One More Time

「…はい。もしもし」

『昨日、電話くれた?』

「え?」

『え?じゃなくて。あたしだけど、分かってる?』

「ちょ、ちょっと待って。起きる」

『あ、ごめん寝てた?』

「電話…したっけ?」

『夜中に着信履歴あったから。間違い?』

「間違い…いや、どうだろ?無意識でしてたのかも…」

『あたしも一瞬、目を疑ったんだけど。もしか緊急な用事かなと思って』

「あ、いや、別に用があったというわけじゃ…」

『それならいいんだけど』

「ああ…ごめん」

『すごい久しぶりね』

「そう…だな。全然連絡取ってなかったもんな」

『まあ便りが無いのは無事な証拠とか言うし。ある意味、いいことかもね』

「たしかに。そういや一昨年、同級生が自殺したって連絡があったな」

『まじか。ご愁傷様R.I.P.だね。で、あなたは元気にしてるの?』

「ああ、まあそれなりに」

『彼女とかいないの?』

「いないよ、そんなの」

『寂しくないの?』

「寂しいっていうか、ずっと独り暮らしだし、それが普通というか」

『そっか。てっきり寂しさのあまり酔った勢いで昔の女に連絡してきたのかと』

「そんなんじゃねえよ…でも、悪かったな。ごめん。もう切るよ」

『冗談よ。せっかくだから近況報告でもしてよ』

「そんなの、面白い話なんか何も無いよ」

『そっか。じゃあ昔話でもする?』

「そうだな…思い返してみれば、いつも都合のいい事ばかりしてきた」

『本当に思ってるのかな』

「本当さ。別れる時なんかも酷かった」

『確かにあの時は辛かったな。ツラいし、重かった。もう会えないんだなぁ…ってしみじみ感じて、泣いちゃったよね』

「それは大袈裟だろ」

『そんなことないよ。家族でも友人でも恋人でも、もうこの人ととか思ったら悲しいじゃない?』

「嫌いな奴なら清々するだろ」

『別にあたしは嫌いになったわけじゃなかったし。あなたの一方的な行動よ?』

「俺も…それなりに考えてはいたのよ。不安もも重なってさ」

『まあ大変な時期だっただろうしね。いろいろ余裕が無かったのは理解できる』

「お前にも八つ当たりしたり、迷惑をかけたよな。今思えば最低だな」

『まあね。でもそこは一応、付き合ってたわけだしね、もっとパートナーを信頼しても良かったんじゃないかと思うよね。気を遣わないでさ』

「言いにくいことってあるじゃんか」

『なんにも言わないもんね。そういう事は。それって悲しいもんだよ?』

「そうだよな。若かったってことかな。カッコつけてたというか、強がってたというか。ガキだったよな」

『誰にも相談とかしなさそうだよね。悩みを打ち明けたり、弱音を吐いたりさ』

「基本的に他人を信頼しないからな」

『なんのために付き合ってたんだよって話だよね』

「まあこんな性格なんだよ。だから友達もほとんど居ない」

『だろうね。知ってる』

「向いてないんだよな、団体行動とか。協調性も無いしさ、人間づきあい下手だし。特に愛だの恋だの、面倒じゃないか」

『デートしたり、電話したり、そういうのが面倒?』

「そういう事よりむしろ、精神衛生上面倒だし、疲れる。付き合うとかいう口約束だけでお互いに所有欲とか生まれて、嫉妬とか邪推とかしちゃうじゃん」

『他の誰のものにもしたくないから約束をするんじゃないのかな。只の口約束にしたって、約束はなるべくは破らないでおこうって気にはなるものよ』

「そもそも本来の意義はさ、お互いの事をもっとよく知り合って愛を深めていくことに付き合う事の意義があるはずだろ?でも俺は自分を晒け出したくないし、しかも他人にそこまで興味は無いし」

『ひねくれてるなぁ』

「自分を理解も誤解もされたくないという」

『はは、ずっと思春期だね。中二病っていうのかな。まあ、あなたらしいけど』

「俺の事をどういう風に思ってた?」

『逆にどう思われてると思ってたのよ?』

「わかんないな。あまり自分を客観視できない」

『まあ、まず素直じゃないよね。アマノジャクというか。自己中な自信家っぽいけど実は繊細で気が小さい。ワルっぽいけど根はマジメ』

「ああ…胸にグサっとくるね。そうなんだよな。虚勢を張ってるんだよ。どこかいつも不安を抱えてるんだろうな」

『束縛はしないけど嫉妬する、みたいなとこ確かにあったよね』

「そうだな。器が小さい男に思われたくなかったんだな。お前が、誰かと遊びに行くとか言うたびにモヤモヤしてたよ」

『それはあたしも悪かったと思ってる。でも、あなた、一緒に居れない事が多かったから。あたしは独りがイヤな性格なのよね。だから求められると応えてしまうというか。いや、浮気とかはしてないよ?』

