第六章・ハッピー・バースデー(その4)

 潮音たちが暁子の家に着くと、暁子の母親の久美が笑顔を浮べながら、玄関で一同を出迎えた。


「いらっしゃい。準備できてるわよ」


 潮音たちが居間に通されると、暁子の家の居間は飾りつけがなされ、テーブルの上にはサンドイッチやジュースなどの料理が並べられていた。暁子は居間の中で、いつもよりもおしゃれな装いをして気恥ずかしそうに佇んでいたが、暁子はまず玲花の、中学生の頃とは一変したギャルっぽい姿を見て驚きの声をあげた。


「これが尾上さん? 中学の頃とは全然違うじゃん」


「そんなに変かな。私は高校入ったのを機に自分のイメージ変えたかっただけやけど」


 しかし暁子は、玲花の明るく快活そうな様子がとりわけ気になっているようだった。潮音は暁子が玲花を前にして、やや気づまりな表情を浮べて口ごもるのが気になっていた。


 そこで優菜が声をあげた。


「今日は栄介ちゃんはおらへんの?」


 それに対して暁子は、ややため息混じりに答えた。


「栄介は友達と遊ぶ約束があるとか言って出かけたけど…なんか女の子ばっかりいる所に出るのは照れくさいんじゃないかな」


「そんなに気い使わんでもええのに。昔は栄介ちゃんも一緒にアッコの誕生日パーティーに出ながらニコニコしとったやん」


 優菜はやれやれとでも言いたげな表情をしたが、潮音は自分自身も少し前までは男の子だっただけに、むしろ栄介の気持ちもわかるような気がした。


「昔は栄介ともよく一緒に遊んだのにな」


「栄介は口にこそ出さないけれども…あんたのことをどこかお兄ちゃんのように思って頼りにしていたのかもしれないね」


 暁子に言われて、潮音はやや困惑の色を浮べた。


「そのオレが女になってしまって…やはり栄介はどう接していいかわかんなくて戸惑っているのかな」


 潮音がやや沈みがちになったのを見て、暁子はあわてて場を取りつくろおうとした。


「だからそんなこと気にしないでよ。せっかくの誕生日パーティーなんだから、今日一日はみんなで明るくパーッと楽しめばいいじゃん。栄介だってあんたのことを避けてなんかいないよ」


 暁子に強い口調で言われて、ようやく潮音は気を取り直した。


 ちょうどそのとき、インターホンが鳴ったので暁子が出迎えると、玄関のドアの前には峰山紫と天野美鈴の姿があった。美鈴はTシャツに薄手のパーカー、ハーフパンツというラフな恰好をしており、ワンピースでシックに装った紫とは対照的だった。


「天野さんって私服のときはいつもそんなかっこしてるの?」


 潮音に尋ねられると、美鈴はいささかむっとしたような表情で答えた。


「悪い? 峰山さんみたいなフリフリヒラヒラしたかっこってどないも苦手でさ。私服のときはこればかりで、スカートかて全然持ってへんし」


「私だって似たようなものだよ。今日は暁子の誕生日だから特別だけどね」


 潮音が答えると、美鈴も潮音をなだめた。


「でもそのかっこ、藤坂さんにはよう似合っとるよ。藤坂さんも変に気後れせんと、自分のしたいかっこすればええのに」


 照れくさそうにしている潮音を横目に、暁子は玲花を紫と美鈴に紹介した。紫は玲花のギャルっぽい装いが少々気になっているようだった。


「尾上さんの話は藤坂さんから聞いているわよ。藤坂さんや石川さんの中学校のときの友達で、今は南稜に通ってるんだってね。南稜はスポーツも盛んだけど、進学コースもめきめきと進学の実績をあげてるみたいじゃない。でも南稜って制服がないって聞いたけど、いつもみんなそんなかっこで学校に行ってるの?」


 それに対して、玲花もお嬢様然とした紫の様子が気になっているようだった。


「峰山さんといったっけ…顔もお人形さんみたいやし、服の着こなしといい柔らかな物腰といい、さすが松風のお嬢様って感じの子やな。こんな子中学にもおらんかったわ。でもうちら南稜はいくら校風が自由やからといって、いつもチャラチャラしたかっこばかりしてへんよ。進学コースは勉強かてきついし」


