第26話 Romantic gene (3)
「ご両親は多少理解してくれたそうで、今も金銭援助を受けているそうです。それだけが救いという話でした」
古田氏は唇を突き出し、ひょっとこみたいな顔をする。つまんねえな、恋バナはどこ行った、とでも言いたいのだろう。
「陽にとって災難であることに変わりはないが、その人にとっても災難だったわけか。その話、陽にしたのか?」
「してません。したところでって感じですし」
「いや待てよ、その人はユイちゃんがあの事務所でバイトしてること、知っててそういう話をしてるんじゃないのか? 同情買って免罪しようとしてるんじゃ」
「免罪したってどうにもならないでしょう。それを言いたくて私に近づいたとして、今度は誤解を解くことに尽力しすぎでは?」
古田氏とふたりで首を捻る。そこでふと、思い当たることがあった。
「もしかして、お礼がしたいんですかね」
「それだ。きっとそれだ。ユイちゃんを通じて、お礼の意を伝えたいんだ」
古田氏は両手の人差し指を突き出すが、投げやりにしか聞こえない。
「でさ、君は本当に好きな人いないの?」
「思い当たりませんね」
「ぬう。じゃあさ、好きな人がいるかって確認は、何のためにあったんだと思う?」
「さあ。今思うと、歴代のダメ男の話で盛り上がりたかったのかもしれないですね。恋バナの入りで、私がスベらせてしまったのかも」
古田氏の渋面が嘘くさい。私よりこの人の方が、恋バナに向いているのではなかろうか。
「それも面白そうだが……。俺はこう思うんだよ。ユイちゃんが陽を好きだって話にもっていって、ふたりを応援するという恩返しをしようと」
「無理がありますね」
「否定が早い。いやちょっと待てって。陽がわざわざ君を雇おうとしたって聞いたぞ? それってつまり、陽には気があるんじゃ」
「やだー。いい歳して何言ってるんですか?」
本気で引いた。全力でのけぞった。
「というのは冗談だが、ゴシップ好きが見ればそうなるかもしれないだろ」
「へえ」
そう言われたところで、依然として興味が湧かなかった。陽との関係は、そういう類いのものではない。陽がどう思っているかはわからないが、事実がどうであれ、周りからとやかく言われるのは腹立たしい。
「話を戻しますが、古田さんはストーカーの件にどう関与していたんですか?」
「関与っていうかねえ。あまりに気味が悪いんで、あの夫婦の様子を見てこいって依頼されたんだよ。どうせ破談するにしてもさっさと断りたいし、こちらから正当な理由を提示したいからという、職務上の依頼だ。だから犯人の心境なんざ知ったこっちゃないのよ。面白くはあったけどな」
古田氏は本当に面白がっていたのだろう。先ほどの警戒は何だったのか。
「そういうのが火種を生むんですよ」
***
「しかしお嬢、仕事はできるし胆力があっていいな。また来てくれよ」
「なんですかお嬢って」
「もしもの時は、古田ッて呼んでくれていいぞ。それっぽいから」
「何を観すぎたんですか?」
古田氏はへらへらしていたが、ふと真顔になって言う。
「この前の話だけどよ、あのストーカーの話、結構奥が深くてな。いやあのストーカーじたいはなんてことないが、あれの顧客を辿ったら、焦臭いのなんの。どうせ大した罪にならんし、保釈金を積んでも仕事させたい奴はいるはずだ。恩を売って脅迫できるからな。で、そいつがまた、面倒事を起こさないとも限らないだろ」
「でも、事務所は大丈夫って話でしたよね?」
「ああいうのは大した技術を持ってないから、ある程度のセキュリティがあれば問題ないんだよ。だが、個人のことはどうにもできん。本人が万全でも、知人の誰か一人が弱ければ大差ないしな。あほらしいが、あの手の人間は厄介だ」
不正アクセスを生業としていたのなら、余罪が山ほどありそうなものだが。とはいえこの道のプロである、古田氏の予測を信じるべきだ。
「そうなったら、どうすればいいんですか?」
「その件でなくても、まずいことになったら俺を呼んでくれ。お嬢からお代は取らんよ」
古田氏は私の肩を二回叩き、にんまり笑った。
***
「いつの間に、山田さんとそんなに仲良くなってたの?」
ついでなので陽と白井さん、そして浜島さんを集め、事務所で事後報告をすることにしたのだった。
「毎週のように会っていたら、いつの間にかそういう関係に」
「やだぁ、不倫みたい」
白井さんが大真面目な顔をして茶化す。意趣返しに浜島さんを睨んでから、咳払いして仕切り直した。
「山田さんの言っていることが本音だとして、というかたぶんそうだと思いますが、どういうつもりで朝霧病院に行ったのかや、私に接触しようと思ったのかはわかりません。そもそも意図的だったのかも不明ですが」
「あたしは、偶然にしては出来すぎだと思う。悪意があるかはさておき、意図的なんじゃないかな」
「白井さんの考えに賛成です」
和が手を挙げ、その流れで全員がぱらぱらと手を挙げる。全席一致。
「私の感覚に基づきますが、悪意はないように思います」
「ユイがそう言うならそうなんだろう。和はどう思う」
「俺も、悪意はないかと。自己肯定感が極端に低い人なので、奉仕することによって自分に価値を生み出そうとした結果、過干渉になるのだと考えています。彼女は今、慎重にお詫びをしようとしているのかも」
そんなことをされても迷惑なんだけどな、という内心が、陽と白井さんの顔に表れていた。
そんな流れで話をしているうちに、いつの間にかパネルディスカッションのようになっていた。私はそれを良いことに、まだ発言していない浜島さんに手のひらを向けてみる。「浜島さんはどうですか?」
「悪意の有無はさておき、私から見れば、ユイさんのしていることは綱渡りのように思えます。何せ精神が不安定な相手と、意図のわからない会話を強いられているわけですから。負担になっていませんか?」
「もちろん気軽ではないので、負担ではありますよ。ずっと続くのは勘弁してほしいです」
和が困り顔で頷く。同じ感想なのだろう。
「やっぱりどこかで、白黒はっきりつけるべきだと思う。このままの関係を続けても、山田さんはユイちゃんに依存してしまうし」
そうなると、水を向けられるのはやはり陽だった。陽は白目を剥くように頭上を見上げ、観念したように両手を挙げる。
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