ブラスト・M ー上ー
『
金子は万引きの常習犯のように何食わぬ顔でバイクを停めようとしたが、案の定、警備員に追い払われた。しぶしぶその呪いの館の前を通り過ぎ、温泉施設の奥、我妻の父親が所有するクルーザーが停留してある場所に向かった。
そこから、平成初期の開店当時にはディスコと呼ばれた店『
「久しぶりに二ケツすると面白いな」と金子の後ろに乗っていた柴。「なんか懐かしいよな」
「つーか、人いっぱいだなぁ」我妻が渋い表情で言った。「この街、こんなに人がいたんだな」
「土日のパチンコ屋に行けば、意外と人が多いのがわかるぜ」と宇佐が言い、腕時計を見る。「花火って何時から?」
「さあ…とりあえず行こうぜ」我妻の提案に一同が頷いて、一路目的地へ足を進める。すぐに海へと流れ込む川に沿いながら歩いていき、浴衣や作務衣を着ている日焼けした連中を蔑視しながらも、かわいい子を何気なく探そうとする。肩車をしている親子連れを煙たがりながら、手を繋ぐ中高生カップルを目にしてはイラつく。
『MBT』は海の近くにある複合施設だが、基本的に地元民は寄りつかず、イベント時以外の平日は閑散として殆ど機能していない。期間限定の電飾が施されたアーケードの沿道を歩きながら、普段は閉店しているライブハウスでオヤジバンドがビートルズあたりを演奏しているのを横目に、その隣のクラブ『アグリー』まで到達した。同じくバブル期に造られたこの店は、当時かなりの予算が掛けられていて、大理石の床やベルベットのソファなど、一見するとゴージャスだが旧近代的な内装が残され、昭和のキャバレーに見られる大きなミラーボール等もよくよく見ると古臭く、ダサい。
外から中の様子を伺おうとするが、エントランスとフロアの間は黒いカーテンで仕切られており、内部の状況は見えない。入り口に貼られているポスターによると、本日のチャージはフリー、出演者は地元のDJ達。
「とりあえず入るか」と我妻が促し、彼らはカーテンをかき分け、フロアを見回した。広い店内で人はまばらに散らばっている。まずはバーカウンターに赴き、飲み物を手にして端のボックス席に腰を下ろした。
「花火、八時からだってよ」金子が店員から聞いてきて、皆に教えた。
「まだ二時間近くあるぜ」時計を見る柴。「まだ暗くもないもんな」
「まあ、のんびり待てばいいさ」宇佐がラムコークをあおる。「何飲んでんの?」と我妻が手に持った瓶を指差した」
「水」と我妻が答える。「今日は飲まないよ俺は。バイクだし」
「真面目かよ」と金子が言うと、
「事故りたくないだけだよ。危ないからな」
三十分ほどでDJが交代し、夏だからなのかレゲエが響いてきた。誰も、これが誰の曲か知らない。新しい曲か古い曲かも分からない。盛り上がりに欠けるフロアの様子を考慮してか、
「しかし、時が経つのは早いなあ」と我妻が出し抜けに言う。「高校生の頃だぜ?ここでバイトしてたの。何年前だよ一体。あっちゅう間だよな」
「歳とともに時間が経つのが早く感じるよな」宇佐が同意する。「確かに歳をとると時間感覚が変わってくるという気がするよな。あれだよ、仕事と睡眠の繰り返しでさ、会う相手も限られてくるだろ?学校行ってた頃なんかは、毎日何かしら
「そんな話、なんかこの間したっけな」と柴が頷く。
「ってことは逆によ、大人になってからでも、毎日に刺激的な出来事があればいいんだろうな、きっと」我妻が高そうな水の残りを一気に飲み干す。「例えばよ、普通ならまあ飲んで、ほどほどに酔って、帰って寝るだけだろうけどよ、今ここで何かが起こって、朝まで騒げりゃ、きっと若い頃の時間感覚で過ごせるんだよな。終わらない夜、みたいなさ」全員が成程と軽く頷く。「そこでだ、あの娘がカワイイっぽい」と、三人組の内のキャミソール姿の女の子を指さして、金子に促した。
「そういう事でも無いような気がするけどな」
「よくやるぜ、ナンパなんか」と柴が呆れていたら、
「余裕の発言ってやつか?お前はいいだろうけどな」と宇佐が皮肉った。
「なにが?」我妻が聞く。途端に察する。「え、女できたの?」
「
「まじかよ。考えられねえ。そんな事ってあるのかよ」と我妻が肩をすくめる。「なんだっけ、格言あったよな。記憶力の欠如とかなんとか」
