第5話 Cosmetic gene (5)
「あたしがハマを呼び出したのは、その夫婦が続くかどうかを予測してもらうためなんだよ」
「続くというのは、夫婦としてですか?」
「そう。だって変じゃない? ここに来る前に、旦那に言うべきでしょ。私はあなたに似た子どもがほしいのって」
「それはそうですけど、なぜそれを私に訊くんでしょう」
浜島さんは困ったように笑うが、目は笑っていない。「そんなことで呼び出すな」と、陽が呟くように言った。
「だってよく来るんでしょ。こじらせた夫婦が、上に。今はここ専属だけど、それより前にやってたのは、そういう案件ばっかだったんじゃないの? まあ、今も似たようなものだけどさ」
「そうですねえ。確かに、人よりは多く見てきたかもしれませんね、こじらせたご夫婦。ちなみにこの事務所を経由して来たご夫婦も、数多いんですよ。いちいち報告しませんが」
陽がちらりと浜島さんを見て、すねたような顔をする。
「うちが悪いのか?」
「そんなことは。いやむしろ、陽さんたちがお断りしたご夫婦ばかりなので、良いご判断をされていますよ。うちは儲かりますし」
「それならいいんだが」
良くはないだろうにと思いつつ、チョコをかじる。
「あくまでも私の見解ですが、そのご夫婦は続きますよ。旦那さんはハイスペックで高給取り、奥さんは美人。そして、子どもを授かるのに金を惜しまない。それに今回の依頼でも、奥さんの要望は遺伝的な近視を治すことだけ。恋愛感情に関してはわかりませんし、将来的にも当てにならないので考慮しないとして、互いに何かしらの利益があって結婚しているんでしょう。そういう場合は、多少もめることがあっても別れません」
浜島さんは、やけに自信ありげだった。白井さんから聞いた話だけで、どうしてそう言い切れるのかは疑問だ。しかし私も同じような印象を抱いていたので、否定はしなかった。
「そう? ならよかった。今回の依頼、けっこう大物になりそうだし。それにもしそうならないとしても、良い宣伝になりそうじゃない? あの事務所、親身になってくれてよかったよって。高給取りな夫が高給取りな同僚に、美人な妻がセレブな奥様方に、口コミ効果で案件が増えるかも。どっちにしても儲かるよね」
金の話か。一同が呆れる。
「急に安っぽい話になりますね」
「最初から安っぽいだろ」
「大事なことじゃない」
それに賛同するかのようなちょうど良い間で、通知音が鳴った。陽のパソコンだ。
「奥方と話し合うことになったから、少し考えさせてくれって」
「そっかあ。まあ、そうなるよね」
白井さんはどこか残念そうだったが、目は爛々としていた。
***
「ユイ、ちょっといいか」
陽が呼び出すのは珍しいことだ。特に心当たりがなく、何だろうと思考を巡らせつつ、陽の席に向かう。
「どう思う?」
そう言って陽が見せたのは、どこかの美容整形外科のサイト上にある、二重術のプランを一覧にしたページだった。
「一重いじりですか」
「まさか。この写真を見て、不自然だと思うか?」
質問の意図が読めないまま、素直な感想を述べる。
「不自然ではないですね。でも、こっちはちょっと不自然かも。値段が高いほどわかりにくい」
「なるほど。こっちの写真はどう思う?」
別のウィンドウが開き、若干画質の悪い目元の写真が大写しになる。アジア風ではあるが、日本人ではないように見えた。
「特に何とも。なんですか、これ」
陽は少し黙り込んで、画面を見つめていた。何か考えている様子だが、言葉を探しているようには見えない。彼の顔と画面を、交互に見て待つ。
「今見せたのは、遺伝子操作で設計した瞼だ。両親は二人とも一重。この場合、基本的に子どもは一重になるんだが、そこを遺伝子操作で二重にした。つまり、こっちは美容整形ではない」
「そうなんですか。何も言われなければわかりませんね。もしかして、例のご夫婦の件ですか?」
「そうだ。あれから決定的な連絡はないが、近視のほうはいずれにしても任せたいとのことだったから、ゲノム情報は預かったんだ。それで、念のためもとの依頼のほうも情報収集してはいるんだが」
また、陽が黙った。言ってよいものか迷っているのかもしれない。私は彼の言葉を待ちつつ、彼が二重術について調べている理由を考える。
外見を良くしたい。わかりやすいのは、一重瞼を二重瞼にしたいとか、瞳や髪の色を変えたい。そういった明確な特徴の変更については、遺伝子操作で再現するための研究の需要が多く、知見も集まっているらしい。現に、見た目がどうなるか知りませんがとにかく二重になりますよ、という、二重瞼用のプランを掲げる事務所は多い。つまり、遺伝子操作における二重術は確立されている。ならばなぜ、陽は二重術にこだわっているのだろう。
例の夫婦を思い出す。まじまじ見たので覚えているが、夫は二重瞼だった。目元がすっきりしていたので、工夫次第で塩顔イケメンの部類に入るのではないかと思ったくらいだ。両親が二重で子どもが一重という可能性ももちろんあるが、その程度のことでは、陽がこだわる理由にならない。
ふと気づいた。美容整形の施術例を、陽が技術面で参考にすることはない。美容整形をした瞼の見た目について、参考にしているのだろう。
「ご本人……、奥様から聞いたんですか?」
陽は驚いた表情で、私を見る。
「察しがいいな。流石だ」
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