第2話 大分脱出バスの旅

「ところで熊本ってなにがあるの?」

 私は朝美ちゃんに尋ねる。

「復旧中だけど熊本城は定番。あと「我が輩は猫である」の夏目漱石教師時代の居宅に小泉八雲のお宅でしょ。それに付随して漱石いきつけの古本屋さんとか、あとアニメで有名な園田○一さんが跡を継いだ、朝鮮飴で有名な園田屋さん、あと大河ドラマで脚光を浴びた金栗四三ゆかりの土地とかもあるそうよ」

 見た目小学生だが記憶力の良い朝美ちゃんはすらすらと観光地を答えていく。

「…やけに詳しいけど、もしかして博多に行った次の日に熊本行こうとか思って無かった?」

「うん、だまし討ちで誘おうと思ってた」

「少しは悪びれてくれる?」

 あっさりと白状する朝美ちゃん。

 どれだけタイトな旅行を予定していたのだろう。この女は。

「だけど博多に行けなかったのだから、これは熊本にいけという神の思し召しだね」

「ふつう神任せって、もっと細かい部分でやるのだとおもうけど…」

 任された神様も迷惑じゃないだろうか?

「大丈夫大丈夫。この旅行、最初から最後まで行き当たりばったりで気が向いたら佐世保(長崎)の艦隊これコラボまで行く予定も視野に入れてるから」

 それは全然、大丈夫と言わない。


 大野川合戦祭りで有名な戸次(へつぎ)での数人の乗車を最後に、バスは熊本へと行くらしい。

 バス乗り場で使用できる無料Wi-Fiを利用してネットをしている朝美ちゃん情報だ。

「へー、もともとこのバスは高速道路を使ってたけど、大雨災害でふつうの道路に路線変更したから3時間かかるんだー」


「なんでバスに乗ってから、乗っているバスについて調べているのか意味が分からない…」


 彼女の持っているスマホは飾りなのだろうか?

「ほら、私って夏休みの宿題は9月2日にやるタイプだから」

 せめて8月31日にやれ。先生が泣いてたよ。

「だったら電車の方が良いんじゃないの?」

「電車は鈍行ばかりだし、阿蘇で線路自体が通行止めになってるみたいねー」

 2016年4月16日に起こった大地震がいまだに祟るってどんだけ酷い災害だったのだろう。

「なんかねー、日田の方もそうだけど採算が取れないからBTOっていうの?線路の壊れた部分はバスで行ってくれって言われてるみたい。それがイヤなら予算出してって」

 せちがらいなー。

 そんな話をしてたら左手、つまり南方に広大な平原と巨大な山脈が広がっていた。


「あー、豊後大野市に着いたねー」


 ここは旧名大野郡、地名の由来は単純に大きな野原からついた土地らしい。

 朝美ちゃんによると、角川の地名辞典で調べたことがあるのでまちがいないという。

 ………その調査力を何故バスの予約などに費やせないのだろうか…?

「平安時代の風土記には大野郡って名前だったんだけど、現在の行政だと、市の名前は重複してはいけないってルールがあるから頭に豊後を付けてるんだよー。国東の豊後高田市も同じ理由だねー」

 聞いてよ人の話。

 ちなみに大野という地名は全国各地にあるが、現在なにもつかない無印の大野市は福井県にあるらしい。

 福井県大野市。ほかには大野町になるか旧国名を頭につけるらしい。


「でも、昭和時代はもともと5つの町だったのが合併したから、未だに住民は朝地町とか犬飼町とか旧町名で呼んでる人が多いのよねー」

 だめじゃん。


 そんな話をしているとバスは竹田市に入った。

「竹田は山が多いからトンネルだらけで別名レンコンの町とも言われているのー」

 作曲家、滝廉太郎が幼少を過ごした事で有名な岡城には子供の時に行った事がある。見上げるような天然の岡城で桜のきれいな城だった。菊人形の展示もしていたのが懐かしい。

「ちなみに、国定指定だった阿蘇溶岩流でできた崖が、このあいだの地震の影響か壁面ごと崩れてしまったり、今しか見られない風景が多いから今度一緒に観光にいこー」

 とか隣で喋っていたが、聞こえないふりをした。

 ただでさえ、最近トンネルの老朽化が激しいから、トンネルを通らずに入れるルートでないと行きたくない。


 そんな竹田を通ると、少し高台を上った先に広大な田畑が広がっていた。

 今まで岩山に囲まれていたのと比べると、まるでアンデスの高地に来たかのような見晴らしの良さにびっくりする。

 ここは菅生(すごう)という土地らしい。

 遠くに山が見えるが、周囲5kmは純粋な平野が広がっており実に開放的だ。

 しかもバスがここの道の駅に停車すると20分ほど休憩に入るという。

 すばらしい。実に粋なはからいである。

 窮屈なバスの旅に一服の清涼剤が入った気分であ「4年くらい前に長距離バスの運転手が事故を起こしてから、2時間以上の運転には休憩を入れることが義務づけられているからなんだって」


 世知辛ーい。



 せっかくの観光気分が業界の闇に押しつぶされた気がした。

 まあ確かに2時間以上の労働は拷問に近いし理にかなっているし、こうして途中下車の旅気分が味わえるのは楽しい。

 バスの外で思い切り伸びをしていると、緑青白のカラーでおなじみのコンビニからサンドイッチとお茶を持って朝美ちゃんが出てきたきた。

「休憩はもう一カ所あるけど、お手洗いが分かりにくいって熊本から来た人が言ってたから、トイレはここで済ませた方が良いらしいよ。あとコンビニもここしかないみたいだからお菓子と飲み物買っておいたよ!それと道の駅で戦国時代の干し飯(ほしいい)が季節によっては売ってるんだって!珍しいから買ったら売店のおばちゃんが教えてくれたんだ!」


 ………だから………何でその調査力を出発前に使えないんですか………

 私は貴重な食料を受け取りながら、8年来の友人の肩をがっしり掴んでそう言った。

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