第40話 Strange gene (6)

「俺は、人様を騙すことを何とも思ってないような人間だ。騙されるやつが悪いと、本気で思ってるくらいだしな。でも弟は、正真正銘、ただの善人だった」


 三浦氏は淡々と語り、開き直ったように私を見返す。


「弟のかわりに弁明しておこうかな。俺たちの親は、特に父親は、俺のほうがましなくらい、ろくでもない人間だったんだ。親らしいことは何もしなかったんで、俺たちで何とかするしかなかった。どっちが名付け親なのか知らんが、名前も雑だろ? 一郎と次郎なんて、仮名でももっとましなものを考えるだろうに。三郎がいなくてよかったよ」


 三浦氏は冗談のつもりで言ったのだろうが、名前を揶揄するのは私の信条に反するので、「イチロー選手がいますし、ジローは海外でも通じそうですけどね」と、励ましにもならないことを言っておく。


「面白いこと言うね」

「本当に雑なのかはわかりませんが、私はその名前のおかげで、兄弟関係に気づいたわけですし」

「まあ、兄弟らしいという点では嫌いじゃなかったけどな。兄弟なのにどうしてこうも性格が違うのかとも、思ってはいたが」


 親が同じだからといって、育った環境が同じわけではないからだろう。そう思ったが、言ってもどうしようもないことだと思い、心の中に留めておく。


「それはともかく、父親は本当に厄介だったんだ。子ども相手に金をせびるし、かき集めた金は博打で使い果たすし、俺たちが自立して離れようとしても、金魚の糞みたいにくっついてくる。俺はこの世界に入ったからよかったが、まともに生きようとした弟のほうが不憫だった。弟は病的に人が好いから、父親もそれに漬け込んでたんだろうな」


 三浦氏のこめかみが動く。三浦氏は落ち着き払った様子を保っていたが、そろそろ青筋が浮いてきそうだ。


「弟の息子が弁護士になったと聞いても、全然不思議に思わなかったな。あの人が母親なんだから」


 三浦氏は独り言のようにそう言ってから、「弟とくっついたのも大いに納得ってことだ」と付け足す。


「弟は父親のことが心配だったから、敢えて結婚しなかったんだ。一緒に暮らすこともなかったし、週に一度会うくらいの関係を保ってた。だがその間も、父親は弟に金をせびりに来ていた。俺の知ってる限りは、浜島のことも隠し通せていたんだが」


 父親に纏わりつかれながらも、三浦次郎氏は妻子の存在を匂わせなかった。だがそれも、長くは続かなかったのかもしれない。その真偽も、今となってはわからなかった。


「弟から父親を殺したって電話が来たときも、驚きはなかったな。いつか起こることだと思っていたし、むしろ、俺が先にやっておくべきだったと後悔した。俺がやったことにすると言っても、弟は聞かなかったしな。そのくせ留置所で自殺するんだから、本当に後悔しかない」


 父親を殺害した息子が自ら出頭し、留置所で自殺。被疑者死亡のまま書類送検。ニュースとしては、それで終わりだった。


「申し訳程度だった浜島との付き合いも、弟が死んだことで終わった。弟が隠しおおせた以上、俺は関わるべきじゃないだろ? ずっと思い出さないようにしてきたが、もうすぐ死ぬかもしれないと思ったときに、冥土の土産が欲しくなってな」


 三浦氏が照れくさそうに笑い、「天国も地獄も信じちゃいないが、冥土だけは信じてるんだ」と、言い訳じみた言い方をする。


「会えばいいのにと、私は思ってしまいますが」

「馬鹿言うなよ。弟が殺人犯で、本人も反社なんだぞ。会えるもんか。弟に顔向けできなくなっちまうよ」


 それもそうかと思い、「仰る通りかもしれません」とだけ言っておく。


「でも、探るだけならご自分でもできたのでは? なぜ人に任せたんですか?」

「何て言うかな」


 三浦氏ははじめて躊躇った様子を見せ、顎を揉むようにして黙り込む。その様子を見て、合理的な理由ではないのだろうと察した。


「あいつはどこか、弟に似てるんだよな。だから可愛がってるわけだが」

「馬鹿正直なところですか?」

「まあそうだな。弟はあいつほど馬鹿じゃないけども。……なんかこう、巻き込んでやりたかったんだよ。俺の人生に」


 人探しを任された男も、三浦氏を慕っているのだろう。だから駄目もとで頼まれた人探しに、あれほど奮起したのだ。およそ文字通りなわけだが、後生の頼みを任されたのだから。


「でも本当は、行き着いてほしくなかったのかもしれないな。自分でもわからない」


 三浦氏は視線を落とし、神妙な表情で自分の手元を見つめている。私にその内心は推し量りようがなかったが、何か声を掛けなければという、息の詰まるような焦りを感じて口を開く。


「浜島さんは立派な方ですよ」


 三浦氏が顔を上げ、不思議そうな表情で私を見る。


「職業だけじゃなくて、人として立派だと思います。弟さんのしたことが正しいかどうかは、私にはもちろんわかりませんが、結果として、浜島さんは立派な大人に育っています。直接確認したほうが早いですよ。顔を合わせなくたって、一目見ればわかります。百聞は一見に如かずと言いますし」

「そう言われると、気になってくるもんだな。結局俺は、まだ生き延びそうだが」


 三浦氏はおそらく、弟と自分を重ねているのだ。父親を殺して自殺したのが自分で、今も生きているのが弟だったらという願望によって、弟の立場を中途半端に取り入れてしまっている。だから、父親かもしれないという勘違いも否定しなかったのだろう。もしかするとそれ自体が、三浦氏の願望だったのかもしれない。


「冥土への道は一方通行ですから、土産も多いほうがいいでしょう。早く退院して、浜島さんをこっそり覗きに来てはいかがですか? 一見と言わず」


 三浦氏は困ったように笑い、「どうしようかね」と、顎をさする。


「また人を遣ると、たぶん浜島さんが怒ります。たいてい、盗撮や盗聴を伴うことになるので」

「覗きは許すのか?」

「不法侵入でなければ、法律には触れないと思いますけど。あ、場所は提供しますよ」

「なんだそれ。法律に従って生きてるのかよ」

「そりゃ、弁護士ですからね。でも、そこまで融通が利かないわけでもないですよ」


 私は無責任にそう言って視線を落とし、膝に置いたチルド飲料の存在を思い出す。ひと口飲んでから、最後の一押しを考えた。


「浜島さんが今の話を聞いても、たぶん動じないですよ。言っても面白くないと思います」

「へえ。でも、あんたも人のこと言えないと思うよ」

「話に聞く分には、驚愕の事実に慣れてしまって」

「へえ」


 三浦氏はにやにやしてから、「悪くないかもね」とつぶやいた。

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