「人は判断力の欠如で結婚し、忍耐力の欠如で離婚し、記憶力の欠如で再婚するってやつな」と金子が説明を捕捉する。
「そう、それ。まさに記憶力の欠如だな」と我妻が笑う。
「早くフラれろよ。もう一回」宇佐が口を曲げていった。
「そういや最近、元気っていうか明るかったもんな。ついに手を出したかと思ってたんだが」
「まぁ、もう少ししたら元に戻るだろうよ。で、また逆戻りだな」と金子。
「ひでえ言われようだな。友達甲斐の無い奴らだ。もうしばらくはこのままで居させてくれよ」柴は苦笑いして言う。
「女の存在ってやっぱデカいんだな…」金子がしみじみと自分の言った事を噛みしめる。
「俺…たぶん今フラれたら自殺しちまうよ。マジに」
「原野はこいつの命を握ってるわけだな。まあ頑張れよ。過去の経験を活かして反省してな」柴は前に別れた時の原因を思い出そうと考え込んだ。「まぁ、いいよなぁ。俺も新しい恋がしてえよ」金子はそう言い、ビールのおかわりを買いに立った。
「いや…ジッサイ俺は感謝してるんだぜ」と柴がしんみりとした口調で言う。「学生時代に青春して部活でもやってりゃさ、色んな繋がりもできるけど、俺たちみたいに帰宅部とか
「礼には及ばんさ。俺は君達が幸せそうなのを見てるだけで幸せだよ」
「どういう立場だよお前は」宇佐が笑い、我妻の肩を軽く小突いた。「お前もちゃんとした彼女をつくってだな、こう、将来を考えねえとな。いつまでもチャラチャラできねえぞ?」
「言われなくても、俺はこんなとこで一生を終わらせるような男じゃないさ」我妻が胸を張る。「東京に日本一高いビルを建てて、そのペントハウスに住んで、最高の女に立ちバックしながらガラス越しに街を見下ろすのが目標さ」
「悪役で出てきそうだな。ワイン片手に猫を撫でてるような」
「ハバナの葉巻みてえにブッといジョイントを咥えてな。悪の華、色悪を地で行く男が俺なのさ」
「薔薇色の人生ってやつだな。生まれついての勝者だ。羨ましいぜ」と柴。「お前は挫折を知らねえからな…良い事なのかも知れねえけど」
「いや、コイツも野球続けてたらなぁ…」宇佐が残念そうに呟く。
「もういいって」我妻が気恥ずかしいのか、怒ったのか、宇佐を制止した。「昔の話すんな。バカ」
「まあ、人生なんとかなるよ」柴が明るい口調で言った。「目標の大小は人それぞれさ。俺には身分相応のささやかな幸せがあればいい」
「何の話してた?」と戻ってきた金子が言った。
「お前の悪口だよ」と宇佐が言う。「それにしてもお前、最近事あるごとに帰ってきてるよな?ヒマなのか?」
「そういうワケじゃねえよ。けっこう忙しいぞ?」
「そうか。忙しいのはいいことだぜ。俺はヒマだ」宇佐が退屈そうに呟いた。「俺にもなんかいいことないかなぁ」
「そういうの口癖にするのよくないぞ。デキる男はネガティブな発言をしないんだ。確か、引き寄せの法則のなんとか、だ。多分」
「違うよ。パンを落としたら必ずバターを塗っている側が床に着く、だ」
「なんの話をしてんだよ」
彼らがそんな事を言ってると、我妻の知り合いの、通称『リー』という年齢不詳、職業不明の人物が近づいて来た。新喜劇に登場するチンピラのようなナリと歩き方だった。
「おう!『
「リーさん、ゴブサタですね。元気すよ。何してんすかこんなとこで」と二人は拳を重ねた。
「仕事仕事。ネタいるか?」彼は親指と人差し指で何かを摘むようにして、それを口元に持っていきチューっと吸い込む
「売るほどあるんで大丈夫っす」と我妻が苛立ちを隠して愛想笑いで答える。
「そうか、またメシでも行こうや」彼は金子に近づき、「飲んでるか?」と言って背中をバシバシ叩き、「おう、ツレ探してくるわ」と言って独りで大笑いしながら外へ出て行った。
「ちょいちょい見かけるけど、うさんくせえオッサンだな。カタギじゃねえよな。どう見ても」宇佐の言葉に我妻は腕を組んで首を傾げる。
「農家だよ。あの人は。野菜を育ててる。後輩の後輩とかの捕まっても罪が軽い
「組に所属してたらヤクザって事なのか?盃がどうとかだっけ?」
「さあ。事務所に所属してたら無名でも一応は芸能人ってことにはなるんだろうけどな」
「まあ、なんせ」我妻がため息をつく。「駆け出しの頃は世話になってないこともないが…あんまり絡みたくねえんだよ。ああいうタイプは。弱みを見せるとつけこんでくる。下衆な小悪党ってやつさ」