「別にそこは疑ってないよ。狙われまくってただろうけどな」

『まあそれはね。結局のところカラダ目当てだったりするわけじゃん?異性って。だから楽しいけど辛くなる事も多くて』

「同性で仲の良い友達はいないのか?」

『まあいるっちゃいるけど、でもなんて言うか、そんなに濃い関係じゃないかな…。男同士のノリって羨ましいわ』

「そうか?別に大して良いもんじゃないぞ」

『勢いで何でも出来るみたいなトコあるし、なんか楽しそうだわ。友情第一みたいな感じもするし』

「そんな事ないんじゃないか?結構ハラの中なんて分かんないもんだぞ」

『女同士だと、目に見えてイヤな部分あるし。男同士の暑苦しさの方がいいよ』

「そんなもんかね」

『そんなもんだよ』

「…ところで、近況はどんな感じ?」

『学校行ってるよ。ダンスもしてる』

「ダンス一筋だな。相変わらずだね」

『クラブでゴーゴーダンサーのバイトしてるけどね』

「まあ、それも何かの糧になるだろう。ストリッパー出身の歌姫もいるしさ」

『海外に移住したいし、色々勉強してるよ』

「目標があるってのはいいよな。それに向かって進めるし」

『あなた、バンドはもう完全に辞めたの?』

「今はもうやってないな」

『せっかく歌もギターも上手いのに、勿体ないね』

「上手いだけじゃダメな世界だしな。ここが限界。壁を越えられないのさ」

『越えられないなら突き破れ!とか言いそうだけどね。歌詞とかで』

「まあそんなの屁理屈だしな。そもそも最近は何もかもやる気がしないし」

『そっか。なんでだろうね』

「まあそういう時期なのかもな。天中殺と大殺界と厄年と仏滅が重なってるかも。最近、神様の事ほったらかしにしてたからされたのかな」

『あなたの、その海外ドラマのセリフみたいな言い回し、懐かしいわ』

「特に意識はしてないけどな」

『役者なんかも向いてるかもよ』

「"この世は舞台、人はみな役者"…か」

『なに、それ』

「"すべての人間の一生は、神の手によって書かれた童話である"」

『そういう芝居掛かったセリフが変に似合うわ』

「シェイクスピアとアンデルセンのセリフさ。人生とは書いていくうちに内容が変わってくる物語ゲームだ。今は起承転結の"転"の前あたりなのかもな」

『そういえば昨日、柴くんを見かけたよ。マヤねえと消えたみたいだったけど?』

「へえ、それは中々のニュースだな。最近はゴシップのネタさえも無かった」

『それこそドラマの、止まってた歯車が動き始めるシーンみたいで面白いよね』

「そうだな。"Angels & Airwaves"の"The gift"が流れてきて、次回予告に入るみたいなシチュエーションだ」

『現実問題として、あたしは大反対だけどね。その後どうなったのかまだ何も聞いてないけど、ヨリを戻すなんてのは有り得ない。ダメになったから別れたのに』

「うーん…時間が経って、お互いの悪かった部分を見つめなおして、次こそはうまくいくって見方は?」

『それでまたくっついたとしても、見かけだけ。そこらじゅうヒビだらけで、脆い状態よ。ちょっとの衝撃でまたバラバラ』

「別れても好きな人〜…って、なにかの歌みたいな心情もあるんじゃないかな」

「愛の形は確かに色々よ』

「女性の恋愛は"上書き保存"とかいうもんな。過去のこと清算して、そのへんはドライというか、クールな感じで羨ましいよ。女々しいってのは男のための言葉だもんな」

『上書き保存?違う違う。"ゴミ箱に移動"よ」

「はは。シビアだな」

『とにかく、あたしは少なくとも、そういうのって後戻りだと思うの。前に進まなくちゃね』

「なるほどね。お前にも自分の考えが色々とあるんだな」

『あなた、あたしのことを普通にバカだと思ってるでしょ?』

「いや、そんなことはない。なんか大人になったなぁって思って」

『ナチュラルに見下してるよね。あなたが知ろうとしなかっただけで、あたしだってただのお人形とかじゃないんだから』

「それはもちろんそうだ。言い方で誤解を生んだなら謝る」

『それならいいんだけど』

「しばらく顔も見てないけど、きっと物凄くになってるんだろうな」

『まあ、ずっといい女だけどね』

「間違いない。今いくつになったんだっけ。二十…もうすぐ二、か」

『よく覚えてるじゃん』

「それはさすがにね。ちなみに女性は二十四~六くらいが一番モテるらしいから、お前の全盛期となれば、いい男どもが放っておかないだろうな」

『それを言うなら、男なら丁度あなたくらいの年齢がこれからピークを迎える頃よ』

「そうだよなあ。いちばんアブラが乗ってくる頃だよなあ」

『歳だけ重ねても仕方ないけどね。よく言うじゃん。が長くてもを稼がないとレベルアップはしないのよ。腐ってるヒマなんてないよ?』

「そうだな。自分磨きってやつを怠ってはいけないな。分かっちゃいるんだけどな」

