始終ナシ
朝霧
赤い花
真夏の太陽に照らされて、大輪の赤い花が咲いていた。
上空から見た景色を素直に表すとそうなった。
その赤い花の中心近くに、一人の少年が呆然と。
その少年の視線の先、咲き誇った赤い花の中央には身体中に無数の穴を開けた少女の姿が。
大地に咲き誇る大輪の花の正体は少女の体から勢いよく飛び散った血の色だった。
「あ、主人さま……」
隣の声を無言で制する。
まだ間に合う、まだ問題はない。
時間を操る術を持つ自分は、彼女が致命傷を受けるその前まで時を巻き戻す事が出来る。
だから、最期に少女が何を語るのか。
この先少女を救うつもりである自分には、それを知る義務がある、そう思った。
穴だらけの少女は自分が突き飛ばした少年の顔を見て、ホッと息をしたようだ。
「怪我……ない……ね…………なら……いい」
その言葉に少女にかばわれた少年が体を強張らせたようだ。
ひくりと引きつった彼の喉からは、なんの言葉も発せられない。
「あはは……流石に……致命傷だ…………これはもう……何を、どうしても……無駄だ」
少女は笑う、痛みなどもうすでに感じてはいないのだろう。
死にゆく少女は死に恐怖するわけでもなく、無邪気に笑う。
だけど、自分を見下ろす少年の顔があまりにも酷いものだったからだろう、その笑みを少しだけ消した。
「……そんな顔、しないでよ……どっちにしろ、もう……手遅れだったんだ、から」
そう、少女の体はもうすでに手遅れだった。
なんの処置もしなければもったとしても1ヶ月ほどだっただろう。
ひょっとしたらもう少し短いかもしれない。
普段から随分と、無駄なほどの無茶を重ねていたらしいから。
その事をつい最近になって知ってしまった少年は血だらけの彼女の体に手を伸ばし、伸ばした手が彼女に触れる寸前で引っ込めた。
血で汚れるのを恐れたわけではないのだろう。
きっと、触れるだけのほんの小さな衝撃だけでも、彼女が事切れてしまうのではないかと、そう思ったのだ。
だから何も言えずに何もできずに、呆然と彼は少女の顔を見つめることしかできなかった。
そんな少年に、少女が不意に笑いかけた。
「……ありがとう…………私、ずっと、いない方がいい……生まれてきたことが……間違い、だって、おもってた……けど」
浮かんでいたのは満面の笑み。
心の底から幸せそうな、満ち足りた笑顔だった。
「……君を……救えた……私がいたから、救えたから…………わたしは……まちがいじゃ、なかった……わたしは……ここにいても、よかった……」
その笑顔を見て、少年の顔が歪む。
少女にはもうきっと、その顔すら見えていない。
命の灯火は消える寸前。
それでも未だ消えずにいられたのは、きっとその言葉を伝えたかったから。
「だから……ありがと……」
誰かを救うことでやっと自分の存在を許すことができた少女は、どこまでも穏やかな表情をしていた。
「ああ…………なんだ……こんな……かんたんな、こと……だった、のに……」
その言葉を最期に、少女の瞳から光が消える。
少年が小さく彼女の名を呼んだ。
だけど、当然答えはない。
もう一度、少年は彼女の名を呼んだ。
答えが返ってこないことは少年にも理解はできていたのだろう。
それでも少年は彼女の名前を呼び続ける、堰を切ったように、何度も何度も。
慟哭する少年に彼女はもう何も答えない。
――何もかも焼け焦がすような太陽が、少年と少女だったものを無慈悲に見下ろしている。
その熱で少女の穴だらけの
そして、腐って蛆が湧く彼女の
だけど、そんな悲劇を見るつもりは自分には毛頭ない。
――さあ、そろそろ助けようか。
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