第27話 Romantic gene (4)

「あたし達も、結果的に山田さんを追い込んでたのかもね」


 白井さんがぽつりと言う。白井さんが同情めいたことを口にするなんて、失礼かもしれないがなんだか意外だった。


 その一方で、まさに当事者である陽のほうは毅然としている。


「穏便に済ませるのも無理があっただろ。だいたい、この期に及んでまた接触を図る程度には、相手も懲りてない」

「後悔してるわけじゃないですよ。でもきっと山田さんは、経済的に自立できるできないの前に、ひとりでは生きられないんだろうなと思って」


 意図が理解できなかったのか、陽はきょとんとしている。しかし私には、なんとなくわかるような気がした。


「人との繋がりを探して、思い当たるのがこの事務所しかなかったのかもしれませんね」

「そう。彼女なりに、親から離れようとしたんじゃないかな。ひとりでは不安だから味方を探して、不安の源になってる失敗経験に片をつけることで、自信を得ようとしてるのかも」


 今でも山田さんの挙動には、たどたどしさが垣間見える。それでも必死に話そうとする彼女を見ていたら、ストーカーという先入観も次第に消えていった。


 正直なところ、山田さんと接するのは面倒だし、私にとっての彼女の認識が知人を超えることはない。何せ私は、彼女との付き合いを楽しめるほど寛容でも柔軟でもない。しかし価値観を分かち合えないとしても、相手の努力や苦労は認めるべきだと考えている。


「じゃあもう、早く片をつけましょう」


 この事務所の禁忌もどきが、ようやく解消されるかもしれない。そう思うと、俄然やる気が湧いてくる。


***


 はたして世の中は甘くないもので、少し油断すると雲行きが怪しくなるらしい。


「最近さあ、嫌がらせを受けているみたいなんだけど」


 白井さんの報告は唐突だった。何でもないことのように、さらりと始まった。


「嫌がらせ?」

「ポストにね、こんなものが」


 白井さんが見せたのは、銀行などからの重要書類に似た封筒だった。自治体を名乗り、「重要」とついている。


「胡散臭いですね」

「中身はもっとそうなの」


 住民票に関する手続きがどうの、という内容のようだが、どういった手続きかという説明がまるでない。そのうえで、QRコードに誘導している。


「URLならある程度見抜けるけど、QRコードだけってのが、また怖いよね」

「市役所からの封書って、こんな綺麗な封筒に入ってましたっけ?」

「手が込んでるわりに、細工は大雑把なのよね。誰だろ」


 さすがにQRコードを読み取る気にもなれず、ひとまず放置しているらしい。しかし似たような手口で、同じような封書が数日前にも来たのだと言う。


「あ、もしかして。いやでも」

「なに? 心当たり?」

「この前古田さんの事務所に片付けをしに行ったんですけど、その時に忠告を受けまして。この前の脅迫まがいのストーカーが、もしかしたら面倒事を起こすかもって」

「あー、ありそう」


 いちおう陽にも話を通してから、さっそく古田氏に連絡してみる。白井さんや陽にも聞こえるよう、スピーカーに切り替えておく。


 古田氏は乗っけから楽しげだった。


「何用かな、お嬢」

「お忙しいところすみません。少しご相談したいことがありまして」


 話を聞いた古田氏は委細承知した様子で、「とりあえず写真を送れ」と言った。すぐに写真を撮り、古田氏に送る。


「すぐにはわからんが、十中八九アレの仕業だろうな。しかし、姉さんの家はどうバレたんだろうな」

「尾行でもされたかなあ。気づきそうなものだけど」

「始まったのはいつから?」

「ほんとについ最近ですよ。今週中で二通」

「きっかけは? 何か落としたとか」

「さあ」


 思考を巡らせようと視線を落としたら、ピンヒールが目に入った。


「スーツケース」

「何だって?」

「この前白井さん、スーツケース引いて帰りましたよね? スーツケースを引いてる音って響きますし、人混みに入っても目立つから、ど素人でも距離をとって尾行できませんか?」

「あ」


 事務所から出てきたところを尾行すれば、自宅はすぐにばれる。外から観察して部屋番号がわからなかったとしても、白井さんの苗字は事務所のサイトに掲載されているから、ポストの中にある郵便物を物色すれば住所ごとわかる。監視カメラには映るだろうが、確認されなければ発覚しないわけで、やろうと思えば不可能ではない。


 おそらく古田氏は、それ以上に現実的かつ詳細な仮説を立てたはずだ。指を鳴らしたような音が、スピーカーから流れる。 


「そいつは興味深い。調べてみようじゃないか」


 古田氏の上機嫌な声が尻切れになるかたちで、電話が切れた。


 やり取りを静観していた陽が、少しだけ不満そうな顔をしている。


「面白がってないか? あの人」

「そうでなきゃ、あの仕事はできないでしょ」

「いつもあの調子じゃないんですか?」


 有能な古田氏だからなんとか許せるとしても、陽や白井さんも、自身の困りごとを面白がられて快く思うことはないだろう。古田氏に山田さんの話をしたことは、ひとまず黙っておくことにした。

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