無価値な少女

 私には価値が無い。

 いる意味がない、生きている意味がない、必要とされる理由もない。

 故に無価値。

 我が人生に価値はなく、我が存在に意味はない。

 ――それでも、そばに居て欲しいと言われたからここにいる。

 だけどやっぱり意味はない、理由はない。

 できる事はないかという何十何百にも及ぶ問いかけには全て首を横に振られた。

 いつもただ、そばにいてくれるだけでいい、と。

 お前には何もできないと断言されているようなものだ。

 なら私にここにいる必要があるのか?

 私は、ここに居てもいいのだろうか。

 本当に、私はひつよう?

 否、否、否。

 役立たずに、価値は無し。

 土砂降りの中、何故生きているのだろうと水溜りを踏みつける。

 身体が冷たい、完全に冷え切っている。

 だけど今はまだ秋だ、死ぬ事はないだろう。

 それでも体の調子は少々おかしくなっているらしい。

 頭がぼーっとする、思考回路がうまく働いていない。

 頭の中で誰かの声がグワーンと反響する。

 ――欲しいものは何?

「……価値を」

 反響する声はきっと彼のものだった。

 出会った時に聞いた幼い声、あの時は何もいらないと答えたけど、今は。

「……私が生きていていいだけの、価値と、理由と、意味を」

 よこせ、その言葉とともに身体が前のめりに崩れる。

 痛みと、冷たさ。

 雨の冷たさに全身の感覚が狂っていくような感覚。

 頭がぼーっとする、いろんなことがうまく考えられない。

「わたしには……なにもない……」

 雨足が強くなった。

 もう身体を動かす気力もなかった。

 ――もう、いいか。

 ――死ねばそこまで、私はそれだけの人間だったということ。

「では、価値を与えましょう」

 響いた声とともに、雨足が止まった。

 身体を起こして見上げると、品の良い格好をした初老の女性が自分に傘を差しかけていた。

「……誰、だ?」

「わたくしは貴方の父親のパトロン、まあ……熱狂的なファンのようなものです」

「……父親?」

 自分の父親について思い出す。

 無辜で無邪気な娘を無理矢理犯して処刑された男。

 無理矢理犯された娘が自分の母で、無理矢理犯した男が自分の父だという。

 だけど、それ以外にはなにも知らなかった。

「……価値が無いというのならば与えましょう。生きる理由がないのなら与えましょう」

 そのかわり、と初老の女性は自分に向かって笑う。

 その笑顔は何故かとても優しげな笑みだった。

「貴方には、貴方の父親の跡を継いでもらいたい。跡を継ぐとはいわなくても、同じ道を歩んでもらいたいのです」

 それって悪人になれっていうことか、と問いかけると初老の女性は慌てた様子で首を振った。

「いえいえ、とんでもありません。そうでした、きっと貴方は彼の事をなにも知らないのですね。――貴方のお父さんはとても素敵な道具屋でした」

 初老の女性は懐かしむような表情で言葉を続ける。

「彼が作ったものはどれも素晴らしく美しかった、他の誰にも評価されずとも、私は――いいえ、私たちはその価値をよく知り、理解していたのです」

 つまり、と初老の女性は前置きしてから表情を引き締めた。

「彼の娘である貴方はきっと彼の才能を受け継いでいる――だから、作って欲しいのです」

「……才能が、なかったら?」

「その時は、努力して彼の才能を超えてくださいな」

 ニコリと笑顔で言うその女性は、意外と容赦がないのかもしれない。

 だけど、悪くない。

 いいや、実にいい、素晴らしい。

「……いいよ。やってあげる」

 これがきっと私のもう一つの始まり。

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