「いるいる。そういう奴に限って大物ぶるんだ。『なんかあったら言ってこい!』みたいな」
「そしてそういう奴が、実際になんかあったとき頼りになった試しがない」
「ハッタリで世渡りしてる奴は多いからなあ。まあそれもマーケティングというか、セルフ・ブランディングってやつかな?」
「だいたい、漫画とか映画でヤクザを美化しすぎだよ。いいヤクザなんているわけねえのに。必要悪でもなんでもない。無いほうがいいに決まってる」
「今時のヤクザってどうやって稼いでるんだろうな?相変わらず荒巻鮭とか門松を売り歩いたりしてるのか?俺のオヤジ、昔、居酒屋やってたからさ、よく出入りしてたぜ。オシボリとか観葉植物のリースとか」と金子。
「それ、『白竜』で読んだ。あとは闇カジノとか、地上げとか。総会屋、金融、ノミ屋とかダフ屋、転売屋もあったっけな」宇佐が指折り数え上げる。
「用心棒とかケツモチとか?ミカジメってシステムとかまだ存在してんの?」柴が宇佐に尋ねる。「あ、風俗とか援デリ、
「人身売買とか、臓器売買とかって本当にあるのかな?ソープに沈めるとか」
「まあ、あるんじゃねえの。知らねえけど」
「ホストへの売り掛けが払えなくてカラダを売る女は都会にはわんさかいるぜ」
「『新宿スワン』で読んだ、それ。特殊詐欺とかもそうだろ。美人局とか」宇佐がまた漫画で得た知識をひけらかす。「偽ブランドもそうじゃね?」
「それは半グレとか、不良外国人じゃないの?」
「偽装結婚とか、不法入国とかな。でも結局ヤクザが仕切ってんじゃないの?」
「犯罪組織ってヤクザだけじゃないしな。外国のマフィアもいるし。あいつら数万円で殺人も請け負うらしいからな」
「あいつらはすごい。しかも真冬に素潜りで密漁する。木に登って果物を盗んだり。海賊とか山賊の類だな、もはや」
「そう考えると反社会勢力って連中は、色々やってんだなあ。手を変え品を変え。もう、まともに仕事すりゃいいのにな。そんだけ色々考えるくらいなら」
「土建屋とか産廃処理とか、
「インテリヤクザなんて、大学出て株とかFXやってんだろ」
「最近は不良大学生も多いな。ネズミ講とかマルチ勧誘とかやってるような」
「近頃じゃ会員制のオンラインサロンとか。これって現代の宗教なんだろうけど。カリスマみたいに祭り上げられてる奴と、それに群がるバカ信者どもが
「時代と共に変化していくんだな。でもそれがビジネスの基本だよ。テキ屋なんて激減してるもんな」
「あれは単純に不衛生だしボッタクリだからな。行政がちゃんと管理すべきだ」
「お役所も闇が深いからな。
「そういうのもあるだろうな。ネットで悪口書いたり、デモに参加したり」
「それってまた別のややこしい連中じゃないのか?」
「ああ、人権とか差別とか、そういうので食ってる連中な。イジメや差別、果てには戦争。そういうのが無くなると困る連中もいるからな」
「なにより芸能界だろ。ブラックすぎるぜ」金子がそう言い、皆が頷いた。
「まあ、そういったアウトローの連中がおっかないってのは結局」柴が全員の目を見て言う。「背景に暴力があるからさ」
「そういう事だな」宇佐も同意する。
「暴力ってのは、何もかもを奪う。積み重ねてきた努力や、紡いだ愛、人生の歴史、未来。そういった大事なモノや守るべきモノを全て壊しちまう事ができる。一瞬でな。だから怖いんだぜ」柴がしみじみと言う。
「そのために法律ってのがあるわけだよ。本来、法律ってのは約束事のようなもんだ。盗まない、罰を受けたくないから。殺さない、殺されたくないから。お互いを牽制し合う、極論はそういうことさ。でも
「守るものがあると弱いよな」我妻が頷く。「まあ、でも、俺たちは仲間だ」我妻が両手を広げる。「仲間になにかあれば助けるぜ。良い時も悪い時も分かち合える存在さ」
「おいおい、なんか青春ドラマみたいになってきたじゃないか」宇佐が眉を吊り上げる。
「はは。いいな。こういうのも」金子が微笑んで、照れ隠しに首を小さく横に振る。「お前はモメ事が好きなだけな気もするがな」
「間違いない」
「
「まったく…」柴も微笑う。「本当に、
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