第28話 Romantic gene (5)
「こんにちは、山田さん」
「こんにちは。いいお天気ですね」
墓参りのたびに顔を合わせるから、祖母も山田さんと仲良くなってしまった。私が祖父の墓にさほど興味がないことには、祖母も薄々気づいているはずなので、いい話し相手ができてちょうど良いと思っているようだ。そして祖母から見ても、山田さんは悪い人ではないのだろう。
「おばあちゃん、毎週しっかりお墓参りに来るのね」
「はい。相当仲が良かったみたいです」
「羨ましいなあ」
山田さんは本当に羨ましそうに言う。
「私ね、弟がいるの。早くに結婚して、今も実家で暮らしてるんだけど、喧嘩ばっかりしてて」
「激しいやつですか?」
「言葉の上ではね。どちらかというと、仲が良いほどって感じだから」
「はあ。お子さんは?」
「まだ。そろそろ欲しいって、両親は言うけど」
そこで山田さんが、少しだけ俯く。弟と比較して自分のことを嘆いているのかと思ったが、続く言葉はまるで違った。
「お嫁さん、ひどいアトピー体質なの。今でも苦労してて、遺伝子操作も検討してるみたい」
「アトピーですか」
アトピー性皮膚炎には、様々な遺伝因子があるとされる。言ってしまえば「体質」というレベルで、今なお明らかになっているのは一部の要因にすぎない。そのため、遺伝子操作による「予防」の事例は数多く存在するものの、成功率が低いとされている。
しかしその一方で、体感的には効果があるとも言われている。というのも、遺伝子操作による「症状の緩和」は、証明が難しいのだ。
山田さんはまだ何か言いたげだったが、しばらく俯いていた。それを黙って眺めているほど、私は気長ではない。
「薦めたらどうですか」
「え?」
山田さんが戸惑った顔をする。私は威圧的にならぬよう細心の注意を払いながら、最大限の穏やかさで続ける。
「私があの事務所でバイトしてること、もしかして知っていたんじゃないですか? 陽さんと知り合いだってことも」
山田さんは再び俯いた。手が震えている。
「別にいいんです。私も、山田さんのこと知ってましたから。だからおあいこです。もう取り繕うのやめましょう」
「でも」
山田さんが涙目で見上げる。そして続けようとした言葉を、「いいんです」と遮る。
「正直、何がしたいんだろうって思ってました。今だってわかりません。でもそれが山田さんにとって、考えに考えての行動だったんだろうと思ってます。そこに間違いも何もないですし、誤解されることはあるかもしれませんが、ちゃんと伝わるから大丈夫です。少なくとも、私には伝わってますから」
山田さんは小さく頷き、ハンカチで目元を拭った。私はそれを目の当たりにしながら、上品だなあと、冷めた感想を抱いている。
「それじゃあまた、お話ししてもいい?」
「もちろんです。もしよかったら、おばあちゃんの話し相手にもなってあげてください。きっと喜ぶので」
「私でよかったら。あと……、弟夫婦の話、本当にいいのかしら?」
「差し支えなければ、諸々の事情を含めて私から伝えておきます。ご依頼は大歓迎ですし、紹介していただけることは、単純に嬉しいでしょうから」
タイミングを見計らったように、祖母が墓地から出てくる。山田さんを見て、犬の尻尾のように手のひらをぱたぱたさせている。
「ねえねえ山田さん、お裁縫得意なんでしょ? パッチワーク、教えてほしいの。ソファのカバーにしたら可愛いでしょ」
「どうしていきなり?」
「さっき思いついたの」
おおかた、祖父にソファの話でもしていたのだろう。カバー、新しくしなきゃね。ああそうだ、山田さんに頼もうかしら。墓前でふわふわと笑う祖母が目に浮かぶ。
「もちろん。でも、ソファのカバーは大きくて大変ですよ」
「いーの。どうせ暇だから」
気まずくなってもおかしくなかった空気を、祖母が和ませる。心残りが消えたせいか、それとも祖母の頼み事が相当嬉しかったのか、山田さんの表情が一段と明るくなったように感じた。
陽は要らなかったなと、私は密かに苦笑する。
でもきっと、これでよかったのだ。曖昧なままでいいことが、この世には確かに存在する。
***
「QRコードの先は、個人情報入力フォームだった。芸の無いフィッシングだが、引っかかる人間も多い」
古田氏はそう言って、タブレットを差し出す。どの自治体でもあり得そうな、ちょっと古臭い入力フォームだった。その項目は、名前住所、生年月日、電話番号、メールアドレスなどなど、個人情報ひと通りといったところだ。
「生年月日や電話番号は、知られると想像以上にまずいんだ。引っ掛からなくてよかったな」
「それで、敵の身元は?」
白井さんが大真面目な顔で訊いているが、敵扱いは可笑しい。
「それなんだが、例のストーカーではなさそうだ。細かいことはさておき、監視カメラに映っていたのが別人だった。例のストーカーと手口は同じだが、とにかく別人の仕業だった」
説明が雑だが、おそらく確信があるのだろう。一度接触している相手だから、調査するのも容易いはずた。それが合法的かどうかはともかく。
「何それ。まだわからないってことですか? そもそも何のために」
「まだわからん。こう言っちゃ何だが、紙媒体は意外と足がつきにくいんだよ。フィッシングの入力フォームも使い回されてるもので、これだけで辿るのは難しい。いろいろやってみるが、当てがないのも厳しくてな」
だいいち、無差別的な犯行という可能性もある。住所と名前を知られているのは薄気味悪いが、考えてみれば誰にだってできる。そもそも個人情報というだけで価値があるし、個人を狙っての犯行と決めつけることはできない。
「ところで、どこの監視カメラに映ってたんですか?」
「マンションと、その近くのコンビニでは確認できた。この事務所の辺りでは映ってないから、通りすがりの不審者かもな」
「そうなると、この辺りで同じような被害があるとか?」
通りすがりと言っても、常習犯ならこの辺りを拠点としているはずだ。被害者が固まっていてもおかしくない。
「この辺りに限って多いという話はない。姉さんに心当たりは?」
「特には。背格好はどんな感じ?」
「フードを被っていたから髪型はわからん。痩せ型だが筋肉質で中背、おそらく二十代半ばくらいの若者。不良高校生みたいな格好だ」
「いやー、まるで知らない人ですよ。でも、イメージはありありと浮かぶような。ユイちゃんは?」
記憶を辿ってみるが、少なくとも知り合いではいない。
「駅前でナンパしてそうですけど、特定の個人は思い当たらないですね」
そこで白井さんが、「あ」と声を漏らす。誰か思い出したのかと期待したが、そうでないことは白井さんの顔を見ればわかる。
「思い当たることがありすぎて、心当たりはないんだよねー」
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