第3話 運命と雨
雨はだんだんと強くなって行き、部屋の窓には雨粒が流れている。
今日みたいな雨の日には頭が痛くなる、親譲りの偏頭痛は今日も健在だ。
頭痛が痛い、なんて間違えている言葉だとは知っているのにそれ以外の感想を持てなくなってしまう。
そんな僕の様子を見て、彼女は薬と温かいお茶を準備してくれる。それらを飲んでほっと一息つき、お礼を言う。
「ありがとう、やっぱり雨の日は好きじゃないな」
なんていう僕に。
「そう? 私は結構好きよ。雨の音以外は消えるから、落ちつくわ。あなたの頭が痛くなるのが残念だけど」
と彼女は返す。それに僕は笑ってそういえば、と続ける。
「なんで今日は天気予報を外したの?」
そうすると彼女は軽く何かに堪えるような表情を一瞬浮かべた後、微笑みを作り
「たまにはそういうこともあるのよ、たまにはね」
と、答えた。
その言葉に淡い拒絶を感じた僕はその話を止める。彼女は普段からあまり多くを語らないけれど、ここまで露骨にはぐらかしたりはしない。
記憶にある限り一度も外したことのない彼女は今日、一度だけ外した彼女になっていた。日々変わって行く日常に少しだけ恐れを抱いた僕は黙ってしまう。
雪のような沈黙が二人の間に横たわる。
少し休んで、二人で家を出る。鍵を閉めながらこの家はいわゆる愛の巣というやつなのだろうかなんて、ふと思う。
けれども、客観的に見ればただのマンションの一室だということに気づき、悲しくなる。僕にとっての大切なものは他人から見ればただの風景だということについてではなく、僕にとっても本質的にはただの風景だということに。
気分が下がり調子なのは冬の凍えるような空気に冷たい雨がしとしとと降っているからなのだろう。身を固く、小さく窄める。世界の認識を狭め、少し早足で並んで歩く。だからだろうか、僕が工事中のビルから降る鉄骨に気がつかなかったのは。だからだろうか、気づいた彼女の足が止まってしまったのは。
だからだろうか、僕たち二人のどちらも二度と愛の巣に帰ることがなかったのは。
救急車が二台、街中を走る。動かなくなってしまった僕らに対し、最善の医療が施され、それが徒労に終わる。
二つの命が消えたこの世界に冷たい雨が降り続ける。
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