第5話 母と子

 生まれた時の記憶がある人がいるらしい。

 それでは生まれる前、つまり前世の記憶がある人はいるのだろうか。

――答えは簡単だ、少なくとも僕がいる。


 朝に起きる時の意識の覚醒する感覚と生まれ変わる時のそれに違いはあまりないような気がする。

 両方とも経験した僕が言うのだから間違いがない。


 


 温度のない暗い海から浮き上がるように僕の目は覚めた。

 暖かく、柔らかい感触が僕を包んでいる。

 

 動かしにくい頭を軽く動かすと隣に赤ちゃんが見える。こちらを感情の見えない瞳でじっ、とこちらを見つめていて目が合うと笑った、ような気がした。


 しかし、僕はなぜ赤ちゃんになったのだろうかとうんうん考えていると段々と眠くなってしまった。


 ねむい、ねる。


 


 また起きた、目の前にはにこやかに笑う女性がいた。可愛いと言うよりは綺麗で、もし無表情だったのなら氷のような存在感をまとうであろうその女性は僕と隣にいる赤ちゃんの頭を優しく撫でる。


 言葉を話せず、理解できない赤ちゃんにも自分の愛情を伝えるように優しく、ゆっくりと丁寧に。


 脳が奥からとろけていくような感覚をしばらく味わっているとまた、眠くなってくる。


 ねた。



 そうやって何度も思考を進めようとして眠りにつくことを何ヶ月も繰り返していると段々と言葉の理解も進んでくる。


 いくつかの言語を生前話すことができたがそれらとは異なり――文法的な共通点はいくつか発見できたが――全く聞いたことのない単語しかなく、それによって僕が生まれた世界は少なくとも地球ではないと言うことを理解した。この数年後に決定的に地球と異なる点を発見することとなったが。


 その異なる点とは魔法だ。

 正確には「魔」のような意味の言葉と「法」と取れる意味の語を組み合わせた異世界の単語なのだがともかく僕はこれを魔法と呼んでいる。

 

 そして魔法とは火を吹き、水を流し、地を割り、天を穿つ、想像上のものであったはずの魔法である。



 この世界は魔法によって成り立っている。前の世界が電気なしで成り立たなかったように、いや、それ以上に魔法はこの世界で重要なものである。通貨でエネルギーで生命だ。


 権力の裏付けも、軍事も、経済も、生産も、宗教も、すべて魔法が関わっている。

 そして魔法を使えるものは貴族と力を与えられた平民――騎士と呼ばれる者たち――のみである。


 そうして僕ら双子は貴族として生まれた。

 

 そして僕が名乗るならばアンブロワーズ・ド・ラ・アルデンヌとなる。母親には名前のアンブロワーズ を縮めてアロと呼ばれている。


 因みに双子の妹はアニエス・ド・ラ・アルデンヌでアニと呼ばれている。妹にはついては名前などよりはるかに重要な情報があったのだが、僕はその時それを知る由もなかったのだ。

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