死にたがりは無邪気に笑う
「死にたいと願ったことはある?」
たった今、目の前で血を吐いた女はそう言って笑った。
「あるわけない……!」
そんなことあるわけがない、そういうと奴はさらに笑顔を深めた。
「うん。それがきっと正しい。私達くらいの年齢で、そう思える奴の方がきっと正しい」
でもね、と奴はくるりと回る。
「私は死にたいんだ、消えてしまいたいんだ。だからね――何年も前に首吊って死のうと思った事がある」
「……は?」
何年も、と奴は言った。
それは下手をしたら、まだ二桁にもいかない子供の頃の話なのではないか?
そんな疑問を問いかける暇もなく、奴は話を続ける。
「でも失敗。苦しくて痛くて縄を切っちゃったんだ。――だから私は逃げた。あそこにはいたくなかったんだ……そう。私が旅を始めた理由は逃避だった」
「逃げたのなら、それで良いじゃないか……そこにいたから、辛かったんだろう?」
それならそれでいいだろうと自分は言葉を重ねた。
死にたいといった奴のその言葉を否定しないと、自分の中で何かがおかしくなりそうだったから。
「……あ、そっかそういう発想はなかったなあ……だって私、生まれた時からいらない子だったし、死んだ方がいいんだろうなーって」
奴はニッコリ笑った。
さっき血を吐いたのを見ていなかったら多分全力で殴っていた。
「私の旅は逃避のためのもの。だけど同時に生き急いでさっさと死ぬために始めた旅でもあった」
「どういう事だ?」
「こういうことさ」
そう言って、奴は自分が吐き出した血の塊を指差した。
「言ったでしょ? 身の丈に合わない武器は使い手をダメにする、って。こーいうことだよ、魔力炉を何度も意図的に暴走させて、魔力回路を何度も焼き切ってきたからね。死にたくなければ君も気をつけな」
「あ……」
確かに奴は随分と無茶をしていた。
自分が知っているだけで何度も。
きっと知らない間には更に。
「私は
自分の事を怪物と言った奴は、あははと曖昧に笑った。
確かに怪物じみているのは認めよう。
だが、何故こんなにも自分は苛立っているのだろうか?
こんな女、大嫌いなのに。
「……だけどね、こんな私でも自分で自分を殺すことはできなかった。何度か試してはみたんだけど……ダメだったね。あれは怖いよ……苦しいし、痛い」
痛い、そう言った奴の顔は半笑い。
笑っているくせに、泣きそうな顔だった。
だけど、その顔はすぐに元の笑みに描き変わった。
「だから私は遠回りしたんだ。自分で死ぬのもダメ。殺してもらうのもダメだったから、あとは寿命を縮める以外の方法を思いつかなかったの」
「寿命を縮める為に無茶をしたと言うが……それは辛くはなかったのか!?」
ケロリと笑う奴に矛盾していると叫んだ。
だって痛くいのも苦しいのも嫌だというのなら、あんな方法はとらないはずだ。
「何度も見たからわかる! あれだけ身体に負荷を掛ければ痛くないわけがない!! 苦しくないわけがない!! なのに、なんでお前は毎回楽しそうに笑っているんだよ!!」
「あー、うん、ごめん。誤解させた。私は別に痛いのも苦しいのもそこまで嫌ではなくて……ただ……ただね……うん……よくわかんないけど、怖かっただけだったんだ。今はもう、大丈夫なんだけどね」
「それは……寿命を削っていくうちに……死への恐怖が、消えた、と?」
そーいうこと、と奴はニッコリと笑う。
「それにさ、不要だと断じられ続け長生きするよりも、短くていいから何もかも忘れて楽しい人生にした方が面白いでしょう?」
確かにそうなのかもしれない、それもまた一つの答えではあるのだろう。
だけど、何故かそれを肯定したくなかった。
「私はまだ子供で、たった一人で楽しく生きるための力は持っていなかった。だけどね、無茶苦茶をして色々やったら、その代償に楽しむ為に必要なお金は手に入ったんだ」
そういえば、日頃から金にだけは妙にがめつい女であるとは思っていた。
自分は奴にとってどうやら恩人であるらしい為金銭を要求されたことはあまりなかったが、他の輩にはどんな事情があろうと、容赦なく。
「そうやって楽しむ代償に命をドブに捨て続けた。何度も魔力炉を暴走させて、何度も魔力回路を焼き切って……無茶をして、無理をして、それで得たもので享楽に浸って。正直言って虚しさもあったけど、目眩がするほど楽しかった」
そう、とても楽しくて、すごく楽しいの。
そう言って奴は笑う、本当に楽しそうに、嬉しそうに。
「寿命はどんどん擦り切れていった、目に見えて自分の体が使い物にならなくなっていく感覚に大声で笑って、死に向かって突き進み続けてる」
だからね、と奴はやはり笑ったまま言葉を続けた。
「私が死んでも君がその責をおう必要なんて一つもないし、私がどうなろうと君には全く関係がないのさ」
だから気に病まないでよ、そう言う奴に自分は。
何かを言い返したいのに、言い返すべきなのに何も言えなかった。
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