『そういう意味では、常にあたしが全盛期だけどね。十九歳の頃も全盛期だったし、今も、三十になっても四十になっても全盛期よ』

「かっこいいなぁ。その芯の強さ。改めて、惹かれるものがあるよ」

『はは、なんっじゃそら』

「お互い知らなかった部分が多いよな。若かったせいもあるけど」

『まあ話してみないと分からないものよね』

「会えばメシ食ってセックスするしかなかったもんな。もっとお互いの内面を知るべきだった」

『まあ、なかなかそんな話をする機会なんてのも無いもんね』

「お前の若く貴重な時間を浪費させてしまったと後悔…と反省をしてる」

『その時は、それはそれで楽しかったんだからいいのよ』

「なあ、俺のことはもう完全に忘れてたか?」

『なんでそんなこと聞くの?』

「俺はしょちゅうお前の事を考えてた。信じられないかもしれないけど」

『あんまり信じられないね、それは。他人に興味ないとか言ってたくせに』

「だけど本当に好きだった。お前だけは特別だった。愛してたんだよ」

『なんか、また一発ヤリたいからテキトーな事を言ってるだけに聞こえるよ。嘘っぽいというか、チャラい。安っぽく聞こえる』

「それはそう思われても仕方ないけど、俺は、できるならもう一回…」

『それ以上は言わないで。困るから。さっき柴くんの話したばっかじゃん』

「ああ、だよな…」

『なにもかも、タイミングが悪すぎるのよ』

「今日は仏滅だったか?」

『そういうことじゃなくて。あたしたちの関係のこと』

「当時の事か?」

『そう。些細なケンカをして、その度に仲直りをして取り繕ってはいたけど、だんだんと綻びは激しくなっていって、いざ致命的な状態になって、険悪になって、口をきかなくなって、距離を置いて。それでもどちらかが先に謝って、お互いが素直になれたら、きっとまたやり直せる。今度こそうまくいく。そういう場面が確かにあった。あたしもそう思ってたし、あなたもきっとそう感じてると思ってた。でも、その想いは遂げられず、始めの約束も果たされること無く、結局はお互いのつまらない意地と、記憶を薄れさせていった時間が二人を永遠に離れ離れにさせた』

「……」

『やがて、あたしも気持ちに区切りをつけた。ああ、本当に終わったんだなって心から理解したとき、しみじみ思ったの。あたしの日常にあなたがいつもいて、それが消えてしまった時、何もかもが夢だったような気がした。あなたはいつも、あたしに安らぎとブッ飛びの両方を与えてくれてた。そのどっちも、すごく心地よくて、楽しくて、幸せだった。そんな思い出が溢れてきたけど、でもやっぱりもうあなたの心にあたしは居なくて、もうムリだって思う事も多くて、一旦つけたケジメに簡単にケチをつけるわけにはいかないって思った。いい思い出はいい思い出のまま終わらせないと。グダグダしてると、綺麗な思い出さえも台無しにしてしまうでしょ?』

「そうか…」

『そうなのよ』

「わかった」

『だからね、もう、絶対に、有り得ない、のよ』

「ああ。わかった。なんか、色々悪かったな。本当に」

『…ああ、でも、でもね』

「ん?」

『でも正直、あなたのその低い声は、いつもあたしの判断力を奪う』

「声?」

『本当にずるい人』

「そんなこと言われても」

『久しぶりに声を聞いて、あの頃の記憶が蘇ってきたけど、けど、やっぱりここで易きに流れちゃうと結局ダメなのよ』

「ああ…そうだよな…」

『でも普通に友達みたいな感覚でいけたらいいね。もう大人なんだし』

「うん。理想はな…確かに」

『理不尽に八つ当たりも確かにされたけど、あなたはまあ、ちゃんと反省したり謝ったりができる。それはいいところよ。ケンカになると卑屈になるクセは正直ウザかったけど、暴力を振るうとかは絶対になかったし』

「俺はフェミニストだからな」

『あなたは本当に頭がいいから、世の中のものが全て無駄とか馬鹿らしく見えてしまうかもしれない。プライドが高いから、挑戦や失敗を恐れて冷めた態度をとるのかもしれない。でもあなたは音楽に関しては情熱的だった。その情熱を奪ったものがなんなのかは今のあたしには分からないけど、取り戻せる方法があるんだとしたら、応援するよ』

「情熱か…」

『支援はしないけどね』

「はは」

『ライブとかするなら、教えてよね。絶対に見にいくから』

「ああ、ありがとう」

『また話したりも、しようね。これ、社交辞令じゃなく』

「そう願いたいね。ああ、悪かったな。いきなり電話とかして」

『間違い電話でしょ?はは。でも嬉しかったよ。ひさびさに声が聞けて。またいつでも連絡して』

「ああ、じゃあ、…な」

『うん、ね。バイバイ』

「…………」

『—————————————』

「はぁ……」

『—————————————』

「……情けねぇ…な…」

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