歌唄いの天使
透明な箱庭の中で歌ってる。
いつからこうしていたのか、よく思い出せない。
私以外何もない、透明な空間は少しだけ青い色をしているだけで、先がない。
私はただ歌うだけ。
時折、本当に時折、遠くから、声が聞こえてくる事がある。
帰ってこい、と。
泣きつくような声だったり、縋り付いているような声だったり、怒っているような声だったり。
だけど、ただ歌うだけの私には答えるすべなど、ない。
昔のことももう、ほとんど思い出せない。
姉がいたことは覚えている。
その姉が、自分のせいでおそらく死んでしまったことも。
優しい人だった、はずだ。
強い人でもあった、はずだ。
だけどもう、顔を思い出せない。
他にも大切な人がいたはずだったけど、他の人のことはもう、本当に思い出せない。
ああ、でも、一つだけ。
一つだけ、はっきりと思い出せる声がある。
その時、私は多分、とても辛い思いをしていた。
何があったのかは思い出せない、だけど。
そう、あの時、私はこう言われたのだ。
ともに生きてくれ、と。
その言葉を言われた時、自分はきっと嬉しかったのだろう。
だけど、同時にとても悲しかった。
私はいつも、唯一の肉親である姉から彼への恋心を聞いていたのだから。
時折そんな記憶を思い出して、透明な青の中で、私はただ、歌うだけ。
遠くから澄んだ歌声が聞こえてきた。
その声にハッとする。
「歌唄いの天使の歌声を確認した……撤退だ」
感情を抑えて、最近配属されたばかりの新人2人に伝えると、片方は不満げな表情を、もう片方は少しだけ安堵したような表情を浮かべた。
「声はまだ遠いじゃないですか」
不満げな表情を浮かべた方が、作戦を続行すべきだと言ってくるが、首を横に振った。
「ダメだ。あいつは戦いに反応する。声が聞こえるような範囲内で戦闘行為は危険だ」
「しかし……!!」
「駄目なものは駄目だ。撤退準備を」
少々強めの口調で言うと、新人はおとなしく引き下がった。
――ああ、歌が聞こえる。
穢れのない青い水のように透き通った、綺麗な声。
その声は、自分だけが知っているはずのものだったのに。
本部に帰投し、この基地の総司令官でありかつて自分が所属していた隊の隊長であった男に報告をする。
歌唄いの天使の声が聞こえたため、作戦は中止した、と。
「またあいつか……お前、大丈夫か?」
「大丈夫です」
見え透いた嘘をつくなと言われた。
「嘘なんて……」
「見栄を張るな。あいつのことで一番追い詰められてるのはお前だからな」
「僕が? 一番追い詰められてるのは彼女でしょう?」
あいつと入れ替わるように戻ってきた、あいつの姉。
死んだと思われていたあいつの姉が、あいつのために戻ってきたその前日にあいつは姿を消した。
「いーや。間違いなくお前さんだ。マリアベルもそうだが、お前さんもまだ諦めちゃいないんだろう?」
問いかけに首を振った。
「魔物になった人間は元には戻れない。だからもうとっくに諦めていますよ」
あれから2年も経ったのですからもうとっくに吹っ切れていますよと微笑むと、彼は小さく舌打ちをした。
「素直じゃねーなお前は。プロポーズがまいの愛の言葉をささやいた女のことをそう簡単に諦められるような男じゃねーだろ」
「なっ!?」
どこで知ったと問い詰めるが、有名な話だと飄々と返される。
「むしろ今まで有名だって知らなかったお前のその反応に驚いた」
「……どこの誰がそんな話を」
「しらん」
だけど、どこの誰が話を広めたのかその心当たりはあったので後で問い詰めることにした。
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