第四章・インビテーション(その6)

 そしてとうとう、紫の家でパーティーが開かれる日曜日が来た。紫のような金持ちの家で開催されるパーティーということもあって、綾乃は潮音のためにわざわざ、自分の持っていたよそ行きのシックなワンピースまで用意していた。潮音は内心ではやれやれと思ったものの、そのような服を着ることに対して、以前ほど気恥ずかしさを感じることはなくなっていた。


 潮音は身だしなみを整え、綾乃に髪をセットされたり頬に化粧を施されたりする間、心の中ではむしろ愛里紗のことを気にかけていた。愛里紗はたしかにパーティーに行くとは言ったし、潮音が前もって愛里紗もパーティーに参加することを紫に伝えたときには、紫も微笑んでそれを受け入れはしたものの、果たして本当に来てくれるのか、もし来たとしても、そこで周囲とトラブルを起こさずにきちんとやれるのか…そのように考えると、潮音の心の中には懸念ばかりが積もっていった。


 身支度が済むと、潮音の姿はフォーマルなワンピースで装った可憐な少女の姿に一変していた。しかし潮音も玄関に行くと、さすがにどのような靴を履くのかと少し緊張した。


「あの…やはり足が痛くなるような靴とか履かなきゃいけないの」


 綾乃は心配がる潮音をなだめるように言った。


「あんたはまだ高校生でしょ? そこまでする必要はないわ。これなんかどうかしら」


 そこで綾乃は、ローヒールのパンプスを潮音に示した。潮音はこれなら大丈夫そうだと思ってパンプスに両足を入れると、そのまま隣の家に暁子を迎えに行った。暁子もおしゃれなドレスに身を包んでいたが、気恥ずかしそうにしている様子がありありと見てとれた。


「あの…変じゃないかな?」


 不安げな表情を浮かべた暁子を、潮音はそっと慰めた。


「そんなことないって。暁子はそういうかっこも十分似合っているよ」


「お世辞言ってくれなくてもいいよ。栄介だってあたしの今のかっこ見て、なんか珍しいものでも見たような顔してたし」


 暁子がふて腐れたような表情で話すのを聞いて、潮音は吹き出しそうになった。


「相変らず暁子は栄介と仲いいよな」


「どういう意味よ。だいたいどうしてあんたの方が、そういう服着ててもさまになってるわけ? やはり綾乃お姉ちゃんはおしゃれのコーデだって上手だわ」


 暁子がため息混じりに話すのを聞いて、潮音は戸惑いの色を浮べていた。


「オレはそんなつもりないけどな。…今日のこのかっこだって、誰から強制されたわけでもないんだ。峰山さんがせっかくパーティーに誘ってくれたんだから、それなりのけじめはつけなきゃいけないと思うし」


「だから、パーティーの会場では自分のこと『オレ』と言ったり、あまり乱暴な言葉づかいでしゃべったりするの禁止」


 暁子はむっとした表情で潮音に釘をさした。



 そうこうしているうちに潮音と暁子は、紫の家の門の前まで来ていた。しかしいざ紫の家の門の前に立つと、潮音も暁子も紫の家の造りの立派さに息を飲んだ。広い庭にはきちんと手入れされた庭木が茂り、初夏の花が色とりどりの花を咲かせていた。そしてその庭の向こうからは、波静かな瀬戸内海も一望することができた。


 そこで潮音は、愛里紗の住んでいる公営住宅のことを思い出して、やはり愛里紗をパーティーに招待したのは正しかったのだろうかと疑念を覚えずにはいられなかった。潮音が呼鈴を押すのにためらいを感じていると、背後で声がした。


「何ぐずぐずしるのよ。私をこのパーティーに誘ったのはあんたでしょ」


 愛里紗の声だった。潮音が振り向くと、そこには愛里紗が立っていた。愛里紗の服はたしかに少々あか抜けない感じはしたものの、愛里紗なりのおしゃれをして来たということは理解できた。


