シュヘラザード
今日は香水の匂い。
あいも変わらず朝帰りの同居人、というか私が居候しているうちの家主の青年は、今日もまた他者の匂いをまとわせていた。
甘ったるい匂いだけど、血の匂いよりもきっとまし。
この高層マンションの最上階に私が転がり込んでもう5年ほどになるけど、今になってもこの家主が何をやって大金を稼いでいるのかよくわからない。
でもきっとろくな事じゃないだろう、おそらく人を傷付ける仕事をしているのだろうけど、定かではない。
確実なのは男娼をやってるという事と私と同い年だということだけ。
同級生だったころ、一夜だけ彼を買ったことがあるから、それだけは確実にあっている。
と言っても『金さえ払えば何でもやる』と言った彼に私が依頼したのは、部屋に一つだけのベッドを占領してもらうというだけのものだったけど。
自分が眠るスペースがないと自分自身を追い込んで徹夜する作戦は見事に成功し、おかげで締め切り2日前の原稿を終わらせることができた。
居眠りはしかけたけど何とか持ちこたえた、私偉い。
――改めて思い出して見ると驚くほど私は彼のことを知らないのだ。
「……そして、少女は」
そこまで語り終えたところで、健やかな寝息に気付く。
ベッドの中、不眠症だという彼がいつに間にか眠りに落ちていた。
限界まで疲れないと眠れない彼が私に求めた役割は寝物語を語るというものだった。
私の声を聞いていると何故か、いつの間にか眠りにつけるのだという。
「今日はここまで、続きはまた明日」
おやすみなさいと小さく囁いて、私はそっと彼の寝室から抜け出した。
夕方、ソファの上で丸まって寝息を立てている女を発見する。
こんなところで寝腐るんじゃないよと声をかけるけど、女は目を覚まさない。
溜息をついて女の体に手をのばしかけて、ハッとして手を引っ込めた。
この女には触らない、それがこの女を買った時に自分が自分に戒めたルール。
自分は汚れた人間だった。
身体を売り、人を騙し、人を殺す。
そういった悪行で生き続けてきた人間だった。
どこまでも汚い人間だからこそ、1つだけでも綺麗な存在を手元に置いておくことが必要だった。
汚くなくて、純粋で、何も知らない馬鹿を。
「――愛しているよ。嘘だけど」
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