 紫と玲花の間にどこか気まずい空気が流れたので、潮音はびくりとした。しかしここは、暁子が二人をなんとかして今のパーティー会場に連れて行くことで場を取り持った。


 一同が居間のテーブルにつくと、潮音は気恥ずかしそうに自分の焼いたケーキが入った箱を取り出した。箱の中からチーズケーキが現れたのを見て、暁子は目を丸くした。


「これ…潮音が私のために焼いてくれたの?」


「ああ。これまでお菓子なんか自分で作ったことなかったから、誕生日のケーキといってもこんなシンプルなものしかできなかったけどな」


「そんなことないよ。あたしはこうやって潮音があたしのためにケーキを焼いてくれた、それだけで十分嬉しいよ」


 そう言うときの暁子は、少し気恥ずかしそうにしていた。そのような暁子の様子を見て、そこに居合わせたみんなは笑顔を浮べて拍手をした。


 そしてケーキの上にろうそくが立てられて火がつけられ、皆で「ハッピーバースデー」の歌を歌った後で暁子がろうそくの火を吹き消した。ろうそくの火が消えると、美鈴と優菜がさっそくクラッカーのひもを引き、勢いのいい音とともにクラッカーの中から飛び出した紙吹雪が舞った。


 そしてケーキが切り分けられてそれぞれの皿の上に並べられるときには、潮音も少し不安を感じていた。無我夢中でケーキを焼いたものの、味までうまくできているかは自信が持てなかったからだった。


 ケーキを口に運ぶときには、潮音が一番緊張していた。しかしいざ潮音がケーキを口にすると、生地がふっくらと焼きあ上がっていて香ばしい味がした。


 潮音が内心で胸をなでおろしていると、さっそく暁子が声をあげた。


「潮音、初めてにしてはなかなかうまくできてるじゃん。けっこうおいしいよ」


「いや…これは姉ちゃんがちゃんとケーキの作り方を教えてくれたからだよ」


 潮音は照れくさそうな表情を崩そうとしなかった。そこで暁子は潮音に声をかけた。


「なんだったら私がほかにもお菓子の作り方いろいろ教えてあげようか? 来年の誕生日には、もっと手の込んだおしゃれなケーキが作れるようになっているかもよ。こうやってお菓子を作りたくなったら、いつでも私のところに聞きに来な」


「そりゃアッコはお菓子作るのうまいもんね。アッコのお母さんの帰りが遅いときは、栄介ちゃんの分までご飯作ることもあったりしたからかな」


 優菜が横から口をはさむと、紫が声をかけた。


「石川さんもけっこう大変だったのね」


 しかしその紫の言葉に対して、暁子は軽く首を振りながら答えた。


「…そんなことないよ。そんなこと言ったらうちのお母さんなんか仕事から帰ったらすぐに私たちの分まで料理作ったり洗濯機回したりして、もっと大変だったんだから。それに料理だって慣れたら楽しくなるよ」


 それから潮音たちは、ケーキやその他のお菓子を口にしながら、しばらくの間おしゃべりに興じた。松風女子学園の話に、玲花も興味深げに耳を傾けていたが、玲花にとっては女子校がどんなところなのかが、とりわけ気になるようだった。


 潮音は先ほどの紫と玲花の様子から、果たしてこの二人の関係がうまくいくのかと気をもんでいたが、話が盛り上がると紫と玲花がいろんな話題で親しげに話をしているのに胸をなでおろした。潮音は玲花は中学時代は成績が学年のトップクラスで頭はいいのだから、紫との話題についていけるのも当然かと思っていた。


 おしゃべりが一段落すると、暁子はさっそく人気のゲームソフトを取り出した。


「みんなでこれでもやって遊ばない?」


しかし紫は、ゲームソフトを前にして戸惑いの色を浮べていた。


「どうしたの? 峰山さん」


 暁子に尋ねられると、紫は気恥ずかしそうに答えた。


「実は私、家にこういうゲームとかなかったから…ずっとピアノやバレエばかりやってきたし」


「それだったらこの機会にやってみりゃいいじゃん」


 そう言って暁子は紫の背を押した。


 それからしばらく、皆はゲームに興じた。今までテレビゲームをやったことのなかった紫も、自らゲームはやらないまでも画面に見入っていた。潮音が中学生のときにひそかに想いを寄せていた玲花と一緒にゲームをする番になったときは、潮音はやはり心のときめきを感じずにはいられなかった。


 さらに潮音たちはテレビゲームのほかにもトランプなどのカードゲームを行ったが、そのときは陽気な美鈴が一同の盛り上げ役になった。暁子も楽しそうにしているのを見て、潮音はこのパーティーを開いて良かったと思うと、顔も自然と笑顔になっていた。

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