがどうなっているのかというのを見るのはそれほど嫌いじゃない。むしろ大好きだ。

 人が多い場所では人間一人一人の人生なんて考えるのもばからしくなってくるが、こうした場所で見る他人というのは格別だ。彼らにとっては日常でも遠方から来た自分にとっては異邦の土地の生活に等しい。


 生鮮食品売り場の隣に婦人服のコーナーがあったり、元々マ○ドナルドがはいっていたらしき空間が撤退してゲームコーナーとなっているにも関わらず、少子化で遊ぶ子供もおらず終日無人の空間と化しているもの悲しさはここでも共通なようだし、テナントとして独立した服や兼クリーニング屋さんは「ここのお店はどうやって生活しているのだろう?」と感じるくらいお客さんがいない。


 県は違っても同じ九州管内、人間の生活はそうそう変わらないのだ。


「なんかもの凄く失礼な感慨に浸ってない?」

 と朝美ちゃんが言う。

 なんてヒドい言いがかりだろう。

 失礼な感想というのは2019年に主力 スーパーが負債を抱えて閉店して買い物難民が増えることが決定した○○町の光景を見たとき(さすがに土地名公表は自重する)の感想を言うのだ。ここはまだそこまでヒドくない。


 遅い昼ご飯を買いに来た老齢の女性たちを脇に、遊ぶ人がいないのでジュークボックスと化したクレーンゲームの音楽が雑多に鳴り響く見知らぬ地方のショッピングモール。

 これほど味わい深い存在があるだろうか?

 私が清少納言ならぜったいに、おかしきもののなかの一つにくわえているだろう。

 

 秋は田舎のショッピングモール。ようよう人が入る中、誰も遊ばぬクレーンゲームの音楽が鳴り響くこそあはれなれって書くね絶対。


「徒然草」を書いた兼行法師もこの侘びしさは絶賛するだろう。

いや、方丈記を書いた鴨長明の方が喜んで同意してくれるだろう。


「由布ちゃんてほんとうに残念な教養の持ち主だねー」

 どういう意味かしら?朝美さん。


 そんな事を言い合っていたら時間になったので我々は駅に戻った。

 おそらくここに来る事は一生ないだろう。

 来ても来なくても良かった場所で、九州の変わらない人の営みを見る。

 一度くらいはこんな経験もいいんじゃないだろうか?

 さすがに2回目はご免だが…


「でも朝美ちゃんと付き合ってたら何度もこんな目に遭いそうな気もするわね」

 そんな確信に近い感想を抱きながら私たちはもう二度と来ることも無い駅の改札を抜けた。

 部活帰りなのか大量の女子高生が弓矢を持ってホームで待っているのにびっくりしながら電車を待つのだった。

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