Invalid - 病弱な, 無効な

第14話 Invalid gene (1)

「やっぱり障がいをもった子を育てながら仕事を続けるのは、難しいじゃないですか。もし自分がそうなった時を考えると、育てられる自信はないですね」


 取材を受けた女性は、自信に満ちた様子で語る。当然じゃないですか、とでも言いたげだ。


「ごもっともなんだけど、こうも言い切られると胸糞悪いね」


 白井さんがパンを咀嚼しながら、もごもごと言う。今は昼休憩だ。


 餓死した子どもの死体が、アパートの一室で見つかった事件。母親は保護責任者遺棄罪で逮捕されている。母親には婚姻歴がなく、居酒屋のアルバイトで生計を立てていた。子どもは三歳。知的障がいをもっているかもしれないと、母親が友人に漏らしていた。


 夜は子どもが眠っているから、働きに出ても問題ないと思った。メディアはその言質を馬鹿にしたように報道するが、よくここまで育てられたものだと、私は思う。状況からして親は頼れなかったのだろうし、三歳児を置いて、昼間働きには出られない。障がいがあれば、保育所にも預けにくいだろう。何十年前から課題提起されているのに、我が国の福祉は未だその程度だ。


「暗黙の了解ではありますけどね。でもこの発言に文句を言えるのは、障がいをもった子どもを育てている親だけじゃないですか?」


 今の時代、それに当てはまる人々はどの程度いるのだろう。出生前診断や遺伝子操作が一般的となり、障がいをもって生まれる子どもは減少しているはずだが、その恩恵を受けられない層にとっては関係のない話である。


「権利が無くても揚げ足とりたくなるよ。そもそもさあ、働きながら子どもを育てるって、本当に可能なわけ?」

「私に訊かれても」


 産休・育休制度は、もはや福利厚生に不可欠なものだ。昔は実が伴わない場合も少なくなかったようだが、今ではさすがに浸透している。とはいえ全企業ではないし、産休・育休を経たところで、あるいは時短勤務を取り入れたところで、子育てと仕事の両立が可能なのかはいまだに疑問だ。結局のところ、どこもかしこも人手不足なのだ。


「女性の社会進出がどうのって言うけどさあ、結局は人口減少で女手が必要になって、仕方がないから駆り出されてるのが本質でしょ? 女性にも働く権利を、なんて言えば聞こえはいいけど、そういう耳障りの良いプロモーションに洗脳されてる気がしなくもないよね。やってることは戦争と同じだよ。欲しがりません、勝つまでは。みたいな」

「プロパガンダですか? ちょっと大げさな気もしますけど」


 大げさではあるが、定義としては間違っていないかもしれない。ふと気になり、プロパガンダを検索してみる。

 【プロパガンダ】 意図をもって、特定の主義や思想に誘導する宣伝戦略のこと。


「国を挙げた宣伝だか喧伝だか、そういう意味では同じじゃない? あたしは仕事がしたいし、結婚する気が端からないから良いけどさ、結婚して子どもを産む前提なのに、長く働きたいって考えが成り立つものなの? 子どもの障がいの有無にかかわらず」

「さあ。でもじっさい、その状況で働いている人だって多いんじゃないですか。仕事をしているからなのかはわかりませんが、出生前診断や羊水検査で中絶するケースも結構あるんですよね。それは逆に言えば、育てられる子どもを産もうとする親……、女性が多いということではないですか?」


 白井さんは不服そうな表情のまま、「それはさすがに知ってるんだけどさ」と口を曲げた。


「そういうのを減らす手段のひとつに、あたしらの仕事があることは否定できないわけだけど、あんまり期待しないでほしいのよね。障がいと言っても、どこかで明確な線引きがあるわけじゃないでしょ。どこも異常がないとしても、子どもなんてだいたい手がかかるんだから。障がいさえなければ、とか、遺伝子操作さえすれば大丈夫ですって言い方が気に入らない。いい時代になりましたねって雰囲気も、無責任としか思えない」

「わからないではないですが。でも、子どもを諦めなくて済む人が増えた点では、少なからず良くなってるんじゃないですか?」


 白井さんは首を傾げ、「なんだかね」とつぶやく。


「そもそもさ、子どもを産むことが優れてるわけじゃないと思うんだよね。確かに今存続してる生物は、今まで子孫を残して来れたから存続してるわけだけど、それは結果であって優れてる証明にはならないというか。育てられる能力が十分にあるならともかく、手間がかかる子どもだと無理。みたいな考えの人間でも子どもをもてるようになっていいですね、的な風潮の遠因って、子どもを残せない人生は正しくないとか意味がないとかいう、固定観念だと思うわけ。今でもその考えが古くならないのは、不思議だと思わない?」


 私はサンドイッチを整えながら、軽く考えてみる。あくまでも軽く。この手の話は深く考えるほど、意味のない熟考を生むものだと気づき始めたからだ。


「社会が成り立たないからですかね」

「それはそうねー。そろそろ、ロボットがフルで労働してくれる時代が来ないかしら」

「それはそれで、成り立たなさそうですけど」


 そんな会話をしているうちにニュースが終わり、新しくオープンしたカフェの紹介が始まっている。古民家を利用したこだわりの店舗で、移住者が町おこしの一環として始めたらしい。古民家に住んだこともないであろう若い来客者が、懐かしいですね、なんて言っている。


 取り立てて珍しい話でもなかったが、なんだかとても風刺的な話に思えてくる。人は、古いものが好きなのだ。古いもの、これまで長く続いてきたものには価値があって、壊すべきではないと信じている。あながち間違いでもないのだろうが、価値を増しているのは希少になっているからであって、理に適うからだとは限らない。


「カフェで町おこしなんてできるの? 工場とかのほうがよくない?」

「また身も蓋もないことを」


 ちょうど映ったサンドイッチと見比べながら、コンビニのサンドイッチをかじる。物珍しいカフェより、コンビニのほうが汎用性高いよな、などと、にべもないことを考える。

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