 愛里紗はあわてふためいている潮音を横目に、紫の家の呼鈴を押した。


「さっさと中に入りましょ。それにしても、やはり峰山さんの家ってこんな立派なお屋敷なのね」


 潮音が愛里紗の心中を気にする間もなく、しばらくして紫が玄関のドアを開けて潮音たちを出迎えた。紫はそれこそ可憐なドレスに身を包んでおり、その傍らには紫の双子の妹である萌葱と浅葱が、かわいらしい装いで控えていた。その様子を見て、暁子は素っ頓狂な声を上げた。


「これが峰山さんの双子の妹? かわいいじゃん」


「まあ遠慮しないで上がってよ」


 潮音たちがパーティー会場らしく飾り付けのされた居間に通されると、テーブルの上にはオードブルやお菓子、飲み物が並べられていた。やがてキャサリンや寺島琴絵、長束恭子に吹屋光瑠、天野美鈴も紫の家に到着すると、一同は可憐なパーティードレスで装ったキャサリンの姿に歓声をあげた。しかしそこで、恭子が愛里紗の姿を見るなり声をあげた。


「なんで榎並さんがおるの? うちらとはクラス別なのに」


 その言葉で一瞬パーティーの場に気まずい空気が流れたが、それを潮音がなだめた。


「いや、ここに榎並さんを誘ったのは私なんだ。峰山さんと榎並さんは学校でも仲悪いみたいに見られてるから、いっぺんここでちゃんと話できるようにした方がいいって…」


「恭子、榎並さんがせっかく来てくれたのだから歓迎してあげなさい」


 潮音がなぜ愛里紗と親しくなったのかと疑念の目を向けていた恭子も、紫にたしなめられるとすまなさそうな表情をした。


 パーティーが始まると、かわいらしく装った萌葱と浅葱はさっそくみんなの人気者になっていた。時間が経つにつれてパーティーに参加した少女たちもすっかり打ち解けた雰囲気になって、話が弾むようになったが、その傍らで潮音は、愛里紗がパーティーの場になじむことができるか、特に紫と仲良くできるか気をもんでいた。


 しかし紫は愛里紗に対して、ここぞとばかりに体操部や生徒会、さらに間もなく開催される体育祭のことなどを積極的に話しかけようとしていた。愛里紗は当初そのような紫の姿勢に戸惑っていたようだったが、次第に重い口を開くと普通に会話ができるようになっていった。潮音が紫と愛里紗の関係が険悪にならないかどうか冷や冷やしていると、暁子が潮音の手を引いた。


「潮音、何固くなってるのよ。今までこういうところに来たことなかったから緊張してるの?」


 潮音が黙って首を振ると、暁子は潮音をなだめるように言った。


「そりゃあたしだって、こんなパーティーに呼ばれたことなんか今までなかったから、あんたが緊張する気持ちだってわかるよ。でもせっかく峰山さんが私たちのためにこんなパーティーまで開いてくれたんだから、細かいことなんか気にせずパーッと楽しんじゃえばいいじゃん」


「アッコの言う通りやわ。藤坂さんもそんな辛気臭い顔することないやん。それにここの料理もけっこうおいしいし」


 潮音と暁子の様子をそばで見ていた天野美鈴が、さっそく潮音に元気よく声をかけた。美鈴は料理のおいしさにけっこうご満悦なようだった。


 潮音は美鈴の様子から、自分も元気をもらったようだった。そこで長束恭子が、さっそく潮音たちに声をかけてきた。


「藤坂さんたち高入生ばかりで群れとらへんで、もっとみんなと話したらええのに」


 潮音は恭子の声に応じて、潮音はパーティーに参加しているメンバーとの会話に加わることができるようになった。暁子や美鈴は、かつてはいがみ合っていた潮音と恭子が親しげに話をしているのに安堵したようだった。さらに美鈴が持ち前の明るい性格でキャサリンや中入生たちとも活発に話しかけて、暁子もそれにつられておしゃべりに花を咲かせるようになった。愛里紗と話をしていた紫も、パーティーが和気あいあいとした様子で進むのを見て、思わず表情をほころばせていた。

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